第2話 魔女と初対面

 こうして2人は改めて拳を突き合わせ、魔女の部屋に突入した。


「待ってたわよん、目の上のたんこぶ」


 入って早々、フェルが2人の前に現れる。真っ黒な魔法少女の衣装で片手を腰に当て、上から見下すようなポーズを取っていた。

 シエラも負けじとステッキを握った腕を相手に突き出して、威圧感を出そうと胸を張る。


「私もあんたとようやく決着が付けられると思うと震えが止まらないよ」

「あら? それは変な病気じゃなくて? あたしが優しく殺してあげるわ」

「それはこっちの台詞!」


 挑発合戦が終わったかと思うと、2人はいきなり超スピードで戦闘を始める。その動きの素早さは、まだ半人前のアサヒの目では追えないほど。なるほど、これだけ派手な戦闘を繰り広げれば魔女の意識も釘付けに出来るのかも知れない。


 2人の魔法少女が死力を尽くしているその影で、アサヒはひたすら気配を消してトリの居場所を探っていた。

 魔女の部屋は地方の学校の体育館ほどの広さで、濃い魔法の気配が室内全体を包んでいる。そのためにすごく見通しが悪かった。目の前の数メートルくらいしか先が見えないのだ。


 ゆっくりじっくり探っていると、やがて鳥かごのようなものが見えてくる。どうやらそこにトリが捉えられているようだ。


「師匠、助けに来たぜ」


 アサヒは救助対象が視界に入って、すぐに作戦を開始した。トリさえ開放出来れば、ミッションコンプリートなのだ。怖い魔女や魔女の魔法少女とも無理に戦わなくていい。

 鳥かごに鍵はかかっておらず、捕らわれの魔法生物は呆気なくアサヒの手によって自由の身となる。こんなに簡単に事が進むのをいぶかしがるほどの用心さを、彼はまだ持っていなかった。


