王の顕現①
翌日から僕達は二手にわかれて情報収集をすることにした。
僕とアシュリー、レフィリアとダンゲというペアで、海都で色々な人に色々な話題を振る。その夜に集まり、聞いた話を集約して情報を得ようとしたのである。
だが、やはりというか、なかなか活路は見いだせない。
それもそうだろう。
レフィリアが諜報活動のイロハを知らないはずがない。そんな彼女が数日かけても何一つ情報を得ることができなかった。それなのに、てんで素人の僕達が何かを得ようはずもない。
時間だけが過ぎていく。無情なまでに。
レフィリアの表情も日に日に暗くなっていき、ダンゲの機嫌も悪い。それは元からではあるが。
このままでは、いよいよ帝国の騎士団本隊を招集しないといけないかもしれない……そういう話が出始めた矢先の出来事だった。
「さあ、俺ぁなーんも知らねえな」
「ははは、ですよねー」
いつものように、酒場で知らないオジサンから話を聞く。
あの手この手で話をぼかしているが、大筋は失踪した騎士団のことである。しかしながら、もはや形式美とも言えるほど、こうして「何も知らない」の一点張りになるのであった。
「長、次の店」
アシュリーも早々に諦め、促して来る。
「そうだね。オジサン、話を聞かせてくれてありがとうございました」
「礼を言われるほど話しちゃいないんだけどな。しかし兄ちゃんも変わってるな。この街では、騎士団のことを気にしてる奴なんていないと思うぜ?」
「そうなんですか?」
「ああ。この辺は強力な魔物もいないし、基本的に海が稼ぎ場所だからな。要するに、別に騎士団なんて必要ないんだよ」
「へぇ……」
「もちろん何かあった時には存分に頼らせてもらうんだけどな。へへへ」
「そりゃごもっともで」
(今日も今日とて収穫はなし、か……)
もはや僕らではどうしようもないのかもしれない。
フィリップさんの件は未だ手付かずだし、これはアングリッドさんに謝ることになりそうだ。
「……はぁ、死んだ人と会うなんて、そもそも無茶だったんだよ」
その時だった。
「ハハハ! 嘆きの王とは、また懐かしい話だな!」
「……嘆きの王?」
オジサンは酒を飲みながら笑っていた。
「オジサン、悲劇の王ってのは?」
「昔いた王様の逸話さ。まあ、この辺りで昔からある言い伝えみたいなもんだ」
「言い伝え……」
その話は、これまでとはどうも様子が違うようだ。
どうせ今日も情報はない。だったら、聞いてみようと思った。
「よければ聞かせてもらえませんか? 奢りますから」
「お? そうか、悪いな。じゃあ、どこから話そうか……」
そして、オジサンは酒を飲みつつ、ちょっとした小話を始めた。
――……その昔、この辺り一帯を治めていた国があった。
王は聡明にして優しく、国民にも兵にも恵まれ、名君と呼べる程の者であったのだという。
やがて王は、隣国の美しい姫君を妃として迎え入れる。
幸せな時は流れ、妃は子を宿した。
だが、悲劇が起きる。
妃は病にかかり、そして、子を宿したまま帰らぬ人となった。
王は悲しみに暮れ、嘆き、喚き、その慟哭は国中に響き渡るほどだったという。
それから時は過ぎ、王の心の傷も癒えつつあった時、王は思い出の地へと向かった。
それは妃に結婚を申し込んだ海。
青く広大な母なる海。
その海岸で、王は妃への別れを告げた……その時だった。
『妃と会いたいか』
その声は、王の耳にしかと聞こえた。
王は叫ぶ。
妃と会いたい。会わせてくれ。どんなものと引き換えでもいい。
すると声は、王に告げた。
『民と兵の全てを捧げよ。さすればその願い、叶えてやろう』
三日三晩悩み、王は決断をする。
民と兵の全てを、お前にくれてやる――と。
その瞬間、国中の全ての民、全ての兵は消え失せる。
そして王の目の前には、心から会いたかった妃の姿があった。
だが――。
『願いは叶えた。しかし、我も腹が空いた』
