帝都の治療院③
「本当にありがとうございました! ユージーンさん!」
彼は深々と頭を下げた。
「礼ならいらないよ。仕事なんで」
「それでも言わせてください! ありがとうございました!」
なかなか義に厚い青年のようである。
彼の名前はジャック、担ぎ込まれた女性はステインという名前らしい。
予想通り、二人は駆け出しの冒険者であり、元々同じ町で生まれ育った幼馴染だが、ギルドに入るために町を出て帝都を目指したのだという。そして間もなく帝都に辿り着くというところで魔物の襲撃に遭い、これを何とか討伐したものの、ステインが負傷したことでこの治療院に来たそうだ。
幸いなことに、命に別状はなかった。
傷は浅かったものの、どうやら魔物の毒が体内に入り込んでいたようであり、それがステインの意識混濁の原因となっていたらしい。
「それにしても、キミは大丈夫? キミのケガも、彼女とあまり大差なかったよ?」
「はい! 鍛えてるんで!」
鍛えて毒耐性が出るとなると、僕の商売あがったりになるんだけど……。
「戦った魔物は、確かレッドスコルピオンだったかな?」
「はい。赤いサソリの姿だったので、間違いないと思います」
「レッドスコルピオンは割とそこら中にいる魔物だけど、解毒剤とかは持っていなかったの?」
「はい、ちょうど回復薬の類が尽きちゃってて……」
ジャックは恥ずかしそうに頭をかいていた。
(回復薬が尽きた、ね……)
冒険者として薬品関係の管理は死活問題だろう。旅の途中で尽きたとなれば、今回のように解毒をできずに手遅れになったりする。
と、冒険者のイロハ的に思うところはあるが、今は捨て置こう。
「……いずれにしても、今晩はここで休むといい。明日には彼女の体調も回復していると思うよ」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
もちろん、有料だが。
世の中そんなに甘くはない。
「ジャックくんは、ギルドに入るんだったよね?」
「はい! そのために田舎から出て来たんで! ただ、最終目標は別にありますけど」
「聞かせてもらっても?」
「もちろん! 俺達、入ったギルドで実力をつけて、自分達のギルドを立ち上げるんです! そしてそのギルドを有名にしたいんですよ!」
「なるほど……。でも、たった二人でレッドスコルピオンを討伐できたのは素直に凄いと思うよ。応援してる。頑張ってね」
「はい! 俺、夢を叶えます! ステインと一緒に! 何があっても、絶対にです!」
(何があっても、か……)
この青年の言葉は、少しばかり眩し過ぎる気がする。
でも、夢に向かって進もうとする姿は、どこか尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
◆
翌日の早朝。
病室にいるステインの様子を見に行くと、既に彼女が目を覚ましていた。
彼女は僕に気付くなり小さく頭を下げる。どうやら自身が置かれた状況を理解しているようだ。
「気分はどう?」
「はい。少し体が怠く感じますが、体調は良さそうです」
「それは良かった。でも、無理はしないようにね」
彼女は「ありがとうございます」と謝辞を述べ、続けた。
「あの……ジャックは、どうしていますか?」
「ああ、彼なら受付のベンチで寝ているよ。相当疲れていたようだね」
「そうだと思います。だって……」
そして彼女は、言葉を探すように口を閉ざした。
でも、彼女が言いたいことはなんとなくわかっていた。
「……レッドスコルピオンを倒したのは、彼一人だった?」
「は、はい。私は、襲撃されてすぐにケガをして、倒れてしまったので……。あの、ご存知だったのですか?」
「そりゃ、治療したのは僕だしね」
彼らの負傷程度が全てを教えてくれた。
ステインは大きな傷を足に負い、そこから毒に感染。片やジャックは、傷こそ少ないものの、傷は上半身の前面に集まっていた。
つまりは、彼はステインを守ったということ。
早々に負傷して倒れた彼女を庇いながら、たった一人で中型の魔物を討伐する――なるほど、彼の実力は確かに相当なものなのだろう。ギルドマスターを目指すと言っていたが、それも叶う可能性が高い。
しかし……。
「……私、足手まといなんですよ」
ステインは俯きながら、小さく呟いた。
「ジャックとはずっと一緒に育って、一緒に訓練して……これからもずっと一緒に頑張っていくつもりでしたけど……。最近、ジャックに置いていかれるというか……」
「実力の開きがあるってこと?」
彼女は、戸惑いながらも頷いた。
「ジャックは、いつも私を気にかけてくれます。励ましてくれます。夢を語ってくれます。最初はそれで良かったんです。前を進むジャックの背中を見ていれば、私も迷わずに進める気がしました。でも、最近は……その背中が、とても遠くに感じてしまって……」
「…………」
ジャックの夢は、彼女にとっても眩し過ぎるらしい。
彼女はきっと強くなったのだろう。だからこそ、彼との差がわかってしまうのだろう。
盲目的に、妄信的に彼を信じれば辛くはないのかもしれない。
でも、彼女には見えてしまった。決して埋められない差が。目指す場所の高さが。彼との距離が。
それは不協和音となり、心を蝕んでいるのだろう。
彼女の表情が物語っている。陰鬱で、歪み、しかし淋しげでもあり、何より暗い。
彼女の追い込まれた姿を見て、迂闊に「きっと大丈夫」とは言えない。言えるはずもなかった。
「キミは、どうしたいんだ?」
ステインは「私は……」と言葉をこぼし、そのまま深く考え込んだ。
これ以上は、彼女を追い詰めてしまう気がした。
「ステイン、ここには僕とキミしかいない。ジャックはまだ休んでるし、彼はアシュリーが見ているから盗み聞きされることもない。言いたくないのならそれでいい。でも、その胸の内にあるものを誰かに話すことで、見えることもあるかもしれない。ただのキッカケさ。物言わぬ石像に愚痴を言うつもりで、話してみてよ」
「セトさん……」
ステインは悲痛な表情のまま、唇を震わせる。これまで心の奥深くに押し込めていた想いや言葉……それを今更口に出すことに躊躇しているのだろう。
しばらくの沈黙の後、彼女はようやく口を開いた。
「……私はこれ以上、ジャックの夢の邪魔にはなりたくありません。ジャックはこれからも成長して、もっと強くなる。だけど、きっと私は、ここまでなのだと思います。だから、私は……――」
「…………」
僕は何も言わず、ただの石像のように、ただただ彼女の言葉に耳を傾けていた。
それはきっと彼女にとって必要なことなんだと思う。
ステインが思いの内を全て語ってから一時間程経って、ジャックはようやく目を覚ました。
大袈裟に喜んで、大袈裟にお礼を口にして、大袈裟にステインを抱きしめるジャック。彼女は恥ずかしそうに顔を赤くしていたが、まんざらでもない様子ではあった。彼のそういった面が彼女の心を温かくし、しかし、彼のそういった面が彼女の心に蓋をしているのかもしれない。
僅かながらの治療費と宿泊費の清算を終えた二人は、治療院を後にする。
アシュリーは僕に尋ねた。
彼に話さなくて良かったのか――と。
どうやらアシュリーは勘違いをしている。僕は、ただの治療師でしかない。彼女の愚痴を聞いたのだって、治療ついでのアフターサービスのようなものだ。
二人の問題は根が深い。だからこそ、それは二人が解決しないといけない。そうでなければ意味がない。
僕にできることは、これから二人がどんな決断に至ったとしても、依頼を受けて治療をすることしかないのだと、僕はアシュリーに話すのだった。
ジャックとステイン。
治療院を出た二人が行方不明になったと聞いたのは、それから四日後のことだった。
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