第7話 ううん、大丈夫だよ。おかえり

 「そっか...分かった」


 ガチャ...


 2つ返事で電話を切られてしまった。別に止めて欲しかった訳じゃない、けれど...いくら何でも冷たすぎる。


 (別にいいし、別に...)


 それから私は何もしなかった。今後の生活をどうしていこうとか、晩御飯やお風呂のことなど、何も考えず、ベッドに仰向けで天井をずっと眺めていた。


 (結局、私は何者にもなれないんだ...)


 いつの間にか、アイコスを手に持って何本か吸い終わっていた。


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 ピンポーーーン!


 誰かが来たみたい。もちろん、扉を開けるつもりはない。どうせ事務所の人が三上さんから話を聞いて、怒りにきたんだろう。


 しかし、呼び鈴は鳴りやまない。お互いの我慢比べに入ったようだ。私は心を無にして、呼び鈴の音を心から遮断した。だが、突如聞きなれない音が心の中に入ってきた。


 ブウォーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!


 エンジンのようなモノがかかり、何かを切断する音が聞こえはじめる。慌てて飛び上がり、玄関の様子を見る。


 「おまたせ」


 扉の内側は汚い正方形の形でくり抜かれていた。そして、チェンソーを持ってる三上さんが後光にさされながら仁王立ちしていた。


 私は何も言葉を発することが出来なかった。事態の状況が読み取れず、いま目の前に写し出されている映像を信じれなかった。


 三上さんは体勢を低くし、扉をくぐり抜けて、部屋に入っていた。チェンソーは廊下に転がっていた。そして、尻餅ついている私の手をとり、部屋の外へ連れだした。私の有無も聞かずに、黙って。


 アパートの部屋から出され、何も言われず手を引っ張られた。そして、近くに止めてあった三上さんの自動車に座らされた。


 ”どこに行くんですか?”そう聞こうとしたが、やめた。理由は分からない。けど、強いて言うなら、答えを聞いても私の気持ちは変わらないからだろう。


 (きっと、事務所に連れ戻されるんだろう...)


 車窓を開け、目を瞑って、風を浴びた。少し心地がよかった。風って気持ちいいんだな。



 ハッと目が覚める。いつの間にか眠ってしまっていた。かなり、眠った感覚があるのに、事務所には着いていない。着いていないどころが、見たことのない田舎道を走行していた。三上さんの方を横目で見るが、彼女は黙って前を見て運転していた。


 起きてから10分ぐらいたった時、自動車は停止した。岬の高台みたいなところに着いていた。三上さんは、助手席に座る無気力で放心している私の手を掴み、引っ張り歩き始めた。


 青緑の草が生い茂る高台の先っぽを目指した。


 先っぽに到着すると、夕焼けの光に反射して輝く大海原が広がっていた。見渡す限り海だった。ささやかな海風が私を包み込む。


 「あなたが、アイドル目指さなくたって私は別にいいわ」

 「今のあなたが居なくても、事務所に大きなダメージもない」


 「けれど...」


 「心に嘘だけはつかないようにね」


 三上さんはそのセリフを吐きながら、優しく微笑んでいた。優しい顔をしていた。普段の顔が怖いという訳じゃない、ただ寄り添ってくれる微笑みをしてくれた。


 ここが昭和だとか令和だとか関係ないのかもしれない。私のやり方がどうとか関係ないのかもしれない。


 ”てか、そもそも何で地下アイドルやってたんだっけ”


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 多くの茨を払いのけ、心の正面に立った。

 

(ごめんね、遅くなっちゃった)


(ううん、大丈夫だよ。おかえり)


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 「アイドルが好き...」

 声がふるえていた。


 「わたし。アイドルが好きなんだ...」

 視界が物凄くぼやけ、緑色の”もや”しか見えなくなった。手に冷たい液体を感じる。そして、肩には優しさがあった。


 私はアイドルが好きで、アイドルをやっていた。輝く女の子の姿が好きで、好きで、好きだった。


 憧れとかじゃなく、有名になって稼ぎたいとかじゃなく、芸能界に入りたいとかじゃなく、アイドルが好きで、したかっただけなんだ。


 言い訳を作って、逃げ道を作って、本心に気づいてないフリをしていた。本気でやって失敗したり、恥じをかくのが怖かったんだ。


 ただただ、わたしは、、、アイドルをやりたいんだ。環境だとか周りの意見だとか関係ない、私の心は私だけのもの。


 「わたしぃ、、アイドルがしたい...です...」


 「あなたには、あなただけのアイドルがあるのよ」


 三上さんの言葉が、優しく追い打ちをかける。


 頭がぐちゃぐちゃになるほど、わたしは泣いた。今まで生きてきた20年間、本心に嘘をついてきた分だけ。


 夕日が、海風が、三上さんが、言葉が、優しさが、そして、心が私を包み込んでくれた。

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