帝都の治療院②
メイド服姿の幼女――アシュリーは、表情を変えることなく立っていた。
「あのねアシュリー……前から言ってるけど、僕は“長”じゃなくて“店長”だって」
彼女は首をかしげていた。
「店長とは、店の長。何が違う?」
「同じのように見えるけど全然違うって。僕は部族の頭か何かか?」
「じゃあ……ご主人様?」
「君にそんな風に呼ばせてたら、たちまち妙な噂が立って店に人が来なくなるって」
「じゃあ、我が主」
「中二病ですか」
「ちゅうに? ちゅうにって呼べばいい?」
「い、いや……もう長でいいよ……。それより、薬品の在庫確認お願いしていい?」
「わかった、長」
そしてアシュリーは、てとてとと再び奥へと走っていった。
何度目かもわからないこのやり取りに溜息をこぼしたところで、ケンジさんはやや下品に笑い声を漏らす。
「おいおいユージーン。なんだよあの子は。いつの間にあんな子を引き込んだんだ?」
「言い方! 引き込んだんじゃないって。勝手に居座ってるから仕事を手伝ってもらってるんだよ」
「それにしてもあのチビ……」
ケンジさんは口元に手を当て、棚整理をするアシュリーをジッと見つめた。
見た目は赤い髪をした幼女だが、その頭に生えた二本の禍々しい角……。
「……亜人、か?」
「さあ、どうだろうね。ただの人間じゃないのは確かだろうけど」
「まるで他人事じゃねえか。あんな子、どこで見つけたんだよ」
「帝都で拾った」
「そんな犬猫じゃあるまいし……」
犬猫はあんなに飯を食わない。
僕は最大声量でそれを主張したい。一食で十人前を軽く平らげる彼女の食欲は、ブラックホールも真っ青なのである。
「でも亜人にしては変わった子だな。なんつーか、偉ぶってるわけでもないし、従順にしてるみたいだし……」
「それが変わってるって思う程、僕は亜人と深く関わったことがないよ」
とは言ったものの、ケンジさんが言わんとすることもわかっていた。
亜人……この世界に住む、もう一人の人間種。
亜人の種族は多く、この世界に来て日が浅い僕ですら、エルフやフェアリー、オーガ族と接する機会があった。もちろん、仕事の上で。
その数少ない接触で僕が感じたのは、“傲慢”というものだった。
基本的に、亜人は通常の人間よりも何かしら秀でた能力がある。
エルフであれば魔力量が圧倒的に多いし、オーガ族は身体能力が桁違いに高い。もちろん短所もあったりするが、それが気にならない程に彼らの優位性は高く、それ故に、通常の人間を見下す亜人は多いそうである。
実際に僕が接した亜人……この場合、エルフとオーガ、フェアリーに限ったことであるが、得てして高飛車でプライドが高く、ただの人間を見下す傾向が強かった。
確かに見ていていい気持ちにはならないが、それの是非について、僕個人がどうこう言うべきではないだろう。
この世界では、それが普通なのである。いや、世界というよりも、彼らは“そう”なのである。それは昔から育まれてきた亜人の価値観であり、それを正そうとすること自体不毛なのだろう。
ケンジさんの話では、そこまで至上主義を掲げていない亜人も存在するらしい。ただ、変わり者の亜人として扱われているとか。
そしてその“変わり者の亜人”というのが、今回で言うところのアシュリーなのだろう。
実際に彼女が店に来てから、そんな様子を見せたことはない。
口数も多いわけではないし、どこか大人びているが、僕どころか店に来る患者さんに対しても偉ぶることもない。それはケンジさんに対しても変わらず、故に彼は“変わった子”と評価したのだろう。
「……ともかく、ギルドへの復帰の件、前向きに考えてくれや」
ケンジさんは椅子から立ち上がり、出口へと向かう。
「ケンジさん」
「なんだよ」
「僕が今こうして生活できているのは、間違いなくケンジさんの……ケンジさん達のおかげです。それについては本当に感謝しています。ギルドへの加入の件はお断りしますけど、仕事の依頼ならいつでもどうぞ。格安で治療しますから」
「……タダじゃないのかよ」
「そりゃもちろん。仕事なんで」
「食えない奴になったな、お前も」
「それはたぶん、ケンジさんのせいですよ。無理やりギルドに残そうとすればできたでしょうけど、そうはしなかったでしょ?」
「買い被り過ぎだって。ただの、俺ルールだ」
どこか満足そうな笑みを浮かべながら、ケンジさんは帰っていった。
「……長、今の客……」
いつの間にか、アシュリーが隣に立っていた。
「ああ、今のはケンジって人で――」
「ケンジ・ユシマ。知ってる。傭兵ギルド『
「……知ってたんだ」
「うん。かなりの有名人。でも、長はなぜ断っている」
「それは……」
理由は色々ある。
だが、それを素直に口にすることは少しばかり抵抗があった。
「……それこそ、僕ルールってやつさ」
「…………」
話をはぐらかしたことに気付いているのかいないのか、アシュリーはいつもの無表情で僕の顔を見つめていた。
「――すみません! すみません!」
静寂を打ち破るように、声と共に扉を叩く音が響いた。切羽詰まったような口調を聞く限り、急患のようである。
アシュリーは伺いを立てるように僕の顔を見た。そして僕が小さく頷くと、ゆっくりと扉を開ける。
扉の外に立っていたのは、二人の男女だった。
顔を青くして汗をかいた若い男性。そして、力なく彼の背中に担がれた若い女性。二人の装備や男性の腰の剣からすると、どうやら冒険者のようである。
負傷した二人の様子を見る限り用件なんてわかりきっていたが、敢えて尋ねた。
「どうしましたか?」
男は、一度唾を飲み込み呼吸を整える。
そして、懇願するように叫んだ。
「こ、ここは治療院ですよね!? 治療、お願いします!」
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