第7話
ハイスクール・プロレスリング 淀耶麻市夏興行メインイベント。
淀耶麻市市民体育館は、クーラの冷気すらかき消す熱に包まれていた。
「シュッ!」
キレの良い掛け声の後に放たれたアームホイップで銀髪の高校生レスラーが転がる。技の掛け手である鳩野龍之介は、そのまま流れるようにスリーパーホールドを仕掛けた。
「シャッ!」
掛け声とともに、腕にギリギリと力が込められる。そんな龍之介に、体育館中から歓声が浴びせられる。もはや、第二試合の塩試合など誰も覚えていない。興行の最後に、最大限の興奮をもたらす。龍之介は、紛れもない淀耶麻のエースであった。
オークと文香の二人は、そんなメインを物陰から見ていた。
文香がオークにたずねる。
「今の攻防で、いちばん大事な所ってわかる?」
「あのスリーパーホールドが、しっかり入ってないところとか? あれじゃ、丸一日締めてても、仕掛けてる方の腕が疲れるだけだ」
「うーん、格闘家の視点だねー。そもそもあのスリーパーホールドは、相手の体力を絞り取るのが目的で、そのまま絞め落とす気なんて毛頭ないし。大事なのは、あの掛け声だね。掛け声と技をセットにすることで、観客の注目を集め、技をかけるタイミングを伝える。わかった観客は、技に合わせて歓声を上げる。あの技の魅せ方、伊達にエースははってないよねー」
「なるほどなあ。ところで、なんで俺だけマスクを被ったままなんだ?」
「外したいなら外してもいいけど」
「マスクを締めてるヒモが固結びにされてて、上手く解けないんだよ。クッソ、いっそ引きちぎってやろうか」
文香はとうの昔にエルフの格好から普段着へと着替えていたが、オークのマスクはそのままであった。潤ではなく、オークのまま、試合を眺めている。
文香が言う。
「いや、取りたいなら取ってあげてもいいけど。ただ服はそのまんまで、体格も立派となると、マスクを取った瞬間、オークの正体見たり、汐崎潤だ! ってなっちゃうけど」
潤は運動着で来て、そのままマスクを被せられ、マスク・ド・オークとなった。当然、着替えなど無い。そもそも試合に出る気がなかったのだから、当たり前だ。マスクだけ取って、この辺をうろついていたら、間違いなく一発でバレる。筋骨隆々なデカい体格でバレる。
「……このままでいい」
「秋までには、ちゃんと手を考えておくよ。いくらなんでも、不便だからねー」
諦めたオークを見て、文香はからからと笑う。先程まで、丁寧な口調でバシバシやりあってた女とは思えない適当さである。
オークが文香にたずねる。
「というか、なんでいつの間にか俺、また試合に出ることになってんだよ。一言も、次も出るって言ってないぞ」
「聞いてないからねー。いやでも、どうせ出るつもりだったでしょ?」
「いやー。まったく。なんで俺がそう思ったのか、むしろ知りたい」
「マスク・ド・オーク、地方興行の第一試合で完! 学びを得るほどに浸からず、複線も解消せず、山場もなく、唐突に途中で終わる。こういうの、エタったって言うんだっけ?」
永遠(エターナル)に鋭意制作中となり世に出ない、エターナるを縮めてエタる。作者にとって罪であり重石であり、読者にとっての悲劇である。作者も人間である以上、連載を続けられない事情が生まれることもある。だがしかし、できれば避けたい。それが、エタるである。この三文字を出されたことで、オークはおいそれと退けなくなった。
いやだが、そもそも。
「エタるとか、そういうのなくても、もともと、もう一戦ぐらいはやるつもりでいたけどな。だから、エタるは止めてくれ。その言葉は、俺に効く」
「本当に? 本当にエタるつもりじゃなかったの? エタらないの?」
「お前あんまり言うと、そろそろ泣きわめくからな。もともと、あんな納得できない試合で終われるわけがないだろ。全部押し付けられて、そのまま姿を消す。そんな扱いには耐えられない」
汐崎潤という人間は、柔道を止め、レスリングやキックボクシングにも居着かず、いわば辞めた人間である。だが、すべてに勝ち、正々堂々とその場から立ち去った常勝の人間でもある。称賛と引き止めとともに辞めた人間である。
