王の顕現④
翌日、事態は大きく変わることになった。
それはあまりにも前触れなく、突然だった。
「フィリップ・ヘンリクソンを見た?」
「ああ、たぶん間違いない」
そう話すのは市場にいた商人だった。
あまり見かけない商人だったので試しに聞いてみたら、なんとフィリップさんを見たのだという。
「商人、人違いという可能性は?」
アシュリーは当然の疑問を投げかける。
「俺だってそう思ったさ。フィリップ・ヘンリクソンと言えば、前の騎士団支部隊長だろ? とっくに死んでるって聞いていたからな。でも俺は、二年前に実際に本人と会ったことがあるんだよ。あれは、間違いなくフィリップ団長さ」
「商人、ちなみに、フィリップを見た場所は?」
「海都の近くにある遺跡のようなところさ。海岸沿いのな」
「遺跡……神秘」
「お嬢ちゃん、残念だが、遺跡といってもデカい岩が何個か転がってるだけのつまらない場所だよ」
「ふしゅぅ……残念」
しかし商人もまた半信半疑のようである。
その後、こう訂正した。
「まあでも、見たと言っても俺自身がどうにも信じられなくてな。考えてみれば距離もあったし、他人の空似のような気もしてくる。あまり本気にせんでくれよ」
「…………」
この情報がどれほどの精度なのかはわからない。
だが、もしも真実なのだとしたら、フィリップさんは死んでいなかったということになる。自らの死を公表し、裏では生きていたということ。
もしそうなら、斥候部隊の情報が完全に遮断されていたのもわかる。というより、情報を得るなんて不可能だろう。
おそらく、この海都の騎士団全てが彼の手の内――。
だが、なぜ今なのか。
ここ数日……いや、彼が死んだとされる二年前からずっと息を潜ませ、ひたすらに死を演じていたにも関わらず、なぜ今になって姿を見せたのか。
(嫌な予感しかしないよね……)
となれば、早々に手を打つ必要がある。
さっそくレフィリアからもらっていたアイテムが役に立つ時が来た。
魔導具『転移石』。このアイテムは二対となっており、片方に魔力を込めると別の場所にあるもう片方の石まで術者を飛ばすことができる優れもの。
あとは魔力を込めれば碧色に光り――と思った瞬間、まだ魔力を込めていないにも関わらず、転移石が光り出す。
そして光の中から出てきたのは、レフィリアとダンゲだった。
「ユージーン! 緊急事態だ!」
レフィリアは叫ぶ。
「え?」
「街に駐屯していた騎士団がいなくなった! 全員だ!」
「俺達も見たんだ! 警備していた騎士が、いきなり光に包まれて消えちまったんだよ!」
「騎士が、全員……」
いよいよもって、嘆きの王の伝承を彷彿とさせる。
(嘆きの王……。民と兵が消えたってのは、要するに国そのものが消失したってことと同じ。だったら、嘆きの王の話ってのは……)
「まさか、フィリップ・ヘンリクソンがやろうとしてることって……」
「フィリップ? なぜフィリップの名が出てくるんだ?」
「あ、ああ、実は――」
僕もまた、今しがた入手した情報を伝える。
「……死んだはずのフィリップが目撃された、と。しかも、このタイミングで」
「レフィリア達が見た騎士達の消失もずいぶん大々的なものだし、要するに、
「じゃあ、いよいよ動きがあるってことか!?」
「動きどころじゃない。準備が整ったのであれば――仕掛けて来るぞ」
レフィリアがそう告げた直後である。
カンカンカンカン――……!!
街の警鐘台から鐘の音が響き渡る。
「オーク族だ! 正門外から、オーク族が攻めて来たぞ!」
街中を駆け抜ける役人は、必死に叫ぶ。
「オーク族……亜人ギルドか!」
「クソッ! レフィリア様の言った通りってわけですか!」
「騎士団は行方不明! 女子供は至急避難を! 戦える者は武器を取り、正門前へ! 急げ!」
役人の声を聞いた人々はパニックに陥る。
「オ、オークだって!?」
「そ、そんな! どうしてオーク族が!」
「騎士団は何をしているんだ! なぜ誰もいない!!」
誰からと言わず、着の身着のまま、人々は一斉に裏門へと駆け出した。
「ユージーン! 私達も正門へ!」
レフィリアの判断は正しい。
騎士団なき今、まともな戦力と言えば街にいる傭兵や僕ら程度だろう。
だが、僕にはやらなくちゃいけないことがある。
「……いや、僕は海岸沿いにあるっていう遺跡に行く。そこに、フィリップ・ヘンリクソンがいるはずだ」
「おい治療師! こんな時に何言ってんだよ! 状況わかってるのか!?」
「今回の主犯はフィリップ・ヘンリクソンだ。そして彼がしようとしていることにも心当たりがある」
「心当たり?」
「もしも彼が
「ユージーン……」
レフィリアは一瞬思考に耽る。
そして決意したかのように、強く頷いた。
「……わかった。ユージーン、フィリップの件は任せた」
「ほ、本気ですかレフィリア様!?」
「ガタガタ言ってる暇はない! 私達は正門へ急ぐぞ!」
「……あーもう! わかりましたよ! 治療師! そこまで言うならちゃんと止めろよな!」
「ああ、正門は任せたよ」
二人はそのまま正門めがけ、風のような速さで駆け抜けていった。
「……長、行くのか」
アシュリーは尋ねる。
「ああ。こればかりは、僕が行かなくちゃいけない。僕じゃなければ……」
そして僕はしゃがみ、アシュリーの肩に手を置く。
「……アシュリー。頼みがある」
「頼み?」
「
「――――ッ!!」
アシュリーは顔を引き攣らせた。
当然の反応だろう。
「で、でも長! そんなことをしたら……!」
「わかってる。でも、このままじゃ海都が崩壊する。そうなればどれだけ犠牲が出るかわからない。援軍を呼んだとしても間に合わない。それならもう、あいつに賭けるしかない」
「で、でも……来てくれるか、わからない」
「きっと来るさ。あいつは、暇つぶしに飢えているから」
「…………」
しばらく考え込んだアシュリーは、顔を上げる。
「……わかった。あの人を、呼んでみる」
「ああ、頼むよ」
「ここでいい?」
「いや、アシュリーには――」
アシュリーに、一つ策を伝える。
いや、策とは到底呼べないだろう。どこまでも泥臭く、どこまでも血生臭い、一方的な蹂躙となる、一つの案である。
「――……長、わかった」
そしてアシュリーもまた、その場から離れていった。
残された僕は、海岸へと向かう。
きっとこれは、彼が――フィリップ・ヘンリクソンが周到に準備していたもの。
彼がやろうとしていることは覚えがある。
忘れるはずもない。
だがそれは、もはやどうしようもないものでもある。彼はそれを知る由もないが、今更の話でしかない。
街に迫るのはオーク族、亜人ギルド『戦斧の覇道』。
そしておそらく遺跡にいるであろう、フィリップ。
街は人々と悲鳴が飛び交い、喧噪と土煙に包まれる。
海の都、海都マリウルブス。
風光明媚であった都市は、動乱の最中にあった。
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