治療師は海都へと②
帝都を出発し、馬車を乗り継ぎ四日ほどかけて、僕達はようやく目的地へと到着した。
帝国西部に位置する海都マリウルブス。
帝国は広く、他にも海岸はある。だがこの都市は別格だろう。他国との貿易の拠点であり、水産物の宝庫でもある。
港は三日月形の岸壁に囲まれており、多少の風雨でも物ともしない。
潮風は気持ちよく、海鳥の鳴き声は遠い異国に来た感覚に浸らせてくれる。
それにしても遠かった。まさか四日もかかるとは。
これ車ならどれくらいで行けたのだろうか。
かつての世界の技術力の凄さを、改めて実感する。
「ここが、海都」
アシュリーは珍しくキラキラとした目で街を見渡す。
考えてみれば、アシュリーが僕の治療院で働き始めてからちゃんとした遠出をするのは初めてのことかもしれない。
「アシュリーは気になってるところとかある?」
「気になるところ? 気になるところ……」
するとアシュリーは、少しだけ頬を赤くした。
「……長と一夜を共にする、禁断の部屋」
「こんな悪い子にしたのは誰だ? 本屋か? 本屋が悪いのか?」
やはり行くことを禁止にしようと、改めて誓うのだった。
「冗談はこれまで。長、お腹空いた」
「そうだね。ここまで長旅だったからね。近くの食堂でご飯にしようか」
「わーい」
さっそくと言わんばかりに、荷物をガラガラ引きながら港近くの食堂へと向かう。
木造のレストランは、何とも趣深い。
歩いた時の床の軋みや、天井で回るシーリングファンの音が妙に心地よく感じる。ちなみに天井のファンなどの装置については、魔導機が使用されている。平たく言えば魔力で動く電化製品であり、月に一度、専門の魔導士が魔力を補充しているとか何とか。
先ほどは元の世界の技術を語ったが、こちらの世界にはこちらの世界なりの技術もあったりする。
もっとも、魔動機の魔導効率はそこまでよくなく、自動車なんかが作られるのはもっと先の未来になりそうではある。
話は逸れたが、頼んだ料理は相当な美味だった。
魚介類がふんだんに使われていて、港町ならではの新鮮な食材は僕とアシュリーを唸らせるに十分過ぎた。
「長、私、もう死んでもいい」
アシュリーは食後のデザートまで食べながら声を漏らした。
「こらこら。縁起でもないこと言わない」
「しかし長、これ以上の賛否の言葉、知らない」
「余計な知識付ける前にそういう文学的な知識をつけなさい」
食事も終えたところで、本題に入るとする。
「さて、僕達はフィリップ・ヘンリクソンって人を探さないといけないんだけど……どうしようかな」
「依頼してきたお客さん、帝国の役人。だったら、この街の役人に聞けばわかるかも」
「確かにそれなら早いだろうね。ただ生憎ながら、僕にそんなコネはない」
「役人へのコネがないなら、役人をこねくり回せば」
「全然上手くないからね。探すどころじゃなくなるっつーの」
もはやアシュリーの思考回路は修正不可能なのかもしれん。
「正攻法でいくなら、この街について詳しい人に話を聞くのが一番なんだけどな」
「街に詳しい人、と言えば、役人」
「まあ、そうなるよね」
「長、それならやっぱり、役人をこねくり――」
「アシュリー、ちょっと黙ってなさい」
本当に意味を分かって言ってるのか怪しいところではある。
その後も、ああでもないこうでもないと色々議論した結果、結局のところ、僕ら二人では埒が明かないという結論に至った。
店を出て、街に出る。
色々行き詰まった時は、外を歩くのに限る。
思考がクリアになり、思いもよらない策が見つかったりもする。
「……って、そうそう上手くいくなら苦労はないよね」
「長、世の中、そんなに甘くない」
そんなことを言っていた矢先の出来事だった。
街の角を曲がったところで、僕らはバッタリと遭遇する。
「…………あ」
僕と彼女は、同時に声を漏らした。
「え? リアさん?」
