【鋼鉄は赤く染まり】
鋼鉄の憂鬱①
彼女は機嫌が悪かった。
「お前! なんだその打ち込みは! もっと鋭く振らないか!」
「す、すみません!」
「そこも! 訓練は遊びではないのだぞ! ヘラヘラするな!」
「も、申し訳ございません!」
そこは帝国が誇る帝国騎士団の詰所。その訓練エリアでは、今日もまた厳しい訓練が繰り広げられていた。
その中で、甲冑姿で剣を立て、鋭い目つきで部隊訓練を見つめる彼女。
レフィリア・アームブリンガー。
帝国騎士団において、騎士兵長の役に就いている女性である。
その髪は金色に輝き、しなやかながらも逞しい肉体。そしてその顔は、見る者全てが虜になるほどに美しい。
しかしながら、決して可憐なだけではない。
凛々しい切れ長の目から放たれる眼光は鋭く、彼女が纏うオーラにも威圧感がある。甲冑に身を包んでいるが決して着せられている感はなく、むしろその重装備こそ自然体に見えていた。
「よし、今日最後の訓練だ! 私との模擬戦を行う! 一人ずつかかって来い!」
「ひ、ひぇ~!」
数時間後、兵舎にはレフィリアに叩きのめされた隊員たちの呻き声が響くのであった。
◆
訓練後、騎士団の隊員たちは食事を取り、兵舎の陰で談笑をしていた。
その中での話題は、何を隠そうレフィリア騎士兵長のことであった。
「……なあ、最近のレフィリア様って、なんか機嫌が悪くないか?」
「ああ、俺も思った。何かあったんじゃないか?」
「あー、あれだよあれ。ちょっと前に騎士団長から特別任務を命じられたらしいよ。たぶんそれが原因じゃないかな」
「え? 本当か? 特別任務ってことは、レフィリア様がしばらくいなくなるのか……。嬉しいような、悲しいような……」
「バカ言え。討伐任務の時は痛手過ぎるだろうが。剣技は帝国トップクラス。魔法まで使えて、中でも得意とする障壁魔法は全てを防ぐ鉄壁の盾。『鋼鉄麗人』の異名は伊達じゃねえよ」
そんな話をしていると、ふと、彼らの耳に話し声が聞こえてきた。
「……それで、用件はなんだ?」
「つれないなぁ……ちょっと話をしようぜ?」
騎士達は色めき立つ。
なぜならその声は男女のものであり、その女性というのが、レフィリアの声だったからである。
騎士達は一斉に顔を見合わせ、阿吽の呼吸で一度頷く。
彼らは気配を消し、足音を消し、ゆっくりと声の方まで移動した。
声がしたのは、兵舎の裏。通常誰も立ち入らないところである。そしてこっそりと覗き込めば……やはりいた。レフィリアだった。
彼女は男性と話をしていた。
「もう一度だけ聞いておく。用件はなんだ?」
「せっかちな女だ。まあいい……」
レフィリアは相手を睨みつけるが、男は一切臆することはない。
そんな二人の様子を物陰から覗きながら、騎士達は気付かれないように小声で耳打ちをする。
「あれは……」
「帝国貴族、ローグ・レビヴァノン様ですね。お父様は政務官を務めていて、少なからず騎士団にも影響力を持つ人ですよ」
「ただ、ローグ様と言えば絵に描いたようなドラ息子って言われてるな。顔はムカつくくらいイケメンなんだけど、偉そうで、しかも女好きってのでも有名だな」
「そんな人がレフィリア様を呼び出したとなると、もしかしたら……」
ただならぬ二人の様子を、騎士達は食い入るように見つめる。
皆の視線を集める中で、ローグはニヤつきながら言う。
「レフィリア・アームブリンガー。俺の愛人になれ」
「…………」
ローグの提案に、レフィリアは眉をピクリと動かす。
「悪い話じゃないはずだ。俺の親父は帝国の政務官。俺との関係を持つことで、騎士団の権力は更に強固になるだろう。……ただ、まあもしもの話だが、もしもお前がこの話を断るとなると……」
「……断ると……どうなると?」
「俺の口からは言えないなぁ。ただ少なくとも、騎士団が
「…………」
「くくく……。まずは今晩、俺の部屋に来てもらおうか、レフィリア・アームブリンガー。たっぷりと親睦を深めてやるよ、俺様直々にな」
険悪な雰囲気に、覗いていた騎士達も戦慄する。
「こ、これ……聞いちゃまずいやつじゃ……」
「でも、あれはねえよ! あんなのただの脅迫じゃねえか!」
