第4話 あ、これ本編前のイベントじゃん


 後日、ルル宛に届いた子ども同士のお茶会に同行した。招待主はフィッシャー侯爵夫人だ。

 ルルとフィッシャー侯爵家の次女エマ嬢が同い年であり、フィッシャー侯爵夫人はカティの友人だった方ということもあり、カティが亡くなった後も気にかけていただいていた。


 しかし、男親が参加するっていうのはめったにないから周囲はご婦人ばかり。針の筵状態だ。大丈夫かな俺の表情筋。頬が引きつってる気がする。

 参加しているのはフィッシャー侯爵夫人…から招待されたミュラー侯爵夫人、ベッカー伯爵夫人、フォイヒト伯爵夫人、あと俺ことゾンター伯爵。ねえ。場違いにも程がない??

 ちなみにご当主であるフィッシャー侯爵には既にご挨拶済み。そのままフィッシャー侯爵と男ふたりで会話をする予定だったのが、夫人の「あら。ルイーゼ様を見ていなくちゃ」の一言でなくなった。

 侯爵にはちょっと同情するような眼差しを向けられたけど、侯爵御本人は参加していない。えぇ…一緒いて…。


「もうじき弟君のマルクス様が公爵家を継がれるとか。ゾンター卿が代理を務められてから、近隣領地である我が家にもゾンター卿の評判は耳に届いております。その手腕はうちの夫に見習って欲しいほどですわ」

「はは…御冗談を」

「冗談など!特に井戸の改革には夫も驚嘆しておりましたわ」


 井戸、井戸ってあれか。


 王都は魔道具を使って上下水道が作られている。そういう魔道具は都外の庶民が金を持ち寄ったとしても足りないほど高額なものだ。

 それに魔道具には魔力を補充しなきゃいけないし、それを魔具士に依頼するにも金がそれなりにかかる。水道のメンテナンスも必要だ。

 公爵家だからこそ領地は広いし、集落も多い。まあだからといってそれで財政が傾くほどではないが、それなりの出費であることは確かだ。

 伯爵家以下ともなれば、すべて賄うのは難しいだろう。


 そのため、王都外の町や村は基本、上水道にあたる部分については滑車とロープを使って水を汲み上げていた。

 手車を回し、なるべく負担がかからないようにしていたがそれでも力はいるし、時間もかかる。

 そこで俺は某映画に出てきた手押しポンプを思い出した。楽しいよねあれ。


 ポンプの仕組みはこうだ。

 胴体部分に木製ピストンを設置し、手押しハンドルを下げてピストンを上げる。

 するとポンプ内が真空になろうとしてポンプ外の大気圧に差ができ、その影響で水が吸い上げられる。木製ピストン部分には蓋付きの水が通る穴があり、手押しハンドルを上げてピストンを押し下げるとその穴から水が溢れる。

 もちろん、ポンプと胴体部分の結合部分に弁があるため、胴体部分の水が再び井戸に落ちることはない。また、井戸の水面に差し込んでいるポンプ入口部分にも、ポンプ内の水が落ちないように弁を設置している。