王と妃は再会を喜ぶ間もなく、現れた異形の神に食われてしまったのだった……――。
話を終えたオジサンは、グラスに残った酒を一気に飲み干した。
「……っていう話だ」
「なんていうか、救われない話ですね」
「まあな。結局はあれよ。過ぎた願いは身を亡ぼすっていう、まあ、教訓みたいなもんだな」
そして上機嫌となったオジサンは、こうも語る。
「実はな、その王が妃を蘇らせたっていう場所が、ちょうどこの海都って言われてるんだ」
「そうなんですか?」
「さあ、実際のところはわからん。あくまでもただの言い伝えだからな」
「…………」
待てよ――僕は考えた。
その王が願いの代償に差し出したのは民と兵。王が差し出した瞬間に、全て消え失せたと。
それはもしかして今の状況に通じるものがあるんじゃなかろうかと、僕は考えていた。
◆
「嘆きの王……」
「うん。今日酒場で聞いた」
オジサンに教わった話を皆に披露する。
「なるほど、この地に残る伝承か。確かにこれまでとは違う話ではある」
レフィリアは言う。
「いやいや、レフィリア様。伝承でしょ? ただの噂話、都市伝説でしょ? それがどうやって関係してくるんですか。やっぱりこいつ使えませんよ」
ダンゲは煽る。
「でも面白かった。他の話も集めたい」
アシュリーは欲す。
三人が三人、様々な反応を見せていた。
「でも話の内容としては、どこか通ずるものがあると思うんだよ。少なくとも僕は、明日から伝承の話を探してみようと思う」
「ふむ……では任せる」
「ちょ、ちょっと待ってくださいレフィリア様!」
ダンゲは立ち上がった。
「ただでさえ時間がかかりすぎてるのに、そんな脱線させてる場合ですか!? だいたいそんな話、デタラメに決まってます! ちょっとした事実にどんどん尾ひれが付いて、肥大化した結果でしょ! 一晩で国民や兵の全てが消えて、しかも異形の神だがが現れて死者を復活させるなどあり得ない話――!」
「――あり得るよ、ダンゲ」
ダンゲの話に割って入る。
「……え?」
「確かに突拍子もない話ではあるけど、あり得るんだよ」
「お前……」
「ユージーン?」
ちょっと流れに飲まれ過ぎたかもしれない。会話が止まってしまった。
話を戻すべく、レフィリアに顔を向ける。
「ところで、レフィリア達には何か進展はあった?」
「あ、ああ……これといったものはないのだが、一つ気がかりなことを耳にした」
「気がかり?」
「ユージーン、亜人ギルドというものを知っているか?」
「亜人ギルド? うん、それなら知ってる。亜人だけで構成されたギルドのことだよね?」
「そう。本来亜人とは、群れることをしない。中には通常のギルドに入ったり、アシュリーのように、人の社会に溶け込む者もいるが――まあ、それは例外と言えるだろう。それぞれが強力な能力を持ってるが故、基本的には単独行動を取るのだ。……だが、中には組織を形成する亜人達もいる。そしてその組織こそ、亜人ギルド」
「亜人ギルドについては、俺達騎士団でも危険視している。何せただでさえ圧倒的な戦闘力があるのに、それが集団で行動するんだ。戦闘記録こそないが、正直、衝突すれば騎士団でも無事では済まないだろうな」
ということは、それはギルド連合が相手でも同じ話なのだろう。
「アシュリーは、亜人ギルドについて何か知ってる?」
彼女は小さく首を横に振った。
「なぁんも。興味ない」
「そっか。……それで、レフィリア。その亜人ギルドがどうしたんだ?」
「これは確定情報ではない。あくまでも又聞きであり、実に不鮮明な話だが……」
そしてレフィリアは、声を低くさせた。
「……その話によると、数日前、亜人ギルドの一つが海都周辺で目撃されている。ギルドの名は『戦斧の覇道』。膂力の化身、オーク族のみで構成された、強大にして凶悪な亜人ギルドだ」
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