「ユ、ユージーン……さん……?」
リアさんは、なぜか海都にいた。
しかも私服であり、あれほど肌身離さず携帯していた剣すらもない。そして一番驚いたのは、若い男性と二人だったことだ。
「え、ええと……」
「あ、あの……! こ、これは……その……!」
彼女は激しく動揺していた。
この前治療院では仕事と言っていたが、今の様子はどう見てもプライベート。どうやら、そういうことなのだろう。
しかし参った。
どうも見てはいけないものを見ている気がする。何やら気まずいというか、どことなく申し訳ない気持ちに包まれてくる。
「リアさんの行き先って、海都だったんですね」
「は、はい! その、ユージーンさんも、ここだったん……ですね……」
「ええ、まあ。しかし、ホントに奇遇ですね」
正直、ここまで来ると奇遇を通り越して誰かの意図すら感じる。
そしてさっきから気になっているが、リアさんの隣にいる彼が、僕のことをすっごい睨んでいた。鬼の形相と言ってもいいくらいに。
さすがに彼に一切触れないのも不自然だろう。
「ええと、リアさん。それで、そちらの人は……」
「えっ!? い、いや、こいつは……!」
すると彼は、リアさんを押しのけてズイッと前に出る。
「俺の名前は、ダンゲ・ラング。貴様は?」
「僕ですか? ユージーン・セトです」
「ユージーン? 聞かない名だな。何者だ」
超高圧的なのだが、どうにも嫌われたようだ。
「帝都で治療院をしている治療師です。リアさんはよくお客さんとして来てくれてて、それで面識が――」
「さっきからリアさんリアさんと! 何様のつもりだ! 貴様ッ!」
海都の街に彼の怒号が響き渡る。
だが、なぜここまで怒ってるのかがわからない。
「え、ええと……」
「たかだか治療師の分際でレフィリア様をそのような渾名で呼ぶとは! 馴れ馴れしいにも程があるぞ! この無礼者めが!」
「え? レフィリア……様?」
誰のことだろうか。
もしや、リアという名前は偽名?
「おいダンゲ! お前何を――!」
リアさんが止めようとするが、ダンゲなる彼の怒りは止まることなく吐き出される。
「さては貴様! レフィリア様が懇意にしてくださるからと、身分不相応のことを考えているな!? ならば諦めることだ! 何を隠そう、今、俺とレフィリア様は――!」
「ダンゲ! ま、待て!」
「――新婚旅行中なのだぁ!!」
「――――ッ!!!」
「新婚?」
「旅行?」
口を開けて固まるリアさん。
ポカーンとする僕とアシュリー。
「ふん。そういうことだ。叶わぬ願望など、とっとと捨てることだな」
ダンゲはとにかく勝ち誇る。
しかしながら、まさか結婚していたとは驚きだ。
「え、ええと……リアさん? とりあえず、おめでとうございます」
「お客さん、意外な男の趣味で驚いた。おめでとう」
「ち、違うんです! 違うんですよユージーンさん! こ、これには訳が……!」
「フハハハ! 残念だったな治療師! お前がどれほどレフィリア様を想おうとも、俺とレフィリア様は既に夜を共にしていて――!」
「お前ぇ……いい加減にしろッ!!!」
リアさんは突然虚空から剣を取り出し、鞘のままダンゲをフルスイングで殴り付ける。
血を吹き出し吹き飛ぶダンゲ。
鬼神の如き怒りを見せるリアさん。
何がなんだかわからず呆然とする僕とアシュリー。
壁に大穴を空け、瓦礫に埋もれるダンゲに、リアさんは殺気をすこぶる込めて告げる。
「ダンゲ・ラング……貴様は、もう黙れ。一言たりとも喋るな。次に言葉を発すれば、今度は鞘を抜く。いいな」
「りょ、了解……」
「貴様、今言葉を発したな……。もはや、斬る」
鞘を抜き始めるリアさん。
未だ意味不明であるものの、さすがにこのパワハラは見過ごせないと、何とか彼女をなだめる僕とアシュリーであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます