帝都の治療院①
「ありがとうございましたー」
今日も最後の客が帰る。
ここはセト治療院。小さいながらも、僕の店である。
この帝都に店を構えて二年が経っていた。最初こそ客なんて来なかったものだが、これでも治療術には自信がある。こつこつと客足を伸ばし、今ではたまに街で店の名前を耳にするくらいにはそこそこ有名になっているようだ。負傷者や病人は元より、腰痛に悩ませるご老人、日々の疲れを癒したい兵士など、その客層は多種多様。笑顔のサービス。地域密着型。希望があれば出張治療も受付中。もちろん、有料ではあるが。
「よっ。お疲れユージーン」
最後の客が帰ったにも関わらず、店内に声が響く。
……とは言いつつも、その声には多大なる聞き覚えがある。ここ最近続いている、ただの定期イベントである。
「……いちいち気配消して入って来るのやめてくれませんか、ケンジさん」
ケンジさんはどこか勝ち誇ったかのように笑みを浮かべ、椅子に座る。
五年前、僕は彼のギルドに加入した。そもそも、あれが加入と呼べる程のことかどうかもわからないが。生きていく上でのノウハウを学ぶために、少しの間だけ、彼のギルドに身を寄せていた――そんな言い方が一番しっくり来ると思う。
そして、今。僕がギルドから脱退してからも、彼はこうして度々僕の様子を見に来ていた。
それだけを聞けば如何にも彼が面倒見のいい兄貴分のように聞こえそうであるが……実際のところ、目的は全くの別だったりする。
「ってことでユージーン。折り入ってちょっと話が――」
「お断りします」
何も躊躇もなく、間髪も入れず、はっきりと言い切った。
「……まだ何も言ってねえだろ」
「言わなくてもわかってますよ。またギルドに戻れって話でしょ?」
ケンジさんは様子を見に来るというよりも、話は毎回それである。
僕がギルドを抜ける時、そりゃもうケンジさんは猛反対していた。もちろん僕としても散々お世話になったギルドを離れるのは心苦しいところもあったが、これからこの世界で生きる上で、いつまでもケンジさんに甘えるわけにもいかないという僕なりの決心のつもりだった。
それでもケンジさんがこうして何度も何度もギルドへの復帰を依頼しに来ているのだが……そこには、打算的な理由がありまくるのも事実である。
「頼むよー、ユージーン。お前がいてくれりゃ、いちいち聖堂教会に治療を依頼する必要も減るわけなんだし……。金なら出すからよぉ」
「金の問題じゃありませんって。まったく、僕を救急箱か何かと勘違いしていませんか?」
「だいたいお前、治療師のくせに教会に入ってねえじゃん。実質闇医者じゃん闇医者」
「人聞きの悪いことを言わないでくださいよ。そもそも、別に治療に許可証が必要ってわけでもないでしょ」
「確かに許可はいらんが、おかげでお前も教会にも目を付けられてるわけだし、結局こうして帝都の隅でしか治療院できなかったんだろ?」
「うぐ……」
「
確かに、ケンジさんの言うとおりである。
本来、正式に治療師を名乗るためには聖堂教会に所属する必要がある。
この世界では、治療魔法自体がレアなのである。ケガや病気を治す術は、患者の体の治癒能力に魔力を注ぐ必要があり、そこには繊細かつ確かな魔力操作が求められる。そして何よりも求められるものは、治療術を行うための相当量の魔力。これが治療師の数が少ない最たる理由でもあった。そして他人の体に魔力を送るという行為は、下手をすれば、相手を異形の怪物に変えることもまた可能なのだという。だからこそ聖堂教会という組織が治療師を管理下に置き、目を光らせる必要があるらしい。
さっきも言ったが、もちろん教会に所属するかどうかはあくまでも個人の判断に委ねられている。
だが、教会に入らずに治療を行うことは教会的には邪道らしい。
神ならぬ身で神の真似事の所業――そんなことを教会の職員に言われたこともある。
正直、だったらあなた方はどうなんですかって話だとは思う。
もちろん僕は神じゃないし、治療術が神の真似事なんて言う仰々しい思考を持っているわけでもない。僕には僕の出来ることがあって、それを生活の糧として、或いはこの世界におけるアイデンティティとして行使しているに過ぎない。
たかだかそれだけの話でしかない。それを“神の真似事”なんて言い切るのは、それこそおこがましい発想ではないだろうか。最大勢力たる聖堂教会の治療行為が、まるで神の行為そのものだという驕りが滲み出ている気がする。
だからこそ、僕にはそんな教会に入るつもりなんて毛頭なかった。
「まあでも、帝都で治療院を始めたことは正解だったと思うぜ?」
ケンジさんは言う。
「ここには帝国騎士団の本部があるし、聖堂教会も直接的に手を出しにくい。おまけにお前はギルドにも顔が利くし、たまに騎士団からも治療の依頼受けてるだろ? それがデカい」
「有料ではあるけどね。しかも割高」
帝国直属の騎士団達の治療費を一般人と同じ金額にしたら、たちまち僕の予定はビッシリ埋まってしまうことだろう。
「それでもお前の治療費なんて、教会から請求されるクソみたいな経費よりもよっぽど良心的だよ」
そんな話をしていた時である。
「――長、店の片づけ、終わった」
ふと、奥から幼女が顔を出した。
彼女はアシュリー。
この店で働いているというか、居座っている少女である。
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