だが、プロレスにおける潤は、マスク・ド・オークとして勝ちはしたものの、全身に浴びたのはブーイングであった。勝ったものの、試合後にここまで後悔したのは始めてである。そして、責任を押し付けられていたという事実に気づかないほどの鈍さを自覚したのも始めてである。
おそらく、ケンゴとの一戦のみで、潤がオークのマスクを脱ぎリングから離れた時の評価はこうなるだろう。尻尾を巻いて逃げたと。何もわからぬまま、出ていったと。
その評価には耐えられない。何も得ないまま、侮辱とともに去るのはゴメンだ。潤の誇りはすでに、再度プロレスのリングに上がることを選んでいた。
文香は、潤のマスクごしの顔をじーっと見る。リングを見るその面持ちは、マスクを着けていても真剣に思えた。
「ふむふむ。まあ、いいでしょう」
「なんで上から目線なんだ」
「いやー、正直、ここで逃げられたらどうしようと思ってたよ。あれだけ挑発的なことをやって、次の機会を掴んだのに、オークは逃げましたなんて言えるわけがないしねー」
「次の機会か……本当に俺、アイツとやれるのか?」
オークは現在リング上で戦う龍之介に目をやる。
秋の大会でオークと戦ってほしい。試合前、控室での交渉は、結局答えが出ないまま終わった。試合が迫っているというタイムリミットがなければ、きっと文香が押し勝っていただろう。
「やる気なのは結構だけど、またハジかいたらどうしよう、ボコボコにされたらどうしよう。そういう不安はないの?」
「出る前に負けること考えるバカいるかよ。結果が終わった後についてくる以上、できるかどうか以外に興味はない」
出ると決めた以上、結果に思いを馳せることはない。負けるかも知れないという不安、どうせ勝てるだろうという楽観。どちらも、こちらの足を引っ張ってくる不純物である。となると、気にすることは、やれるかどうかぐらいしかない。
オークのそんな発言を聞いた文香は、珍しくぽかんとしていた。
思わずオークは声を掛ける。
「どうした? 何かあったのか?」
「いやねえ。そのセリフ、知ってて言った? 出る前に負けること考えるバカいるかよってヤツ」
「知ってるって、何をだ? こんなセリフ、頭の中からスッと出ただけだぞ」
「おおう、嘘はついてなさそう。いや、もしそのセリフを自分で思いついたのならば、もしかしたら、キミには本物の才能が」
文香の言葉を遮るように、会場のすべてを痛々しい音が支配した。
ビシッ! と、鉄棒で肉を叩いたかのようなあまりに痛々しい音である。だがこの音を、会場にいる人間は、皆が感嘆の表情で受け入れていた。
「行くぞ、行くぞ、行くぞぉ!」
対戦相手の銀髪レスラーを、コーナーポストまで追い詰めていた龍之介が叫ぶ。
龍之介のチョップが銀髪の胸板に炸裂した瞬間、先程のビシッ! が再び会場に響いた。
文香が、技の感想を感想を述べる。
「声の入れ方といい、今のチョップといい、龍之介クンは音の使い方が上手いね。聴覚で引っ張り、観客の視覚を誘導する。これもプロレスのテクニックの一つだねー」
「今の音は……いやまさか、そこまでやってたなんて、気づかなかった」
「そこまで感心しなくても。ある程度センスが関わってくる部分だけど、わかった以上は今後の参考にできるでしょ」
「いや、スマン。そこじゃないんだ。音の使い方じゃなくて、音の質なんだ」
オークも文香同様に龍之介の放つ音に驚いてはいたが、その驚きの方向性が違った。オークは自分の見解を述べる。
「たぶん、龍之介は、部位鍛錬をしてると思う」
「部位鍛錬って、空手とかでやるヤツだったっけ?」
「ああ。身体の各部位を、武器化するための練習だ。例えば拳だったら、砂袋や巻藁みたいな硬い物に叩き続けることで、皮膚を厚くし、骨を鍛える。おそらくあの硬い音、龍之介はやってるぞ」
部位鍛錬を経験した空手家の手や足は、鋼鉄にも例えられるほどの硬さを持つ。オークは龍之介のあまりに硬いチョップの音を聞き、龍之介も何らかの形で手刀のための部位鍛錬をおこなっていると判断した。