 初めてポンプを使うときとか、久々にポンプを使うときは呼び水が必要になるが、基本的に1日1回でもポンプを使えばずっと使える。


 俺の拙い説明を地元の職人がうんうん聞いてくれて、実際に試行錯誤を繰り返しながら作って、試用期間を経てまずはレーマン・ゾンター領内に設置した。

 領民がめっちゃ喜んでる、とはクリストフから聞いてたからその評判がよその領地にも届いたらしい。

 嬉しいような恥ずかしいような。


 ちなみに、下水道はさすがによっぽど人の往来がない閉鎖的な集落でなければ国家事業として整備されている。疫病の原因とかにもなり得るしな。


「カサンドラ様がお亡くなりになって、皆心配しておりましたのよ。ゾンター夫妻の仲睦まじい様子はわたくしどもの憧れでしたから」

「はは…ありがとうございます。妻を亡くして2年ほどになりますが、ようやく落ち着きました」


 枕を涙で濡らす回数は減った。

 ルルも、和解した当初は寂しさからか一緒に寝たがって、俺と同じベッドで眠っていたが今は呼ばれることはない。

 というか、周囲からはカティと俺は仲睦まじいって思われたのか。嬉しいな。


「ルイーゼ様も6歳とはいえ、まだ寂しいと思われるでしょうね」


 おっと、社交に疎い俺でも分かるやつが来たぞ。

 これ後添えはどうするかってやつだろ。知ってる。純粋に心配されてるだけ…と思いたかったが、ご婦人方の目が妙にギラついてる。怖い。


「若い頃からの趣味で描いていた絵が、娘の寂寥を癒やしているようです。それで安定していますので、当面は様子を見ますよ」

「絵、ですか?ゾンター卿が?」

「素人ですよ」

「まあ。一度は拝見してみたいですわ」


 ああ言えばこういうであの手この手で逃げ場を失くしてくる。社交怖い。

 カティはよくこういうのあっさりやってのけてたな。


 苦笑いを浮かべて「人様に見せるものではありませんから」と逃げてみたものの、扇子の向こうの表情はどうなっていることやら。

 目は相変わらず、獲物を狙っているような感じである。


 内心ため息を吐きながら、冷めてきた紅茶に口をつけようとした、そのときだった。



「きゃあああ!!」

「わああああ!!」



 子どもたちの悲鳴にハッと全員がそちらを向く。

 鳥型の飛行モンスターがひとりの子女を鷲掴み、飛び立とうとしていたところだった。

 あの特徴的なドリル髪…エマ嬢か!


「エマ!!」


 フィッシャー侯爵夫人が悲鳴にも近い声で叫ぶ。


 侯爵家主催のお茶会だから、当然護衛はいる。

 だが空からの急襲には想定していなかっただろうし、今は魔法で対応しようにもモンスターの足に掴まれているエマ嬢も巻き込みかねない。


 だが、俺の魔眼なら問題ない。

 魔眼は俺が凝視したもの、すなわち俺が「燃やす」と意識したものに対して燃やす。


 ガシャン、と乱暴にカップをテーブルに置いて駆け出した。

 なんか割ってしまった気がする。割れてたら後で弁償しよう。


「そこの黒髪の護衛騎士、モンスターの足元で待機しろ!!令嬢を受け止めろよ!!」

「っ、え、し、承知しましたっ!!」


 今かけているメガネはただの視力矯正のメガネ。

 俺の魔眼のスイッチは、もう変わっている。


 立ち止まり、腕を伸ばし、モンスターを見る。体中の魔力が目に集まったから傍から見れば目の色が変わったことだろう。

 今にも飛び去りそうなモンスターが、魔力の流れに気づいたのか俺を見た。



 燃えろ



 パチン、とモンスターに対して指を鳴らす。

 と同時に目に集まっていた魔力が一気にモンスターへと向かった。


 次の瞬間には、モンスターの上半身が燃え上がった。

 甲高いモンスターの絶叫と同時に、モンスターが掴んでいたエマ嬢が放されて落下していく。

 だが無事、指名した護衛騎士が彼女をキャッチして素早くその場から退避した。

 遅れて、モンスターが燃え盛りながら落下する。

 俺の炎は燃やしたいものを燃やす、なので落下地点にある芝生や草木なんかは燃えない。


 残りの護衛騎士たちが避難誘導を始める。

 と、フィッシャー侯爵夫人がエマ嬢を抱きしめているのが視界の端で見えた。

 掴まれていた部分を怪我しているようだが、そこまでひどくはなさそうで、それ以外に目立った怪我はなさそうだ。


「ルル!!」


 ルル、ルルはどこだ。周囲を見渡すもいない。

 モンスターが落下した地点には誰もいないことを確認していたが、エマ嬢が持ち上げられる前に怪我をした可能性もある。

 ルルまで俺から離れていってしまったら、俺はどうしたらいい。


 もう一度ルルの名を呼ぼうと息を吸ったそのとき、ドンと腰のあたりに衝撃を受けた。

 踏みとどまって視線を下げれば、ルルがいた。カティと同じ、マロンブラウンの髪。


「ああ、ルル!無事か、怪我はないか?」

「…うん」

「大丈夫だよルル、もうあのモンスターは動かないから。怖かったな」

「…うん」


 …?

