『音鳴り』
「それで……どうしようかな」
改めて金剛百足を見上げる。
百足はウネウネと不規則に動き回りながらも、その巨大な二つの眼でしかと僕を見ていた。
荒事も久しぶりだ。
ギルドにいた頃には戦闘なんて日常茶飯事だったが、今ではほとんどない。
(と言っても、やることは前とは変わらないし……)
正しくは、変わらないというのも違う。
僕にはそれしかできない。
魔力を充填させ、右手に集める。先程とは違い、魔力は蒼い光を宿らせる。
後ろで剣を構える重剣士は手を震わせながらジッと魔力を見ていた。
「……魔法を使わない俺でもわかる。なんだよ、あの魔力量……あれじゃ、まるで――」
「――まるで、化物」
ヴェロニカの言葉に、重剣士は我に返る。
「懐かしいわね。私もユージーンの
「ヴェロニカ様、ユージーンさんは、何を……」
「いいから見てなさい。……始まるわ」
右手に更なる魔力を集める。
キィィィン――……。
さっきと同じように、甲高い音が響き渡る。そしてその音に呼応するように、魔力は徐々に形を成す。先端を伸ばし、尖らせ、薄く、薄く、薄く……。
やがてそこに、一本の剣が生み出された。
「あ、あれは……」
「途方もない魔力で形成させた剣よ」
「魔力だけで剣を!? そ、そんなこと可能なんですか!?」
「無理ね、普通なら。魔力は本来、体内から出れば空気に発散される。それをさせず、あまつさえ直接物質へと変質させる……。彼だけが生み出すことが出来て、彼にしか使えない、この世界において唯一無二の魔力の刃……。言うなれば、魔剣ね」
「魔剣……」
その剣は、美しかった。
全体が蒼い光を帯び、刀身から柄までガラスのように煌めく。何より特徴的なのは、その刃の薄さ。向こう側が透けて見える程に、ただただ薄く、ただただ儚く見える。
(これを出すのも久しぶりか……上手くできてよかった)
手に馴染む。
剣を持っているのかもわからないほどに。
感触を確かめるように一度剣を振る。
ヒィィィン――――。
魔力を集めた時よりも、洗練された音が響いた。
「ギシャアアアア!!」
その音を聞いた瞬間、アマダフェルムは雄叫びを上げた。そして勢いよく体を動かし始め、猛烈な勢いで突進を仕掛けてきた。
(さて……)
トン、トン、トーン――と。
その場で小さなステップを踏む。
蝶のように、とは到底言えないが、的にはなれたようだ。急接近するアダムフェルムは大口を開け、今まさに呑み込もうとする。
――刹那、1ステップで体を回転させながら真横に躱した。
そして回転をそのまま剣に乗せ、横一太刀を放つ。
ヒィィィン――……。
音が鳴る。
切断音も最小限に、アダムフェルムの頭部は二つに分かれた。
斬撃の勢いは止まらず、竹が真っ二つに割れるように、巨体な鋼の百足を頭から胴体の中央近くまで切断する。
そして轟音は思い出したかのように響き、巨体が地面を滑る。土煙を巻き起こし、木々を薙ぎ倒しながら止まると、金剛百足は痙攣を起こすのみとなった。
「何が……起きたんだ……?」
重剣士の声は震えていた。
「斬ったのよ。魔物を」
ヴェロニカは冷静に答える。
「斬った……? 斬ったって言うのか!? あんな巨大な魔物を一太刀で!? それに、アダムフェルムの硬さなんて討伐したことのない俺ですら知っている! 物理無効とまで言われている皮膚なんだ! それを……斬ったなんて……!」
「それが、ユージーンなのよ」
「…………ッ」
「とんだデタラメでしょ? 本当に頭に来るわ。彼を見ていたら、この世界の常識なんて脆いものよ。知っている? 彼、あれほどの魔力量がありながら魔法が使えないのよ?」
「え?」
「彼の魔力は特殊で、体から離れてくれないのよ。普通魔力というものは、一度放出されれば体から離れようとするもの。それを制御し、性質を変えて、或いは武具に付与して使う。それこそが、魔法。でも彼の場合、魔力が体から離れようとしないの。どれほど魔力を引き出そうとも、ずっと体に纏わり付くのよ。だからこそ、体から離れる性質を前提としている魔法が使えない。でもそんな風変わりな性質のおかげで彼は魔剣を作れるし、治療術も桁違いに高性能なの。超高純度の魔力を治癒能力に変えて直接患者に注ぐのだから、当然と言えば当然よね」
「……ユージーンさんとは、いったい……」
「…………」
ヴェロニカは一呼吸置く。
「ギルドにいた頃、彼には二つの異名が付いた。『蒼の魔剣』、『奇跡の治癒者』……。彼の魔剣や治療術から取られた異名ね。どちらも合っているけど、どちらも不完全。奇跡的な治癒術と全てを切り裂く魔剣を同時に表現する異名なんて、誰も思いつかなかったわ」
「俺も、その二つなら聞いたことあります……」
「そんな中、治癒術でも魔剣でも、唯一共通することがあった。それは、音。さっきも聞いたでしょ? 彼が魔力を引き出した時の、キィンっていう音。高出力の魔力が錬成された時に起こる、空間の振動が原因らしいけど……実際はどうかわからない。いずれにしても、彼の魔力には常に音が響いていた。やがて彼は、こう呼ばれるようになったの……――『音鳴り』、と」
「『音鳴り』……」
「もちろん魔法が使えないから遠距離主体の相手には後手に回るし、複数体が相手だとどうしても劣勢になったりする。それでも……」
ヴェロニカは、語尾を強めた。
「……それでも、単体相手の単純な力勝負なら……たぶんユージーンは、最強よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます