王の顕現⑤
レフィリアとダンゲが正門に到着した時に目に入ったもの……それは、恐怖が伝染しきった数多の住民の姿であった。
武器を持つ者は多い。
だが、持たされているだけの者が大多数である。
年老いた老人が細い手で斧を持ち、大柄の男は剣と盾を持って後方で身を丸める。
怯え、震え、迷う人々。
表情は絶望の色を濃くし、皆が周囲の様子を窺う。
誰かが逃げ出すなら一緒に……そう考えながら。
それも仕方ないのかもしれない。有事の際に街を守ってくれるはずの騎士が、一人もいないのだから。
もはやただの烏合の衆である。
正門を埋め尽くすほどの大所帯ながら、しかし誰一人として目に光を宿す者などいなかった。
レフィリアでなくても、彼らの様子を見れば一目瞭然だろう。
絶対に勝てない――と。
事実、住民の中には傭兵と思しき人の姿もあったが、彼らですらも消沈し、下を向く始末である。
「これは、もう……」
ダンゲは、思わずそんな言葉を口にした。
絶望的だった。
誰もが諦め、これから訪れるであろう悲劇に身を震わせる。
だがレフィリアは――レフィリアだけは激昂する。
「――諦めるなッ!!」
彼女の檄は、こだまとなって響き渡る。
住民の視線が一斉に集まる中、彼女は勇み先頭へと歩み出た。
「何を呆けている! 何を俯いている! お前達にそのような暇はないのだぞ!」
ざわつく民衆。
しかしレフィリアは遠慮することなく、叫ぶ。
「その手に持っている物はなんだ! ただの飾りか!? 違う! お前達が持っている物は武器だ! 武器を持つのなら、戦え!」
民の一人がおそるおそる反発した。
「で、でも! オークなんて無理だ! しかも集団で迫ってるんだろ!? 勝てるはずがない!」
「そ、そうだそうだ! 俺達は兵じゃないんだ!」
「お前は俺達に死ねって言ってんのかよ! ふざけんな!」
怒りは波状に広がり、死人のような顔をしていた人々は怒声を上げる。
幾重もの怒号を受けるているにも関わらず、レフィリアは一切臆することなく、凛とその場に立っていた。
「これより始まるのは戦だ! 死なない補償などどこにもない! 負ければ死ぬ! ただそれだけだ! だがお前達が敗れれば、お前達が逃げ去れば、避難をしている女子供はどうなる! 相手はオーク達だ! 死ぬよりも残酷に蹂躙されるだけだぞ!」
「そ、それは……」
「私だって怖い! 負ければどうなるかなど、わかりきっている! 怖くて怖くて、今でも身震いしている! だがここで逃げれば、私は必ず後悔する! もしかしたら守れたかもしれない人々を見殺しにしたと、必ず後悔する! それだけはしたくない! 絶対に! 断じてだ!」
彼女の声はよく通った。
いつしか、彼女に怒りをぶつける者はいなくなっていた。
全ての民が、全ての傭兵が、そしてダンゲが、レフィリアを見つめ、その声に耳を傾けていた。
「お前達にも愛する者がいるだろう! 愛する街があるだろう! それをこのまま奪われていいのか! お前達が大切なものを守らずして誰が守る! 誰が守ってくれる!」
そしてレフィリアは腰の剣を抜く。
太陽を反射する刃は、光となって民を貫いた。
「私は帝国騎士団騎士兵長、レフィリア・アームブリンガー! 今お前達はただの民ではない! 海都を守り抜く、誇り高き騎士だ!」
「…………!」
民衆は見惚れていた。
彼女の姿は、レフィリア・アームブリンガーの姿は、どこまでも神々しい。
先ほどまで深い沼に沈んでいた足は軽くなり、絶望に黒く染まっていた心は確かな熱を帯びていた。
「力のない者は弓を持て! 体格に優れたものは前に出ろ! オークは決して勝てぬ相手ではない! 傷を負えば死ぬ! ただそれだけのデカブツだ!」
彼女の指示に、民達は最後の準備を整える。誰からというわけでもなく、進んで自らの役割を買って出ていた。
その中で、いつの間にかダンゲはレフィリアの傍まで歩み寄っていた。
「……さすがはレフィリア様ですね。俺、一生付いて行きますよ」
「それは困るな。だが頼りにしている、ダンゲ・ラング」
「光栄であります! 騎士兵長殿!」
やがて、遠くの街道に土煙が見えてきた。
それはオークの大群であった。一体一体が見上げるほどの巨体。それがゆうに三十を超える数となり、今まさに、海都マリウルブスに迫る。
その光景に、住民たちは息を飲んだ。
しかしレフィリアは間髪入れず、彼らを鼓舞する。
「騎士達よ! 怒れ! 怒り狂え! 怒りは恐怖を和らげる! 臆する足を踏み出させる! 理不尽な蛮行に怒りの剣を取り、大切なものを守れ! これは死ぬための戦ではない! 生き残るための戦だ! この戦に勝利し、必ず生きて守り抜け! 大切なもののため、何としても生き残れ! 私達は――生きるんだ!!」
「お、おおおおお!!」
そしてレフィリアは剣を構え、足を踏み出す。
「先陣は私が切る! 騎士達よ――私に続けぇぇッ!!」
「おおおおおおおおお!!!」
海都の兵達は一斉に駆け出した。
先頭を走る『鋼鉄麗刃』の背中を追って。
武器をしかと握り、或いは弓を引き、迫る暴虐の巨人達に刃を向ける。
海都の正門前の街道は、今、戦場と化していた。
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