「うがあああ!」


 それはアサヒがトリを鳥かごから出した瞬間だった。突然トリの体が巨大化、リアル化し、動くぬいぐるみから凶暴なクリーチャーへと変貌を遂げる。

 この唐突な展開に、アサヒの頭は理解が追いつかない。


「し、師匠?」

「オマエヲ……コロス!」


 凶暴化したトリがアサヒを狙う。幸い、物理攻撃しか出来ないようで、彼はトリの急接近やくちばし・爪攻撃を紙一重でかわしていた。


「師匠! 俺ですよ! アサヒです!」

「無駄ぞえ……そいつはアチシが変えてやったのだからのう」

「ま、魔女……」


 そう、暗闇の中で浮かび上がったのはこの城の主の魔女だった。黒いフードを被り、闇と同化して、まるで闇そのものが意識を持って喋ってるかのようにすら見える。

 トリを化け物に変えたのは、この魔女の仕業だったのだ。


 この非常事態に驚いたのはアサヒだけではなかった。シエラもまた戦いながらクリーチャーと化したマスターの姿を見て混乱する。


「嘘? マスターが魔女の魔法にかかるなんてありえない!」

「それがあるんだなぁ。魔法生物は四年に一度魔法抵抗力が著しく下がる日があるんだよ」

「まさかフェル、あなたそれを狙って……」

「敵の弱点を狙うのは戦いの基本ヨン」


 フェルはそう言うと、シエラに向かって攻勢を試みる。そこから一旦防御に徹した彼女は何とか形勢を立て直し、闇の魔法少女とまた互角の戦いを続けるのだった。

 同じ頃、この突然の魔女の登場にアサヒは分かりやすくビビりまくる。


「あ、あわわわわわ……」

「イーッヒッヒッヒ。魔法使いの男とは珍しい。食えば美味いのかのう」


 そう、魔女の天敵は魔法少女であり、魔法少女の天敵もまた、魔女なのだ。魔女は魔法少女を食べる。魔法少年であってもそれは一緒だった。

 変貌した師匠に、魔女の底知れない闇の気配。彼の心は崩壊の一歩手前だった。


「アサヒ、気をしっかり持って!」

「あ、あうあう……」

「フフ、あの切り札ちゃん、ダメそうじゃないの?」

「うっさい死ね!」


 シエラもアサヒに加勢したいものの、フェルの邪魔があってそれが出来ないでいた。アサヒは何とかトリを正気に戻そうと叫び続ける。


「師匠、しっかりしてください! 俺ですよ! 弟子のアサヒです!」

「ヒヒヒ、もうそいつはただの怪物だよ。声など届かんねぇ」

「コロス! コロスゥ!」


 アサヒの声が魔改造された魔法生物に届く事はなく、一方的な攻撃は続く。天才的な回避スキルを発動させた彼は、傷だらけになりながらもギリで致命傷を避け続けていた。


「ほう、お前は逃げに特化した魔法を使うのかえ?」

「違う、これは魔法じゃねぇ!」

「じゃあ見せてみろ、そうして師匠を殺してみよ」

「誰がそんな挑発に乗るか!」


 逃げるのに必死になっていたアサヒは余計な事を考える余裕をなくし、いつの間にか魔女に対してタメ口になっていた。

 とは言え、状況は何も変わってはいない。このまま逃げているだけでは、やがてアサヒはトリに殺されてしまうだろう。


「くそっ! どけフェル! 光の鎖!」

「うふふ、あたし達はあたし達でこの戦いを楽しみましょう! 闇の蛇!」


 シエラとフェルの戦いも膠着状態のまま、決着は簡単に付きそうになかった。シエラが光で鎖を出せば、フェルが闇の蛇でそれを打ち消す。

 2人は正反対の魔法を同時に発動して、お互いに力を打ち消し合っていた。


「アサヒ、こうなったら君がやるんだ! マスターを元に戻せ!」

「そんな魔法、まだ教えてもらってな……」

「君の心が思い出す! 集中しろ! 腹を括れ! 君なら出来るはずだ! 君を見出したマスターを信じろ!」


 シエラの激励が心に響いたアサヒは逃げから一転、襲いかかるトリに真剣に向かいあった。


「オマエヲオオオ コロス!」

「師匠、今から俺があなたを救います!」

「イーヒッヒッヒ! 無駄じゃ無駄じゃあ!」


 彼の無謀の挑戦を魔女はあざ笑う。アサヒは待った。師匠を戻す魔法が降りてくるのを。その間にも恐怖が彼を襲う。クリーチャーと化したトリのくちばしがアサヒに迫った。


「た、盾よ我を守れ!」


 アサヒが使ったのはトリを戻す魔法ではなく、自身の身を守る盾魔法。焦って発動した魔法は簡単に破壊されたものの、そこでトリが正気を取り戻した。


「ア、アサヒ……ボクを殺すホ。ボクはもう戻れないホ」

「師匠を殺すなんて出来ねえよ!」

「イヒヒ、コロシアエー!」

「うっせえ!」


 魔女の挑発でキレたアサヒはここで突然膨大な魔法知識を知覚する。次の瞬間、彼の意識は飛んでいた。そうして溢れ出す膨大なエネルギー。それは魔女の城全体を包み込んで行く。


「な、何じゃこの力は……」

「アビル様、一旦引きましょう」


 彼が引き出した巨大な力は魔女の城を完全に破壊。その影響なのか、クリーチャーだったトリも元の姿に戻っていた。

 この大仕事をやり遂げたアサヒは力を使い果たし、その場に倒れてしまう。


 フェルと魔女アビルはギリギリで城を去り、倒す事は出来なかった。けれど、当初の目的は無事に達成する。倒れたアサヒはシエラによってトリの家まで運ばれた。


「あれ……?」

「やっと目覚めたかホ」


 アサヒが気が付くとそこは自室で、じいっとトリに見つめられていた。彼はびっくりして飛び起きる。


「うわあー!」

「どうしたホ?」

「師匠、俺、変な夢を……魔女の魔法少女が襲ってきて師匠が連れ去られて、最後は魔女の城で……ううっ」


 そこまで話すとアサヒは頭を抱える。どうやら力を開放した時の後遺症がまだ残っているらしい。

 トリは、彼が今までの出来事を夢だと思い込んでいる事に呆れ果てた。


「それは全部本当の事だホ。シエラがお前を家に運んだんだホ」

「あ、シエラ先輩は?」

「とっくに帰っていったホ。彼女もプロの魔法少女として忙しい身なんだホ」

「そう……ですか。お礼も言えなかったな……」


 トリの話を聞いたアサヒは、窓の外を見てため息を吐き出す。トリはそんな弟子を何も言わずに優しく見守っていた。

 その後、無事に回復したアサヒは師匠の前で魔法を披露する事に――。


「あの力を再現出来れば、俺はもう一人前なんですよね」

「勿論だホ。やって見るホ」


 けれど、どれだけ気合を入れてみても、彼があの力を再現する事は出来なかった。


「あれ? あれれ?」

「やっぱりあの時のアレはマグレだったホね。期待して損したホ。あ~あ、やっぱりはアサヒは4年に一度の才能ホ」

「それを言うなら四年に1人の才能だぁ~!」

「きっとあの魔法も四年に一度しか使えないんだホ」


 トリはそう言い切るとにやりと笑う。からかわれたと気付いたアサヒが師匠を追いかけるものの、1枚も2枚も上手のトリが捕まる事はなかった。



 ――これは、魔法少年アサヒが魔女を倒して世界を平和に導く5年程前の物語。

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