第四通目 裏社会からの手紙
【お題】名無し男からの手紙
前置きはナシだ。
おめーを狙ってるやつがいる。
なんで分かったとか、どうして教えてくれるのかとか、くだんねーこと訊くのもナシだ。どうせおれが答えてやれることなんざ小指のさきっぽほどもねえ。
おれがだれか、なんてのも訊くなよ。
おめーはただおれの忠告を聞いておけばいい。
言っておくが、警察に駆け込んでもムダだぜ。
上層部にグルになってるやつがいるからすぐ握りつぶされるだろうし、ヘタすりゃ署内で殺られっちまうのがオチだ。
どうせおめーのことだからのほほんとしてやがるンだろうが、これはマジだ。今回だけはおれの言うことを信じろ。
この件に関しちゃ、おれはおおっぴらに動くわけにいかねえ。利害がごちゃごちゃに絡みまくっていやがるからな。
とにかくおれからの忠告はふたつだ。
あの件からは手を引け。
しばらく家ンなかにでもひき籠ってろ。
といってもどうせおめーは聞かねえンだろ。
なにか言いたいことがあるなら聞いてやる。助けがいるなら、言え。
おめーのことはどうでもいいが、おめーが死ぬと、泣くやつがたっぷりいやがンだよ。まったくめんどうかけやがって。
明日使いをやる。そいつに返事をわたせ。
しちめんどくせーことに巻き込まれやがって、ま、おめーらしいけどな。
せいぜい長生きしろよ。
💐【解答】ある記者の手記より
馬鹿
この世で一番大バカなヤツ
ええカッコしいで喧嘩っ早くて
いい加減でアホで鈍感でどうしようも無い男
だけど力強くて優しくて最高の温もりをくれた
あれは私のヤマだったのに
一人で飛び込んで大立ち廻りして
何がお前はのほほんとしているよ
おめーはただおれの忠告を聞いておけばいいなんて言っておいて
自分はさっさとあの世へ行っちゃったくせに
許さないんだから
あの時貴男が助けた子ども達
みんな大きくなって巣立って行ったわよ
最期に人助けしたんだからきっと天国へ行ったはず
大悪党の名が廃るわね
いい気味
もうすぐ私も行くから覚悟しておきなさい
私が死んだら泣いてくれるんでしょ
死ぬのがこんなに楽しみなんて変な気分
でも悪くないわ
大っきらいで大好きな貴男へ
💐★コラムニストSの考察
これは、とある新聞記者が関わった人身売買組織解体事件の裏側で交わされていた私書です。彼女の死後、半世紀後に事件を取材した記者によって公開され、『名無し男』の功績が人々の知るところとなりました。
この二人の間にどのような想いがあったのか、妄想心をくすぐられるやり取りですが、少なくともこの二人の関係性が事件解決の原動力となったことは疑う余地が無いと思われます。
光があれば影ができるように、この世界は表裏一体、表と裏の世界で成り立っています。
『裏社会』と呼ばれる世界は、表の法の及ばぬ世界。暴力や恐怖の下で統治され、表の世界ではタブーとされる全ての生業が許される世界。
一見、表の世界の人々にとって遠い世界に見えますが、実は世界を廻す両輪として全ての人々の生活に関わっているのです。何故ならマネーロンダリングされたお金が経済を動かし、ハッカー集団の情報が世情を動かしていたりするからです。
暴力と恐怖と言う野性的でシンプルなルールの中にも人の情は息づいています。
『情に流される』と言う言葉がありますが、それが文字通り命取りになるのが裏社会。
それでも、情を捨て去ることは簡単ではありません。
情に生かされ、情に殺される。内なる感情に揺さぶられながら生きているのが、人の人たる所以なのかもしれません。
そして、どんなに小さな出来事にも、人の情が息づいているのです。
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