第5話 吉岡紗奈との出会い 2
ダッシュで赤峰さんを呼びに行った彩音の背中を見つつ、俺は吉岡さんに話しかける。
「彩音の元気さには手を焼くだろ?」
「い、いえ!そんなことありません!いつも彩音さんからは元気をもらってますよ!」
「それなら良かったよ」
その言葉に一安心する。
「あ、そういえば、彩音から俺の話を聞いてたんだろ?どんなことを聞いてたんだ?変なこと言ってないよな?」
「ふふっ、安心してください。直哉さんの悪口なんて言ってませんから」
俺の質問に柔らかい笑みを浮かべる。
「じゃあ何を聞いたんだ?」
「そうですね。『お兄ちゃんがカッコいい』とか『お兄ちゃんが優しい』とか良い話ばかりをしてますよ。それこそ『お兄ちゃんよりカッコ良い男しかLINEを交換しない!』とか言ってます」
「あはは……」
アイドルという立場なのでスキャンダルに発展しそうなLINE交換はできる限りしてほしくないが、まさかそんな理由で断っていたとは。
「でも直哉さんを見て納得しました。聞いていた以上にその……か、カッコよかったので」
「あ、ありがとう」
顔を赤らめて褒めてくれる吉岡さんに俺まで照れてしまう。
そんな空気を変えるため「そうだ!」と声を上げる。
「吉岡さん、ほんと歌と踊りが上手だね」
「あ、ありがとうございます。でも、彩音さんより歌と踊りは下手くそで……」
少し肩を落とし、声のトーンも落としながら吉岡さんが話す。
「私って実は何をやってもダメダメな人で歌と踊りも彩音さんより劣ってます。なので彩音さんには色々と迷惑をかけてるんです……って私、直哉さんに変なこと話しましたね。今のは忘れてください」
そう言って吉岡さんは悲しそうな笑みを浮かべる。
「俺でよかったら話を聞くよ。だから遠慮せず話してみて」
「……え?」
俺の発言が意外だったのか、吉岡さんが目を丸くする。
「彩音もさ。そんなこと言って悩んでた時期があったんだ。その時、俺が色々と話を聞いたら『話を聞いてくれてありがと。おかげで気持ちが楽になったよ』と言ってくれたことがあったんだ。きっと、吉岡さんは誰かに今の心境を話すべきだと思うんだ。だから俺でよかったら遠慮なく話してみて」
彩音みたいに気持ちを楽にすることはできないかもしれないが、あの時の彩音を今の吉岡さんと重ねてしまい、俺は優しい声色で吉岡さんに言う。
「そう……ですね。少し私の話を聞いていただいてもよろしいですか?」
「あぁ。俺でよければ」
「ありがとうございます」
そう言って暗い表情のまま、吉岡さんが話し始める。
「私って歌と踊りが少し上手いだけのアイドルです。バラエティー番組でのトーク技術やスタッフたちとのコミュニケーションは苦手な方で全て彩音さんに任せっきりです。その結果、彩音さんの方が有名になりました」
『スノーフェアリー』は今現在、日本で知らない人がいないくらい有名なアイドルグループだが、彩音と吉岡さん、どっちの方が有名かと言われれば全員が彩音と答える。
理由は彩音の方がバラエティー番組やCMなどに出演しているから。
「最近、ネット上では私のことを『スノーフェアリー』のお荷物って呼んでる人がたくさんいます」
「えっ!」
SNSに疎い俺は吉岡さんがそう呼ばれているなんて知らなかった。
「理由は明白です。私より彩音さんの方が可愛くて歌と踊りも上手いからです。それにバラエティー番組には出演しても上手く立ち回れず、出演してても毎回蚊帳の外で……」
どうやら吉岡さんはSNSの発言をキッカケに自分に自信をなくしているようだ。
だんだんと泣きそうな表情となる吉岡さんを見て昔の彩音と重なった俺は、吉岡さんの頭に“ポンっ”と手を置く。
「そんなこと言うなよ。俺、吉岡さんの良いところたくさん知ってるから」
「……本当ですか?」
「あぁ。今日が初対面の男に言われても信用ないと思うが、俺は吉岡さんのことを彩音の相棒だと思っている。つまり彩音にとって、なくてはならない存在だと思ってるぞ」
そう言って吉岡さんの良いところをたくさん述べる。
「彩音って色々と後先考えずに行動することが多いんだ。例えばさっき赤峰さんに車を出してもらうとか言ってたけど、赤峰さんは忙しいかもしれない。そんなことを考えない彩音だけど、そんな彩音でいられるのは吉岡さんが側にいるからだと思う」
今まで彩音が俺に吉岡さんのことを話す機会はたくさんあったが、今まで一度たりとも悪口を聞いたことはない。
それだけ彩音は吉岡さんを信頼している。
「それと歌と踊りが彩音以下だと思ってるのは大間違いだ。俺はいつも彩音より吉岡さんの方が上手いって思ってるぞ」
「………え?」
吉岡さんが信じられない言葉を聞いたかのような反応をする。
「嘘じゃない。これも本心だ。彩音より俺は吉岡さんの方が上手いって思ってる。彩音にいつも『吉岡さんの歌やダンスに負けてるぞ』って言ってるくらいだからな。まぁ、歌やダンスがど素人の俺なんかに言われても信じられないかもしれないが」
「い、いえ!あ、ありがとうございます。その……彩音さんより上手いと言っていただけたのは初めてで、とても嬉しいです」
そう言って泣きそうな顔から徐々に笑みが見える。
「それとその……こ、これは恥ずかしくて何度も言えないんだが……えーっと……お、俺は彩音よりも吉岡さんの方が可愛いと思うぞ」
「………ふぇっ!」
“ボッ”と沸騰したかのように、吉岡さんの顔が一瞬で真っ赤になる。
そんな吉岡さんを見て俺も恥ずかしくなり、「こほんっ!」と咳払いを挟む。
「と、とにかく色々と話したが俺が言いたいことは一つだ。俺は吉岡さんのことをお荷物だと思ったことは1度もない。彩音と吉岡さんの2人がいて初めて『スノーフェアリー』だと思ってる。だから自分に自信を持ってほしいな」
俺は吉岡さんの頭を撫でながら笑顔で伝える。
「〜〜〜っ!あ、ありがとうございます」
そう言って吉岡さんは耳まで真っ赤にして俯く。
「は、初めてです……そんなことを言ってくれたのは……」
そして何かをブツブツと呟いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます