ミレペダの洞窟④




 目的地には予定通り早朝に辿り着いた。


「ヴェロニカ様に、ユージーンさん。長旅お疲れ様でした。ここが目的地のミレペダの洞窟……って、どうしかしたんですか?」


「い、いや……別に……」


「なんでもないわ」


 どうやら僕は、ギルドの皆さんから心配される程度には疲労困憊に見えているようだ。しかしそれも仕方ない。途中からの無言道中で、始まる前から凄まじい疲労感を感じている自分がいる。


「そ、そうですか……。とにかく、ここがミレペダの洞窟です」


 彼の声に続き、その場所を見上げる。

 それは巨大な岩山だった。山肌は多少草花が自生している程度で、大半は茶色の岩石に覆われている。巨大な岩が天高く積み上げられ、固まった砂利が繋ぎ目のように隙間を埋めている。自然がこの岩山を形成するまでに、途方もない年月がかかっていることが見て取れた。

 そして眼の前には、洞窟の入口があった。

 入口の高さは三メートル程度か。無骨な岩山に対して、その入口は、まるで人工物で削岩したかのように綺麗な半楕円形となっていた。

 重剣士は言う。


「この洞窟に生息している魔物は一種で、アマダフェルムというムカデ型の魔物です。その巨体はさることながら、獰猛で好戦的であり、更には雑食で、人だろうが魔物だろうが目についた生き物を捕食しようとします。躰は非常に硬く、通常の武器では傷一つ付けることもできません。その特徴から、金剛百足と称されることも多いです」


 アーチャーの女性も身震いしながら続いた。


「……私も、別のダンジョンで金剛百足と対峙したことがありますが……私の弓もメンバーの剣も、まるで歯が立たちませんでした」


「物理攻撃はほぼ無意味、と……」


「ええ。ですが、魔法であれば通じます。以前も、結局はメンバーにいた魔道士の魔法で何とか撃退しましたし」


「だからこその私よ」


 ヴェロニカはいつの間にか魔導杖を取り出していて、先端に魔力を込め始めていた。

 そしてもう一人の魔道士に指示を出す。


「救助対象の位置を調べるわ。手伝いなさい」


「わ、わかりました」


 二人の魔道士が杖を構え、波状に魔力を放つ。魔力は岩山を通り抜け、上下左右あらゆる角度で広がっていった。

 

(魔力を使ったサーチレーザーみたいなものか……)


 しばらく探知を続けたヴェロニカは、唐突に杖を下げた。


「……見つけた。洞窟の奥に、生体反応が二つ。少なくとも、二人とも生きてはいるみたい」


「ですが、洞窟の内部は相当複雑な地形をしているようです。しかも金剛百足の気配も多く、これでは……」


 迂闊に中に入ることも難しい――そういうことだろう。

 これがレベル3のダンジョン。

 ジャック達も自ら奥へと進んだわけではないのだろう。逃げ惑い、隠れ、息を潜めている……。彼らがいつ洞窟に入ったのかはわからないが、数日が経過して尚、洞窟の奥にいることがその証拠と言える。

 しかし見捨てるわけにはいかない。

 ではどうすれば救助できるのか……その答えが見えず、僕を含めたパーティが口を噤んだ。

 その中で、唯一、ヴェロニカだけが再び杖を構えるのだった。


「ヴェロニカ、何か作戦があるの?」


「作戦? 作戦なんて必要ないわ」


「必要ないって……」


「要は手っ取り早く負傷者を見つけ出して保護すればいいだけなのでしょ? そのためには、まずは彼らのところへ向かわないといけない。でなければ、話にならない」


「そうだよ。けど、洞窟の中は複雑で、多くのアマダフェルムも巣食っている。狭い空間で巨体な魔物の群れを対応しつつ素早くジャック達を救出……口で言うのは簡単だが、とても一筋縄でいくことじゃない。それをどうやって……」


 僕の問いに、彼女は涼しい顔で答えた。


「この岩山を――吹き飛ばせばいいだけよ」


 その刹那、彼女の杖は激しく光り輝いた。


「……Bhīṣaṇa jyōta, mārā hāthamāṁ chupāyēla narakanī āga, saḷagatī mōjā'ō jē badhī vastu'ōnē ōgaḷē chē. Pātāḷanī bahārathī antanī jvāḷā'ō pragaṭa karō, anē mārī samakṣa dayāḷu duśmananē bāḷī nākhō.(熾烈な炎よ、我が手に秘めし業火よ、万象を融解せし焦熱の波動よ。深淵の彼方より終焉の火炎を顕現させ、我が前の哀れなる敵を灼き尽くせ)……」


