鋼鉄の憂鬱②
「騎士団長! やはり納得できません!」
「レフィリア。言いたいことはわかるが、そこは納得してくれ」
帝国騎士団本部の団長室で、レフィリアは騎士団長たるユーベストに直談判していた。
だが、ユーベストは朗らかな笑顔を浮かべて拒絶する。
「私も、キミには悪いとは思っているんだよ。だがこれも任務だ。謹んで受けてくれ」
「しかし……しかしなぜ私が、海都マリウルブスに行かねばならないのです!」
「任務だ、任務」
そしてユーベストは立ち上がり、窓の外を見る。
「……ここからの話は機密事項だ。二週間前、海都に潜伏中の斥候部隊が消息を絶った」
「斥候部隊?」
「ああ。とある筋からの情報があってな。海都において、不穏分子が動きを見せているそうだ。彼らは何らかの計画を立て、実行しようとしている。その詳細を掴むために秘密裏に斥候部隊を組織し送ったのだが……」
「……その部隊が、消息不明」
ユーベストはゆっくりと頷く。
「きな臭いとは思わないか? 無論こちらとしても、このまま放置するわけにもいかない。部隊員の安否も気になるしな。しかし、斥候とは言えそこそこ腕の立つ者を集めてはいた。にも関わらずこの有様だ。ともすれば、こちらもある程度のカードを切るしかあるまい。そこで、キミだ」
「し、しかし……」
「これは帝国を揺るがす事態に繋がるかもしれない重要な任務だ。生半可な実力の者を送るわけにもいかない。帝国は信頼しているのだよ、キミを……レフィリア・アームブリンガーをな」
「……そ、それはいいのです! 私が言いたいのは……!」
そしてレフィリアは、指令書を机に叩きつけた。
「ここに書いてある内容です! なんですか『新婚夫婦を装い潜入』って!」
「仕方なかろう。キミほどの女性が一人で海都をうろついていれば、下手に注目が集まってしまう。だが相手がいればある程度は溶け込むことも可能だ。幸い、海都は新婚旅行地としては人気だからな」
「そ、そういう話じゃありません! なぜ私が見ず知らずの男と夫婦役などに……!」
「これも任務だ。……ああ、なんならその相手と本当に結婚してもいいんだぞ? それなら毎日のように届くお見合いの話もいちいち断らなくて済むようになるし、一石二鳥だろう」
「断固お断りします!!」
「では、冗談もここまでとしよう。出発は予定通り明日の朝とする。準備のために、今日はもう切り上げてくれ。ペアとなる者にはこちらから連絡しておく」
「ああもう! わかりました!」
取り付く島もないと見切りをつけたレフィリアは、怒り心頭のまま部屋を出ていく。
彼女が荒々しく締めたドアを見ながら、ユーベストは「やれやれ」と息をついた。
「すっかり怒らせてしまったな。相手役の者も災難だろう」
しかし、すぐに彼の表情は厳しくなる。
(不穏分子とは聞いたものの、その正体までは掴めていないと言っていたな。……いや、意図的に話を隠蔽している可能性もある。アングリッド執政官……奴は油断できない)
「……ともかく、今はレフィリアとその相手に期待するしかない、か」
そう呟いたユーベストは、街の景色を眺める。
時刻は黄昏時。空はオレンジ色に染まり、夕陽を受けた街並みは、美しく黄金のように輝く。
(頼むぞ、レフィリア。災厄がこの帝都に届く前に、キミの剣で断ち切ってくれよ)
◆
「……はぁ~。なぜ私が、こんな任務を……」
街を歩くレフィリアの足取りは重かった。
甲冑を脱ぎ、私服に着替え、買い出しに出かけるレフィリア。腰に剣を携えて。
二人一組の任務であれば彼女にも経験がある。だが、今回の場合は状況が全く違う。準備と言っても何をすればいいのか、彼女には皆目見当もつかなかった。
疲労が彼女の体に圧し掛かる。主に精神的ではあるが。
そのせいなのか、彼女はほぼ無意識に、とある場所へと足を運んでいた。
レフィリア・アームブリンガーは決して多趣味ではない。仕事中は鍛錬と任務。仕事が終わっても自己修練に励み、趣味と言えばせいぜい読書ぐらいのものである。趣向品にも興味はなく、酒など飲んだことすらなかった。
そんな彼女だったが、ここ最近、しきりに通っている場所があった。
そして彼女はようやく気付いた。
「……あ、この道は……」
自然と、その場所へ向かっていることに。
(……でも最近閉まってるしな。もしや、閉業する……とか? だとしたら……嫌だな……)
ただでさえナーバスな思考が、更に深く沈んでいく。
しかしそんな彼女の視界は、突如としてクリアとなった。
「…………あぁ」
灯りだった。
ここ最近閉まっていたその店には、煌々と照明が灯っていた。
「あ、開いてる!」
彼女の足は軽くなり、いそいそと小走りをする。
そして店の扉に手をかけたところで、彼女は一度深呼吸をした。
(……よし)
ゆっくりと、ドアを開ける。
すると中から、声が聞こえてきた。
「どうかされ……って、ああ、あなただったんですね」
ユージーンは、笑顔でレフィリアを出迎える。
「こ、こんばん、わ……」
「こんばんわ。ええと、いつものでいいですか?」
「は、はい!」
「わかりました。では、中へどうぞ」
「し、失礼します……」
そして彼女はいそいそとその場所へ――セト治療院の中へと入っていく。
彼女の頬が赤く染まっているのは、照明のせいだけではないようだ。
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