治療師は海都へと③





 ボロ雑巾のように地に伏せて動かなくなったダンゲを宿屋に放り込み、僕とアシュリー、そしてリアさん改めレフィリアさんは、別の宿屋へと向かった。

 レフィリアさんは器用にも防音の結界魔法を張り、秘匿性を高める。

 そしてようやく、レフィリアさんはことの詳細を話してくれたのである。


「……という状況でして」


「なるほど。じゃあ新婚旅行っていうのはカモフラージュだったと?」


「も、もちろんです! 信じてください!」


「いや、全然疑っていませんから。もちろん信じますよ」

 

「あ、ありがとうございます!」


 もし仮にカモフラージュという話が嘘だと言うのなら、ダンゲがあまりにも不憫過ぎるだろう。

 治療こそしたが、そこそこにエグいくらい重傷だったわけだし。

 っていうか、レフィリアさんの話では彼も任務中だったはずだが……任務は大丈夫なのだろうか……。


「ともあれ、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。今後二度と、あのような無礼がないよう私からしっかりと言って聞かせますので……」


「いえいえ。彼も彼なりに頑張っていただけですので、気にしないでください」


 するとアシュリーはレフィリアさんに尋ねた。


「リア。本当の名前は、レフィリア。帝国騎士団のレフィリアと言えば、レフィリア・アームブリンガー。騎士兵長の『鋼鉄麗刃』で間違いない?」


「ええ、まあ……」


 レフィリアさんは、どこか言いにくそうに認める。 


「騎士団の『鋼鉄麗刃』なら、僕も聞いたことがあるなぁ。なんでも、凄い障壁魔法の使い手だとか」


「長、凄いのは障壁魔法だけじゃない。その剣技は最上位。挙げた武勲は数知れず。騎士団長から、さらには皇帝からの信頼も厚いとされる、文武両道の騎士の中の騎士。加えてその美貌から、『鋼鉄麗刃』と言われるようになった」


「……アシュリー、もしかしてそれも?」


「うん。本屋の店長の話をそのまま言ってる」


(そういう知識だけだったら本屋に行くのも全然賛成するのに……)


「とにかく、帝国でレフィリア・アームブリンガーを知らない人はいない。いるとすれば、よっぽど他のことに興味のないような、変わり者だけ」


「…………」


 これは、僕のことを言っているのだろうか。

 聞き流しとこ。


「それにしても、やっぱりレフィリアさんって凄い人だったんですね」


「…………」


 しかし、レフィリアさんの表情は暗かった。


「そ、その……差し出がましいお願いなのですが……」


「はい?」


 レフィリアさんは、おそるおそる僕の顔を見た。


「できれば、今日のことは忘れて欲しいです。そしてこれからも、リアとして接してくれませんか?」


「え? いや、それは無理ですよ」


「え……」


「だって僕はもう、リアさんがレフィリアさんってことを知ってしまったので……」


「……ははは。そう、ですよね……」


 レフィリアさんは、乾いた笑いを口から漏らしていた。

 

「……長」


 ふと、アシュリーが背後に立っていることに気付いた。


「アシュリー?」


「長……アホ」


 ズビシッ! と、アシュリーの手刀が脳天を直撃した。


「痛っ!? 何するんだよアシュリー!」


「長は、いつも肝心なところで言葉が足りない。今のは長が悪い。だから、罰を下した」


「罰?」


「…………」


 レフィリアさんは、きょとんとしてアシュリーを見る。


「アホな長のため、説明をしてやる。レフィリアは、長の態度がこれまでと変わることを嫌がっている。さっきの話は、リアとして通っていた時と同じように接して欲しいと、そういう話。だから長の言葉だけでは、それを拒否しただけになってしまう。訂正が必要」


「な、なるほど……それは確かに、僕が悪かった」


 改めて、レフィリアさんの方を向いて頭を下げた。


「レフィリアさん、すみませんでした。ちょっと考えたらわかることでしたのに……」


「い、いえ……。私は、そんな……」


「レフィリア。長のため補足しておく。長には、これまでと態度を変えるつもりはない。リアだろうがレフィリアだろうが、長は、どっちでも気にしないと……そういう意味だった。長はこうやって言葉が足りない時がある。長、アホ」