「それは、わたしには思いつかなかったねー。プロレスでも昔はそういうことをやってたって聞くけど、戦後とかそういうレベルの話だよ?」
「部位鍛錬は相当な努力と、自分の体が変形しても仕方ないと納得できるだけの根性が必要だからな。正直、まさかプロレスの会場で、音でわかるほどにやってる人間がいるとは」
拳を部位鍛錬で鍛え続ければ、皮膚が厚くなり、いわば拳ダコが生まれる。
貫手で突き指しないよう部位鍛錬で指を鍛え続けるのには、相当な根気がいる。
空手家でも、必要ないと判断する人間や達成できない人間もいる練習である。会った時は気づかなかったが、きっと龍之介の両手は、何らかの形に変形しているに違いない。
「だとしたら、納得だねー。だって、龍之介クンの得意技は」
「いくぞこらぁ!」
文香が何か言うより先に、リング上の龍之介が吠える。
連打、連打、連打。コーナーに貼り付けられた銀髪のレスラーめがけ、逆水平チョップの猛打が放たれる。コーナーに串刺し状態の銀髪は、龍之介のマシンガンチョップをすべて受け入れるしかなかった。
「あの串刺し式でのチョップの連打が、龍之介クンの得意技だねー。チョップでガンガン相手の体力を削って、そこから大技に繋いでのフォールや、直接関節技につなげてシメってのが、勝ちパターンかな」
「そりゃお前、部位鍛錬やってる人間のチョップをあの勢いでくらったら、身も心も全部削れるぞ。見た目以上どころの話じゃない……」
プロレスラーの打撃の重さと、部位鍛錬の硬さが合わさる。もはや、鉄パイプで胸をガンガン叩かれているようなものだ。胸が赤くなり、限界を迎えた銀髪のレスラーが腰から崩れ落ちそうになる。そんな銀髪を、龍之介は腰投げでリングの中央めがけ投げとばした。
「出るねー。フィニッシュホールドが」
よろよろと起き上がる銀髪のレスラー。きっともう、限界なのだろう。それでも立てる。しっかりとしたピリオドを打ってもらうことを考えられる彼もまた、立派なレスラーである。
龍之介が叫ぶ。
「うっしゃぁぁぁぁっ!」
龍之介はぐるりと旋回すると、銀髪のレスラーの首筋めがけ横からチョップを叩き込んだ。今までの痛々しい音が軽く思えるくらいに、激しく悲痛な音と共に、銀髪は倒れた。これで、この試合は終わりである。この一撃は、必殺技だ。そんな声なきメッセージが、全観客に伝わった。もちろん、オークにもそのメッセージは届いた。
「あの回ってのチョップが、龍之介の必殺技か……」
「通称、ローリング袈裟斬りチョップ。水平の軌道なのに、袈裟斬りとはこれいかにってねー」
ローリング袈裟斬りチョップ。使い手によっては燕返しとも呼ばれる、近接用の打撃技である。その場で打てる上に、回ることで躍動感も出せると、使い勝手とわかりやすさを両立したプロレスらしい必殺技とも言える。
遠心力をフルに活用していることもあり、その威力は普通のチョップの数倍と言っても過言ではない。この技を考案したプロレスラーは、誰もが受けるのを嫌がる技だと嘆いていた。
「でも、首筋へのチョップはアリなのか? 俺のさっきの試合で、ケンゴが出してきた首狙いのチョップは、実は反則だったって話だけど……」
「地方興行とはいえ、メインなら首狙いも許されるだろうねー。それに、苛立った新人がつい出した危険な一撃と、メインイベンターが意図的に出した必殺技は、同列に並べられないよ」
ケンゴと龍之介のチョップには、それほどの違いがある。威力や迫力も大事だろう。しかし、プロレスである以上、技の確かさが大事なのだ。こいつの技なら受けても大丈夫。受けてやってもいい。そう思わせなければ、プロレスは成り立たない。
二人がそんな雑談をしているうちに、リング上では3カウントが入っていた。切り返しや丸め込みはなく、ごく当たり前に龍之介の勝ちである。あれだけの技の後に逆転するのは、相当な説得力がいる。少なくとも、オークも文香も、これ以上試合が続くとは思っていなかった。対戦相手だけでなく、見てる側にも納得させるのが、プロレスの必殺技である。