「え? い、いや……ヴェロニカ、さん? その呪文は……」


 聞き覚えがある。ありすぎる。

 それこそヴェロニカ最強の魔法にして、『紅焔の魔女』の象徴たる攻撃魔法――。


「――…… Ēṭalī hadē kē ē paḍachāyō paṇa adr̥śya tha'ī jāya chē(その影すらも、消し去る程に)」


「ちょっ……! ヴェロニカ! 中にはまだ――!」


「“究極爆裂波動魔法ソルブル・ラフレイム”」


 刹那、ヴェロニカの杖から紅焔の光が放たれる。凄まじい熱量を帯びた極大の光線は瞬く間に大地を走り、塵すら許さず彼方まで灼き尽くす。

 光が収束して消えると、かつての岩山は……いや、岩山どころじゃない。光が駆け抜けた軌道上は、景色ごと消し去られていた。焼け焦げた匂いと、黒煙を残して。

 その光景を目視したヴェロニカは、満足したように大きく体を伸ばした。


「……よし」


「よし……じゃないだろ!」


 すぐさまに魔女に食って掛かる。


「おま……お前! 自分が何したかわかってるのか!?」


「何って……だから、救出活動でしょ?」


「お前は救出って言葉の意味を知ってるのかよ!」


 どう見てもトドメを刺したようにしか見えない。

 だがヴェロニカは何一つ悪びれる素振りもなく、「やれやれ」と言わんばかりに溜め息を吐き出した。


「ユージーン、落ち着きなさい。よく見て」


 そして彼女は、一点を指さす。


「見ろって何を……って、あれは……」


 消え失せたダンジョン跡地。空間ごと消滅したかのように断裂された洞窟の岩々。

 その瓦礫の中に、見間違えじゃなければ、二つの人影のようなものが見える。


「だ、誰か! 確認してください!」


「わ、わかりました!」


 重剣士が駆け出す。

 そして人影の下にたどり着くなり、大声で叫んだ。


「負傷者ニ名発見! 負傷程度はわかりませんが……息はあるようです!」


「本当か!?」


 慌てて他のメンバーも駆け寄る。

 どうやら、ジャック達は奇蹟的にヴェロニカの魔法から難を逃れたようだ。

 ……いや、これは奇蹟なんて曖昧なものじゃない。


「……狙ってやったのか?」


「当然でしょ?」


 ヴェロニカは喜怒哀樂のない表情のまま答える。


「さっき探査魔法を使った時に、あの二人の居場所は正確にわかっていたわ。もちろん、洞窟内の構造も。歩いて二人のところへ行っても良かったけど、ムカデの魔物が大量にいて面倒そうだったの。だから、ダンジョンと魔物を丸ごと吹き飛ばした。二人がこれ以上ケガしないように、邪魔なものを跡形もなく消し去って。中途半端な魔法だと、瓦礫や死骸で生き埋めになるでしょうし」


 消し飛んだ岩山にはいくつもの大穴が空いていた。ダンジョンの通路……というよりも、アマダフェルムが作り出した通路なのだろう。確かにこの様子だと相当複雑だっただろうし、ジャック達のところへ行くには道がわかっていても時間もかかっていたかもしれない。そして空いた穴には、所々巨大な百足の遺体がいくつか見えていた。

 岩山、洞窟、魔物の群れ。

 ヴェロニカは、それら全てを文字通り消し去っていた。


「完全詠唱の究極爆裂波動魔法……笑えるくらい凄い威力だね。ケンジさんの”破壊力が増した”っていう言葉、身に沁みてわかった気がするよ」


「……ええ。私だって、日頃から修練を積んでいるんだから。いつか、勝手にギルドをやめたに撃ち込むために……ね」


「……もしかしなくても、それって僕のこと?」


「ふふふ……だから、言ったでしょ?」


 そしてヴェロニカは、僕の方を向いて意味深に微笑む。

 その笑顔は、魔女そのものだった。


「私、あなたが嫌いなのよ」




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