「しぃッ! 声が大きいって!」
「レフィリア様、どうするんだろう……」
皆が固唾を飲む中、意外にも、レフィリアはふっと笑みを浮かべた。
「なるほどな……。聞いた通りの男のようだ、貴様は」
「そういう話はいいから、さっさと答えを――」
「――貴様、阿呆だな」
レフィリアは一蹴した。
「…………は?」
「騎士団が仕事をしにくくなる? 笑わせる。仮にそうなった場合、帝都の警備はどうするつもりだ? 帝国内での魔物の討伐は? その他の任務は誰がする?」
「そ、そんなもの! 一般兵にやらせれば……」
「我らの任務を? 全て? ハハハハハハ!」
レフィリアは高らかに笑う。
「な、なにがおかしい!」
「だから貴様は阿呆だと言うのだ。騎士団とは、ただの兵団ではない。一人一人が並の兵とは比較にならぬ程に強く、洗練されている。そんな我らがこなす任務を、一般兵が対応できるはずがないであろう。試しに貴様が命じてみるといい。そのような妄言、いったい何人が聞くだろうな……」
「お、俺の親父は政務官だぞ! 俺にそんなことを言ってただで済むと思って――!」
「ただで済まないのは貴様の方だ。我ら帝国騎士団は、皇帝陛下からの拝命を受けているのだぞ? 政務官ごときに何ができる」
「ぐっ……!」
「しかし、久々に笑わせてもらった。礼代わりに、私も貴様の流儀に則り虎の威を借りるとしよう。……貴様は知らないかもしれないが、騎士団長ユーベスト・ハーベスアザムは、皇帝陛下とは旧知の仲だ」
「なッ……!?」
さすがのローグにも動揺が走る。
「今回の件、しかと騎士団長へ報告させてもらう。貴様ご自慢の父上も終わりだ。クズの息子を持つというのも、なかなか哀れなものだな」
「そ、そんな……」
膝から崩れ落ちるローグ。
そんな彼に、レフィリアは、不気味な程に微笑みかけた。
「……なに、私も鬼ではない。この場で遺恨を断つのであれば、今日の話はなかったことにしてやろう」
「ほ、本当か!?」
「ああ。私は、嘘が嫌いなのでな……」
そしてレフィリアは、ゆっくりと腰の剣を引き抜いた。
「え、ええと……どうして剣を……?」
「言ったはずだが? 遺恨を断つ、と……。安心しろ。苦しむことなく、一刀の元、冥府へと送ってやる」
「えッ!? ちょ、ちょっと待って!」
「待つものか! 痴れ者め!」
「ヒィィィ!!」
涙目のローグと、剣を思い切り振りかぶるレフィリア。
その光景に、騎士団の面々は思わず物陰から飛び出すのだった。
「レ、レフィリア様! 落ち着いてください!」
「さすがにやり過ぎですって! レフィリア様!」
男複数名でしがみ付き、彼女を抑えようとする騎士団。
しかしレフィリアの勢いは止まらない。
「放せ貴様ら! 放さぬか! このようなクズ、生かしておく道理などない!」
「私怨で貴族を斬ったとなれば、レフィリア様が処罰されてしまいますよ!」
「処罰など喜んで受けてやる! この阿呆は騎士団を愚弄したのだぞ! 万死に値する!」
「ぜ、全然止まんねえ! おい! 他の団員も呼んで来い! 急げ!」
「わ、わかった!」
「ええい! 放せと言っている! この私自ら、粛清してやるッ!!」
猛るレフィリア。慄くローグ。止める騎士団。
騒ぎは人を呼び、話を拡大させる。
噂に次ぐ噂。飛び交う事実と予想と脚色。独り歩きを始めた烈伝は、止まり方など知らないのである。
こうして、今回の件は帝国を巻き込む大騒動へと発展したのであった。
レフィリアには同情的な意見が集まることになったが、それに留まらず、彼女に迂闊に関係を求めれば命すらも危うい……という誤解まで広がることとなる。
そしてレフィリアの『鋼鉄麗人』という異名は、いつしか『鋼鉄麗刃』と変化した始末である。
……ちなみに、騒動を起こした張本人であるローグ・レビヴァノン。彼の名前は、後日レビヴァノン家の相続図からひっそりと削除されていた。
僻地送りになったとも、平民に落とされ荒野に放り出されたとも言われているが、彼がその後どうなったのか、知る者などいなかったのだった。
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