「これで終わりか?」
「いや。勝ったメインイベンターには、最後の仕事があるから」
文香が言う通り、レフェリーや対戦相手の銀髪が先にリングを降りて行き、勝者である龍之介だけが残る。龍之介の手には、マイクが握られていた。
「ご来場ありがとうございましたで終わりだろ? 人目に付く前に、早く帰ろうぜ? いいかげん、マスクも外したいし」
「いやいや、ちょっとだけ聞いてこうよ。それにこういう時は、遅いほうが帰るの楽だったりするしねー」
「それもそうだけど……待った。お前、なんかうきうきしてないか?」
帰ろうとするオークを、文香が引き止める。オークが言う通り、文香の顔は何かを待ち望むかのようににこにことしていた。改心の出来で負えたテストの、テスト返しを待ってるような顔である。
そうこうしているうちに、リング上の龍之介がマイクを手に話し始めた。もともと観客に荒子浦高校の生徒が多いせいか、荒子浦の龍之介のマイクを聞くために、大半の客が残っていた。
「本日はご来場、ありがとうございます。楽しんでいただけたでしょうか」
ほら、俺の言った通り、ご来場ありがとうございましたじゃないか。当たり障りのない挨拶を続ける龍之介を背に、さっさと帰ろうとするオーク。そんな、オークの腕を文香が掴んで止める。いくらなんでも、ここまで必死に止める意味はあるのか。
その理由は、龍之介が明らかにしてくれた。
「えー。最後にちょっと良い話ではないんですが……今日の第二試合。無様をしました。大事な後輩が潰されてしまう。そう思った瞬間、リングに駆け上がってました。観客の皆様を驚かせてしまい申し訳ないです」
そう言って、龍之介はぺこりと頭を下げる。第二試合の話。言うまでもなく、ケンゴ対オークの一件である。
「お前は悪くないぞー!」
「悪いのは、あのしょっぱいデカいのだからー!」
観客席から飛ぶ声は、温かい声ばかりだった。一方で、オークにとっては極寒である。状況を収拾するためとはいえ、オークに全責任を押し付けてきたことに対し、文香がああも龍之介を糾弾した理由がようやく理解できた。
龍之介は胸にあるであろう気まずさを秘めたまま、観客の声援に答える。
「温かいお言葉、ありがとうございます。ですが、まあ。すいません。ちょっと素で行きます。このまま、あんなしょっぱいレスラーをのさばらせておく訳にはいかねえよなあ!」
急に龍之介のマイクパフォーマンスのトーンが変わったことにより、観客だけでなくオークですら驚く。驚きは波となり、会場のすべてを龍之介に惹きつける。唯一平然としたままなのは、文香くらいのものである。
「ぽっと出のバケモンに、この淀耶麻のプロレスをぶっ壊されてたまるかよ! ということで、借りは俺がノシつけて返してやります! 首洗って待ってろよ!」
龍之介は両手を雄々しく上げると、マイクを投げ捨ててリングを降りる。いかにもなマイクパフォーマンスを見て、会場の興奮は絶頂となった。プロレスならともかく、スポーツライクなハイスクール・プロレスリングではあまり見ないタイプの興奮である。
なんとなくコソコソとしつつ、オークは文香にたずねる。
「アレ、マジでキレてんのかな?」
「本音半分、策略半分って言ったところだろうねー。でもまあ、あれだけやってくれるってことは、鳩野龍之介対マスク・ド・オークを呑んだって考えていいだろうねー。いやいや、忙しくなりそうだよ」
「後輩がケチョンケチョンにされて悔しい、変なエルフに手玉に取られてくやしい。そういう本音はわかるが、策略? メインイベンターでエースなんだから、オークとやりたいって一言でいいんじゃないのか」
「変なエルフからのコメントとしてはだねー。いくら、エースがやりたいって言っても、みんなおいそれとOKです! とはいかないことかな。見て見なよ、リングサイドのレスラーたちの顔を、関係者席の面々の顔を。ああやってマイクで勝手に言っちゃうことで、無理やりカードを作ろうとしてくれてるんだよ。策士だねー」