「面目ない……」


「じゃあ、これからも治療院に……!」


「はい。いつでもお待ちしてますよ、レフィリアさん」


「あ、ありがとうございます!」


 満面の笑みを浮かべるレフィリアさん。

 危うくこの表情を曇らせてしまうところだった。


「あー、それとレフィリアさん」


「はい? なんでしょう?」


「その……せっかく僕らも打ち解けてきたので、敬語、やめませんか?」


「え? で、ですが……」


「もちろんレフィリアさんはお客さんですが、それとは別に、せっかくここまで仲良くなったのなら友達として接したいので……ダメですか?」


「い、いえ……ユージーンさんが、いいのなら……」


「…………」


 アシュリーは何かを考え込んでいた。


「アシュリー? どうかした?」


「……長」


 神妙な顔つきで、アシュリーは視線を鋭くさせる。


「友人の、ユージーンということ?」


「はい、キミの発言権を没収します」


「――――ッ!!」


 気を取り直して。


「じゃあレフィリアさん……じゃなかった。レフィリア、改めてよろしく」


「…………ッ」


 レフィリアは顔を下に向け、呼吸を整えていた。

 そして、ようやくその顔を上げる。


「……よろしく頼む。ユ、ユユ……ユー、ジーン……」


「レフィリア、なんか、堅い」


「し、仕方ないだろ! これが私の素なんだ!」


「そうではなくて……」


「わかってる! わかってるけど……今は、ほっといてくれ!」


「やれやれ。レフィリア、まだまだ未熟」


 お前はどこの立ち位置だと声を大にして言いたい。

 でも、レフィリアとアシュリーも仲良くできそうで安心する。

 しかし今日は本当にアシュリーには助られた。これはしばらく、例の本屋へ通うことも黙認しておこう。


「長、長」


 ちょいちょい、と。

 アシュリーは小声で僕の裾を引っ張って来た。


「どうした?」


「感謝して。レフィリアルート、開発完了した」


「うん、やっぱり本屋は禁止ね」


「――――ッ!!!」


 ともあれ、話はようやく本題へと入る。

 とりあえず僕の仕事は詰まっている状態。そして、目の前には帝国騎士団の騎士兵長たるレフィリアがいる。

 彼女に迷惑をかけることは本意ではないが、知っているかどうかを聞くくらいならいいだろう。


「レフィリア、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「え!? な、なんでしょう……じゃない! なんだ!? ユ、ユージーン!?」


 レフィリアのぎこちなさ、未だ解消せず。


「ええと……僕らは仕事で、とある人を探しているんだけどさ、ちょっと行き詰ってて。言えないのなら無理して言わなくていいけど、知ってるなら教えてくれないかなぁって」


「ふむ……」


 レフィリアは一度思案する。


「……相手によるが、私で答えられることは答えよう」


「うん、それでいい。助かるよ、レフィリア」


「…………ッ」


 レフィリア、再び僕から顔を逸らす。


「そ、それで、誰を探しているんだ?」


「ええと、フィリップ・ヘンリクソンって人なんだけど」


「……なに?」


 その名前を聞いた瞬間、彼女の表情は険しくなった。

 僕とアシュリーはアイコンタクトで彼女の変化を確認して、改めて聞く。


「やっぱり、答えられないような人? それなら無理には聞かないけど……」


「いや、そういうわけではないが……」


 再び、深く思案するレフィリア。


「……ユージーン。探している人物というのは、フィリップ・ヘンリクソンという名前で間違いはないのか?」


「うん、間違いない」


「そうか……。ならば、答えられないことはない。だが答えたとしても、おそらく、ユージーン達が期待するような話ではないはずだ。それでもいいか?」


「それでいい。レフィリア、教えて」


 アシュリーの言葉に、レフィリアは深く頷いた。


「フィリップ・ヘンリクソンという名前であれば、心当たりがある。この海都マリウルブスに駐屯している帝国騎士団支部大隊……フィリップ・ヘンリクソンこそ、その支部団長


「帝国騎士団の支部団長……でも、過去形ってことは……」


「ああ、そうだ。私も記録でしか見ていないが、フィリップ支部団長なら、既に死んでいる。二年前にな」

 



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