王の顕現②
翌日から、状況は変わる。
諜報対象を嘆きの王と亜人ギルドにした途端、塞き止められていた川が一気に流れるように、あれよあれよと情報が集まり始めたのである。
嘆きの王の伝承については、人により様々に形を変えていた。
酒場のオジサンが披露した話と全く同じであったり、妃は復活せずに王だけが食われたり、復活した妃こそ異形の神で妃が王を食ったり、中には王が神へと変貌して民も兵も食ったと話す人もいた。
そもそも伝承とはそのようなものなのだろう。
言い伝えられ、言い換えられ、改ざんされ、少しずつ形を変える。ダンゲは昨晩、伝承は尾ひれが付いて肥大化したデタラメに過ぎないと断じていた。それは正しいと思う。ちょっとした人の噂ですら、思いもよらぬ変化が生じることなど、往々にして起こりうるものだ。それが数十年、数百年となれば更に変化は大きくなり、もはや原型など留めていない場合もある。
だがそれでも、それでも話の根幹は変わらない。
たとえ内容に大きな差異が生じたとしても、その話が生まれることになった“何か”はあるだろう。
そして今回の場合――『嘆きの王』。
話の節々こそ違うものの、全てに共通すること。
①聡明な王の妃が病で亡くなり、王が嘆き悲しんだこと
②王が思い出の地で声に唆され、民や兵を犠牲にしたこと
③最終的に、復活した異形の神が全てを食らったこと
④その地こそ、ここ海都マリウルブスであること
こうなって来れば、騎士団の斥候部隊が忽然と姿を消したことも、何かしらの意図の一部のように感じる。
でもまあ、あまり先入観を持つのも危険かもしれない。
現時点ではひとまず置いておこう。
そして、亜人ギルド『戦斧の覇道』。彼らの動きも徐々に掴めてきた。
彼らが目撃され始めたのは三日ほど前。ちょうど僕らが海都に来たばかりの頃である。
海都での直接的な目撃はない。オーク族単身であればさすがに街でも目撃はあるが、あくまでも集団としては周辺だけだ。
だからこそ不気味に感じる。海都に来ることが目的ではなく、機をうかがっている印象を受ける。
ギルドであれば、依頼を受けての行動なのは間違いない。
ではどのような依頼を受けたのか……そればかりは今考えても仕方ない。
レフィリアによると、亜人ギルドは基本的にギルド連合には参加していないという。『戦斧の覇道』についても、おそらくそうだろう。仮にケンジさんにつなぎを取っても、彼らの情報を得ることは難しいだろう。
「長、オーク族は強い?」
歩きながら、アシュリーは聞いてきた。
「ああ、強いよ。魔力こそほとんどないけど、単純な力だけなら、たぶん全種族でもトップクラスだろうね。あとは……」
そこまで言って、僕は口を閉ざした。
「長? あとは?」
「……いや、何もないよ。とりあえず油断できないってことさ」
「なるほど。オーク、油断できない」
「…………」
ここから先はアシュリーにはとても言えなかった。
オーク族の力は確かに強大である。だがそれ以上に彼らが有名なのは、その習性にあった。
彼らの種族には、いわゆる女性がいない。男性のみなのである。
無論両性であったり単性生殖が可能などではない。
彼らは子孫を残すために、他種族の女性に協力してもらう必要があった。
協力……とは言ったが、そんな生温いものでもない。
彼らは女性を襲う。そして生殖行為を強要し、子を宿させる。
なぜそのやり方を取るのかと言えば、正直、僕にはわからない。単に価値観の違いなのかもしれないし、種族としての趣向がそうなのかもしれない。それについて、他種族である僕がどうこう言うのも筋違いなのだろう。
いずれにしても、だからこそオーク族を忌み嫌う人も多く、また、彼らは恐れられている。
そのオークが組織だって行動しているとなると、やはり脅威に感じざるを得ない。
レフィリア達とも情報を共有し、警戒を強めることにした。
「とにかく、オーク族は厄介だ。もしも今回の件に奴らが絡むとなれば、単独で対応するのは愚行と言えるだろう」
「レフィリア様。もしもオーク族のギルドが敵になるとすれば、どのみち俺達全員で戦っても太刀打ちできませんよ」
「長、オーク族、そんなに強いのか」
「昼間も言った通り、単体でも驚異的だよ。オーク族の一撃は必殺。剣で受ければ剣が折れ、盾で受ければ盾は割れる。人は一撃すらも耐えられず、その力の前に無力に伏せる――。オーク族の攻撃特性を表現した、昔から伝わる言葉さ。それが集団で向かって来るとなると……まあ、僕ならその場から逃げ出すかな。真っ先に。たぶんそれが、一番生存率が高い」
「なるほど、長は真っ先に逃げる……覚えておく」
「変なところだけ覚えないの」
その日はそれでお開きとなった。
それぞれがそれぞれの部屋で休み、次の日に備える。
ここ数日は色々停滞していたが、ようやく先に進めそうだ。そう思うと、何だかホッとする。
深夜。皆が寝静まる時。
どうにも眠れなくなった僕は、部屋を出て、宿の奥にある共通のベランダへと向かった。
そこは宿の三階部分に位置して、街を全域見渡せるわけではないが、それでも、そこから見える景色が僕は好きだった。
夜空に群がる星々の煌めき。月の光の雫。街に点在する窓明かりの礫。
この世界では、時刻という概念は少し薄い。日が沈みしばらくすると次の日扱いされ、日が昇ると勝手に朝と呼ばれるようになる。しかし夜の静けさは同じであり、時折吹き抜ける風は、街の息吹のように感じた。
その風を深く吸い込んで吐き出す。
すると背後から、足音が聞こえてきた。
レフィリアだった。
「ユージーン、起きていたのか」
「うん。ちょっと寝付けなくて」
「そうか。実は、私もだ」
彼女は自然と僕の隣に来て、柵に腕を置いた。
「ここは風が気持ちいいな」
「うん。潮の香りがいいよね。帝都じゃ味わえない贅沢だ」
「ああ。私もそう思う」
それから、僕とレフィリアは潮風を堪能する。
夜の静けさは、増すばかりだった。
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