第7話 吉岡紗奈との出会い 4

 俺たちは吉岡さんと合流し、赤峰さんの車で俺たちの家に向かっている。


「なぁ、彩音」


 俺は隣に座っている彩音へ吉岡さんには聞こえない声で話しかける。


「なーに?」

「俺、どうやら吉岡さんに嫌われたみたいなんだ。どうすればいいかな?」

「………はぁ」


 真剣に相談したのに何故かため息で返答される。


「いや、さっき初対面なのに馴れ馴れしくし過ぎたから謝っただろ?でも吉岡さん、俺と目を合わせてくれなかったから……」


 俺は吉岡さんを励ましていた時、馴れ馴れしく頭を撫でてしまった。

 さすがにやり過ぎたと思った俺は吉岡さんと再会した時、すぐに謝った。

 しかし吉岡さんは「だ、大丈夫です!気にしてませんから!」と、俺と目を合わせず真っ赤な顔で言った。


「きっと俺に対して怒ってるんだと思う。なぁ彩音。どーすればいいかな?」

「……はぁ。ストレートにもう一度謝ればいいと思うよ」

「……え?それだけでいいのか?」

「うん。それで解決するはずだよ」

「な、なるほど。じゃあもう一度謝れば問題ないのか」


 というアドバイスをもらい、家でもう一度謝ることを決める。

 そんな話をしながら俺たちの家に向かった。




「お、お邪魔します……」


 恐る恐るといった様子で吉岡さんが家に上がる。


「いらっしゃい。今は父さん、母さん両方いないからゆっくりくつろいでいいよ」

「紗奈ちゃん!こっちがリビングだよ!」


 そう言って彩音が吉岡さんの手を引き、リビングへと連れて行く。


「わー!色々な物を飾ってますね!」


 リビングへと入った瞬間、吉岡さんが目を輝かせる。

 理由はリビングの至る所にトロフィーや賞状が数えきれないほど飾られているから。


「これ、全部彩音さんのですか?」

「ううん、違うよ。私のはほんの少し。ほとんどが私のお父さんとお母さんのものだよ」

「そういえば彩音さんのお父さんはプロのボクサーで、お母さんは大人気アイドルでしたね」


 吉岡さんの言った通り、俺たちは両親が有名人だ。

 父さんはプロのボクサーで世界チャンピオンを経験しており、母さんは若い頃大人気アイドルとして活躍していた。

 そんなエリートの血を俺たちは受け継いでいる。

 ちなみに現在は年齢を考え、父さんはボクシングジムを経営し、母さんは歌唱力を活かしてボイストレーナーとして働いている。


 吉岡さんはたくさんのトロフィーたちを前に目を輝かせながらリビングを歩く。

 その間、俺はお茶の準備を行い、吉岡さんに謝るタイミングを見計らう。

 彩音は吉岡さんを放置してどっかに行ってしまったので、多分自分の部屋に行ったのだろう。


「私、たくさんのトロフィーや賞状を見たのは初めてです!」

「満足したみたいで良かったよ」


 自動販売機の前で再会してから俺に対してぎこちない態度をとっていた吉岡さんだが、たくさんのトロフィーたちを見たことで俺と普通に接する事ができるようになったみたいだ。


「それでその……ごめん!」


 今が好機だと思い、俺は誠心誠意頭を下げて謝る。


「………何がですか?」


 しかし突然の謝罪に吉岡さんは困惑した様子を見せる。


「さっきも謝ったけどしっかり謝る事ができてなかったみたいだから。俺のこと見ないようにしてたし顔も赤かったからさっきの謝罪じゃ満足してないのかと思って」

「……ふふっ」


 真剣に謝っているのに何故か笑われる。


「まさかそんなことを気にされてたなんて思いませんでした。私は全然怒ってないので大丈夫ですよ」

「……そうなのか?年頃の女の子の頭を撫でたんだぞ?しかも初対面の男が」

「それくらいで私は怒ったりしません。あ、もちろん、お相手が直哉さんだから怒らないだけですよ!他の男性からされたら簡単には許しませんから!」

「そ、そうか」


 彩音が俺の良いところを話してくれたおかげで俺は簡単に許してくれたようだ。


「でも申し訳ないことをしたと俺は本気で思ってる。何か俺にできる事があれば教えてくれ。できる限りの償いはさせてもらうから」

「えっ!そ、そんなもの必要ありませんよ!」


 俺の発言に両手を顔の前でブンブン振る。


「本当にいいのか?」

「………やっぱり二つほどお願いを聞いていただいてもよろしいですか?」

「あぁ。なんでも言ってくれ」


 そう答えて吉岡さんの言葉を待つ。


「一つ目はその……私のことを彩音さんのように名前で呼んでほしいです」

「……そんなのでいいのか?」

「は、はい。それがいいです。ダメ……ですか?」


 不安そうな顔をして上目遣いで俺を見る。


「っ!」


 吉岡さんの庇護欲をそそられる完璧な上目遣いに俺は頷くことしかできない。


「あ、あぁ。問題ない。これからは紗奈と呼ばせてもらうよ」

「〜〜〜っ!ありがとうございます!」


 俺が名前で呼ぶと不安そうな顔から一転、パーっと眩しい笑顔を見せる。


「そ、それで二つ目はなんだ?」

「え、えーっと……私、一人っ子だったのでずっとお兄ちゃんに憧れていました。なのでもし嫌でなければ……な、直哉お兄さんと呼んでもいいですか?」

「っ!」


 またしても破壊力抜群な上目遣いで問いかけてくる。


 そんな眼を向けられて断ることのできる男はこの世にいないので…


「あ、あぁ。全然構わないよ。俺のことは直哉お兄さんと呼んでふぎゅっ!」

「なに勝手に妹を増やしてるの!お兄ちゃん!」


 背後からいきなり両頬を挟まれ変な声を出す。


「もう一度謝るだけだったのに何で妹が増えてるの!?」

「ふぉれふぁれふ……」

「なに言ってるか分からないよ!」


(お前のせいで何も言えないんだろうが!)


 そう抗議したいが彩音を振り払うわけもいかず「ふぉふぉ……」と言いながらひたすら抗議をする。


「ふふっ、これは流石にやり過ぎましたね」


 そんな俺たちを見て紗奈が柔らかい笑みを見せる。

 結局、紗奈が俺のことを今まで通り『直哉さん』と呼ぶことで彩音が落ち着いた。

 そんなこんなありながら最初はぎこちなかった紗奈の対応も普通通りとなり、親睦会の目的を達成する事ができた。




 そしてミュージックビデオの撮影日を迎える。


【1章完結】

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