ミレペダの洞窟⑤





 ヴェロニカの活躍のおかげ……と呼ぶには些か納得できないところもあるが、いずれにしても、ジャック達を見つけることができた。

 ……しかし、彼らを引き上げた僕らは、とても笑顔にはなれなかった。笑えるはずもなかった。


「……これって……」


 メンバーの一人が口元を押さえながら呟く。

 死んではいなかった。だが、死んではいないだけでもあった。

 まずはジャック。

 体中が傷だらけであり、所持していた武器は根本から折れ、右足もあり得ない角度で曲がっている。酷いケガだ。

 だが、それでもまだマシな方だろう。

 彼女……ステインに比べれば……。


「……ユージーン」


「わかってる。任せて」


 両手に濃蜜な魔力を宿らせ、治療を開始する。

 ステインは……生きているのが不思議な程に壊れていた。

 右目は潰され、右腕は肘の部分から断裂。両足ともに骨が粉々となっていて、左足の先端は腐り始めている。腹部にも酷い傷を負い、内臓の一部がはみ出していた。

 普通なら、とっくに死んでいるはずの重傷。しかし傷の周囲に、回復を施した痕跡もあった。

 おそらくだが、ジャックが彼女を匿い、持ちうる全ての回復薬を彼女に与えたことで辛うじて命を繋いだのだろう。


(ジャック。キミの意志は確かに受け取った……)


 ここからは、僕の仕事だ。

 体の内側、魂の奥底から魔力を引き出す。それを両手に集めると、魔力は熱を帯び、光を帯びた。

 キィィィン――と。

 甲高い機械音のような音が周囲に響き渡る。


「す、すげえ魔力量……」


 メンバーの一人が呟く。

 以前ケンジさんも言っていたが、僕の魔力量は、他の人よりも格段に多いらしい。だが、そのせいなのか、通常ではありえない制限もあったりするのだが。

 ともかく、意識を集中させ、両手の光を碧色へと変える。その光をゆっくりと、慎重に、光をステインの負傷部分へと当てた。

 右腕、両足、腹部、そして眼球……。

 目を背けたくなる傷は少しずつ癒え、軟体動物のような両足も人のそれへと戻っていく。


「こんな速度の治療、見たことがありません……」


 メンバーの支援魔術師は息を飲む。


「そう言われると照れくさいな。でも実際のところ、相当無理な治療しているんだよ。今回はこんな状況だから急ピッチでやっているけど、急激な治療を続けるとステインの体力が持たない」


(それに……)


 治療をしながら、ステインの左足に視線を送った。


「ユージーン、これは……」


 ヴェロニカも気付いたようだ。

 左足の先端の腐食だけはどうにもならなかった。治療の光を当てても、腐食が治る気配がない。


「うん。たぶん金剛百足の毒なんだろうね。どのみちここで治療の続きをするのも限界がある。まずは彼女を近くの街に連れて行こう。そこにある治療院を借りれば、もっとちゃんとした治療を――」


 その時だった。

 突然大地が激しく揺れ始める。


「な、なんだぁ!?」


「この振動は……!」


 そして大地は隆起し、弾け飛び、地中から巨大な物体が飛び出してきた。

 それはまるで塔だった。見上げる程に巨大な、黒い塔だった。しかしおびただしい数の昆虫の脚を見て、ようやくそれが百足であることがわかった。

 

「アダムフェルム!? そんな! アダムフェルムはヴェロニカ様の魔法で全て討伐したはずなのに……!」


「地中奥深くで眠っていたようね。もっと消失させる範囲を広くすればよかったかしら……」


「やめろ。あれ以上広範囲を消失させたんじゃ生態系が崩れかねん」


 ギルドのメンバー達は慌てて武器を構える。


「呑気に言ってる場合ですか! これは金剛百足の親玉ですよ!」


「仲間をやられて相当気が立っていやがる! クソッ! こんな化物どうやって……!」


 メンバーの顔に絶望の色が濃く出ていた。

 目の前に現れた魔物は、それほどの威圧感があった。山に巻き付くほどの巨体。地中から出たというのに、傷一つなく黒光りする装甲。先端にある巨大な口には、鋭利な牙が絨毯のように生えている。

 ここまで来れば災害レベルだろう。

 龍を呑むほどの魔物――それこそが、金剛百足とも称されるアダムフェルムである。

 しかしヴェロニカは冷静だった。

 怖気づくメンバーに淡々と指示を出す。


「アーチャーと魔導士は負傷者を馬車に乗せて、全速力で近くの街へ向かいなさい。アーチャーは道中に出てくる魔物の牽制、魔導士は負傷者に出来る限り治療魔法を続けて」


「で、でもこの魔物は……!」


「目的を履き違えないで。私達の任務は救助であって、百足退治ではないでしょ?」


「…………ッ!」


「重剣士のあなた。あなたはここで。力仕事になるから、覚悟しておいて」


「わ、わかりました!」


 ヴェロニカの言葉に、メンバーはようやく動き出す。ジャック達を担ぎ上げ、素早く馬車に乗せて、馬は一目散にその場を後にした。

 残されたのは、僕とヴェロニカ、そして重剣士。


「……ヴェロニカ様、勝算はあるんですか?」


「ええ。私がまた魔法で吹き飛ばせば……と言いたいところだけど、さすがの私も疲れたわ」


 そして彼女は、僕に視線を送る。


「ってことで、ユージーン、あとはお願い」


「僕だけ!? ヴェロニカも手伝ってよ!」


「疲れたって言ったでしょ? あの百足、魔力も少ないし体の構造からも飛び道具はない……。それならあなたの領分でしょ?」


「領分って……」


 上手く乗せられてる気もするが、どのみちこのまま放置するわけにもいかない。


「まったく……。追加料金はあとできっちり請求するからね」


 僕がアダムフェルムに向けて足を踏み出すと、重剣士は慌てて制止する。


「む、無茶ですよユージーンさん! あなた一人ではどうやったって……!」


 ごもっともな意見に、ヴェロニカは「いいから見てなさい」と言う。


「貴重な光景よ? あなたは見られるんだから。帝都の治療師ではない、本当のユージーン・セトを……」







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