 なんか様子がおかしい。


「ルル、どうした?」


 ルルを抱き上げる。

 すると自然とルルの顔が視界に入った。


 ……ルルは、満面の笑みを浮かべていた。

 頬を紅潮させ、キラキラとした瞳で俺を見ている。

 あ、これは。と思っているうちに、ルルが口を開いた。


「お父さま、カッコよかった!!」


 淑女としてははしたない大声。

 けれど俺にとってはとても、とても嬉しい言葉だ。


「ありがとう、ルル」


 俺はお前の自慢の父親でありたいと思っているから、お前からそう言ってくれるととても嬉しいんだ。



 ……それにしても、ここらで飛行型モンスターが来るのはおかしいな。

 あの手は山間周辺のダンジョンを根城にしてるはずなのに。


 ここは王都近郊で山もない。第2騎士団の巡回範囲だし、それに、各貴族の屋敷には結界が張られているはずなのに。



「ゾンター卿」


 いまだ興奮しているルルを宥めつつ考え事をしながら、ルルを抱っこして ―― 本来なら避難誘導に従って邸内に入ってほしかったが、ルルが嫌がった ―― モンスターを討伐した立場としてあのモンスターが完全に死ぬ(燃え尽きる)まで待っていると背後から声がかかったので振り返った。

 そこに立っていたのは、身なりの良い男性…フィッシャー侯爵だった。


「なんと御礼を申し上げれば良いか…!私の方でも対処しましたが、まさか庭園の方にも出ていたとは思いも寄りませんでした」

「当然のことをしたまでです。エマ嬢のご加減はいかがでしょうか」

「ええ、医師の見立てでは傷は浅く、痕も残らないとのことで」

「それは良かった」


 女の子に傷跡が残ると今後に影響が出る。

 どんなに優秀な子でも、どんなに美しい子でも、どんな家柄の子でもとして嫁としての価値が下がるそうだ、

 んな価値観クソ喰らえ、と思うのは前世日本の記憶があるからだろう。手術痕や事故による怪我の痕など、あの世界ではある話だ。


 だが、フィッシャー侯爵令嬢の傷は浅く、傷跡も残らないようなら本人含め侯爵夫妻も安堵したことだろう。

 つーか、フィッシャー侯爵がすぐに庭園に出てこなかったのはそっちも襲われていたからか。やべぇな。


「後処理は当家にお任せください。このような事態となった原因も調査せねば。ルイーゼ嬢も突然のことに驚き、お疲れでしょう」

「お言葉に甘えさせていただきます。ルル、帰ろうか」

「はい」

「後日、お礼に伺わせていただきます」

「お気になさらず」


 フィッシャー侯爵も俺と変わらず、モンスターの間引きのときは出陣するはずだ。

 俺は他家と共同で出陣したことがないから分からないが、噂ではフィッシャー侯爵は相当の手練れだと聞く。

 自邸内で起こった襲撃に、これから頭を悩ますことになるだろう。俺の家で起きたら頭禿げる、確実に。


 フィッシャー侯爵に帰宅の挨拶をして、ルルを抱えたまま待機させていた馬車を呼んで家路につく。



 ……あ。

 今日のやつ、本編前のイベントのひとつじゃん。


 そう気づいたのは、ルルを寝かしつけて俺も寝ようとウトウトしたときだった。


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