リングサイドの高校生レスラーも、関係者席の大半も、皆が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。いっそ、「俺、なんかやっちゃいましたか?」ぐらいのことでも言ってみたいが、まあそれをオークの立場で言ったら命がないだろう。
「龍之介クンと戦えるってのは、この淀耶麻市におけるトップレスラーと戦えるってこと。普通のスポーツで言うなら、地方予選の決勝ぐらいの価値かな? みんなが決勝目指して頑張ってる中、一回戦を勝っただけのぽっと出が、するするとシードで決勝に行こうとしてたら……」
「闇討ちされてもおかしくないな! いやー、マスクしてて、よかったわー!」
もはやオークは、自棄じみたことを言うしかなかった。
「一応、ハイスクール・プロレスリングが健全をうたっている以上、普通のプロレスみたいにマイクアピール先行でカードを決められるのも、運営的に困るだろうしねー。まあ、運営はいくら真面目にやってても、元はプロレス関係者だから大丈夫かな。プロレスを知る人間が、この盛り上がりに応えないわけがない」
「つまりは」
「秋を目指して、夏の間にいろいろ鍛えようってことだねー」
鳩野龍之介対マスク・ド・オークはもはや決定事項になったと、文香は気まずそうなオークの背を、ぽんぽんと叩き力づけた。
◇
オークとエルフは男女のコンビであった。であれば、男女の組み合わせのまま会場から出れば、否が応でも目立ってしまう。オークを一足先に会場の外に出した文香は、閑散とした会場で一人つぶやく。
「これはちょっと、まずいかもしれないねー……」
マスク・ド・オークのデビューに、さまざまな過程を飛ばした、鳩野龍之介VSオークのカードを仕立て上げてみせる。潤も龍之介も、エルフの皮を被った文香にしてやられたと思っている。だが、当の文香も、実は想定外の事態に頭を抱えていた。
原因はただ一つ、鳩野龍之介にある。
「まさか、あそこまでやれる男だったなんてねー。これじゃあ、間に合わないかも知れない」
文香は、龍之介の実力を軽く見てしまっていた。淀耶麻のエースである以上、光る物はあるのだろうと思っていた。しかし、オークとケンゴのせいでぐちゃぐちゃになった試合を、とりあえずは形にしてみせた機転。普通レスラーはやらない部位鍛錬をすることで、自身の必殺技であるチョップに説得力を持たせる勤勉さ。こちらの出したVSオークなんて無茶苦茶な条件を飲み込んだ上で、リング上で宣言して見せる胆力。どれも、地方興行にいるレスラーの基準を超えている。きっとワンランク上の県興行どころか、全国興行のレスラーと並べても、大きく見劣りはしないはずだ。
潮崎潤は、どんなスポーツをやっても超高校生級の逸材であり、正直地方興行ぐらいは、多少のアドバイスをすれば乗り切れると思っていた。だが、相手が龍之介となれば、潰されることはなくとも、頭からくわれてしまう可能性がある。龍之介には、想定以上の身体能力と、潤の遥か上を行くプロレス頭がある。
しくじった。文香は反省していた。
ならば、予定を変更するしか無い。文香は即座に気を取り直した。
「あまり、この段階で話したくなかったんだけどねー……」
ふうとため息を付き、文香は会場に背を向ける。こうなれば、オークをすぐにでも”あの人”に会わせるしかない。もっと後に会わせるつもりだったから、準備も相談も何もしていない。絶対に会わせる前の下ごしらえをしておかなければ、厄介なことになるのに。そもそも”あの人”は、ハイスクール・プロレスリングが嫌いである。
とはいえ、ここで躊躇すれば、何もかもがおじゃんとなる。覚悟を決めた文香は、自ら頬を叩き、気合を入れる。
潤に立派な異世界小説を書くという夢があるように、文香にもマスク・ド・オークを介して叶えようとしている、一つの夢があった。
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