王の顕現③
「ユージーン、ありがとう」
唐突に、レフィリアはそんなことを言ってきた。
「どうしたのさ、急に」
「いや、今回の任務もなんとかなりそうな気がしてきてな。私達だけでは到底無理だった。ユージーン達のおかげだ」
「何言ってるんだよ。僕達がいなくても、レフィリアなら自分でなんとかしていたさ」
「そんなことはない。ないんだよ、ユージーン……」
「レフィリア?」
レフィリアは、静かに語る。
「私はお前が思っている程……皆が思っている程、有能ではない。確かに鍛錬を重ね、剣技や魔力操作、魔法は随分とマシになった。それは自負している。……だが、それだけだ」
「それだけって……レフィリア程の人がそれ言っちゃうと、逆に嫌味に聞こえる人もいるよ?」
「ユージーン、生憎私は、本当にそれだけなんだ。騎士団の任務では戦闘が多い。だからこそ、戦力としての評価は個人の評価に直結しやすい傾向がある。私が騎士兵長に選ばれたのも、戦闘における評価によるところが大きいんだ。だが戦闘から離れれば、驚くほど私は無力となる。戦術も立てられない。情報を集めることもできない。通常女に求められる家事全般など……ふふっ、もっての他だな」
彼女は自虐的に笑っていた。
それが彼女のコンプレックスなのだろうか。
『鋼鉄麗刃』という異名、完璧なる武人、帝国が誇る騎士の中の騎士。
彼女を称賛することは驚くほどたくさんある。だがこうして見れば、確かに騎士としての彼女を表するものばかりなのかもしれない。
それが彼女の重荷になっているのだろうか。
だけど……。
「レフィリア、適材適所って言葉、知ってる?」
一瞬、レフィリアの表情が硬くなる。
「私は、戦ってさえいればいいと……そう言いたいのか?」
「聞きようによってはそう聞こえるだろうね。でも、それでいいんじゃないの?」
「……ユージーンは、意外と残酷なことを言うんだな」
「残酷かもしれないけどさ、人間ってできることには限界があるんだよ。何事でも。強くなりたい。優しくなりたい。戦略を立てたい。風のように速く動きたい。家事全般ができるようになりたい。全部が出来ればそれは凄いことだとは思う。だけど、全部ができる人間なんていないんじゃないかな?」
「それはそうかもしれないが……」
「人は誰でも、大なり小なり役割を持って生きている。僕が昔勉強を……学問を教えてくれた人が言っていた言葉。その役割ってのは人によるけど、あれもこれも、全部の役割を得たいってのは贅沢だよ。傲慢とも言える。たった一つの役割すらも必死に守ろうとしている人は、世の中にはたくさんいる。レフィリアには既にちゃんとした、皆に尊敬される役割がちゃんとあるんだ。それでいいじゃないのかな」
改めて、レフィリアの方に体を向ける。
「戦闘しかできない? いいじゃないか。十分過ぎるさ。キミは誰よりも強く、勇ましく、戦うことができる。それ一つで、ここまで尊敬されているんだ。正直、嫉妬すら感じる……なんてね」
「…………」
ちょっと冗談っぽく言ってみたが、彼女は――レフィリアは、ただ何も言わずに僕を見つめていた。
決して逸らさず、美しい切れ長の目でしかと僕を捉え、逃がさない。
もしかしたら見透かされているのかもしれない。
どこかカッコつけて、良いことを言った風に見せてみたが、たぶんきっと、今言った言葉は、全部僕への当てつけだ。
僕はきっと、誰かにそう言ってもらいたいんだ。
認めて欲しいんだと思う。
(……わかってる。わかってるよ)
でも僕は、認められるべきじゃない。
そんな資格なんてない。あるはずがない。
それがレフィリアと僕の決定的な違いなのである。
だから僕は、彼女に嫉妬する。
清廉なまま、純朴なまま、彼女はここまで歩いて来た。そして多くの人から敬意を払われながらも、それでも満足できず、悩んでいる彼女に嫉妬してしまう。
もちろんそんなものは僕の勝手な感情でしかない。
彼女はきっと、僕を信用して胸の内を晒したんだ。
彼女の表情を見たらわかる。たぶんこれまで、誰にも言えなかったのだろう。
そんな彼女に、これ以上自分勝手な感情を晒すのはやめよう。
それはさすがに、非道だ。
「とりあえず僕が言いたいのはさ、僕は、今のレフィリアでもいいと思うってことだよ」
「し、しかし、私は――」
「じゃあ、僕がレフィリアを認めるよ。レフィリアは、よくやっている。本当に、頑張ってるよ。心の底から凄いと思う」
「ユージーン……」
「キミはキミのままでいい。無理に変わる必要はない。キミのやっていることは、きっと誰かの力になっている。誰かを導いている。だからレフィリア、もっと自分を誇るんだ。もっと自分を認めてやるんだ。キミはキミが思っている以上に、誇り高い騎士なんだから」
「…………」
レフィリアは、俯いた。
祈るように手を胸の前で握り、せっかくの星空を見ることなく、勿体なくも床に顔を向ける。
「……すまない、ユージーン。私はそろそろ休む」
出てきた言葉はそれだった。
「うん、おやすみ」
「お、おやすみ……ユージーン……」
そして彼女は、足早にその場から立ち去り、部屋へと戻っていった。
僕は改めて景色を眺める。
先ほどよりも、街の灯りが減ったように感じる。心地よかった風も、どこか生温い。
この世界は美しい。
騎士がいて、魔法使いがいて、魔法があって、色んな種族がいて、空の模様も比べ物にならない程に壮大。
誰もが夢に見る異世界。この世界。
しかしこの世界は、僕には少し、美し過ぎる気がしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます