第3話 アサヒの見た悪夢
今日もアサヒは魔法生物トリの指導の元、厳しい魔法の修行に励んでいた。丸っこいぬいぐるみのような見た目に反して、実はかなりのスパルタなのだ。
「さあ、教えた通りにやってみるホ!」
「火の精霊よ、杖に宿れ!」
アサヒは教えられた通りに精神を集中させ、契約した精霊に訴えかける。彼が構えた杖の先からは、ロウソクの炎のような小さな火の玉がポワンと浮かんだ。
「それ、なんだホ? やる気あるのかホ?」
「え……?」
自信のない時に必要な指導は相手を肯定する事なのに、トリはその正反対のドS指導を行う。当然、アサヒも戸惑い、自分の正当性を主張した。
「やる気はあるよっ!」
「形にならない頑張りなど意味ないホ! また基礎練からやり直しホ!」
「ちょ、今度こそ本気出すから!」
魔法の基礎練を嫌がった彼は気合を入れまくる。元々筋がいいのもあって、この時アサヒは異常に集中してしまっていた。
「火の精霊、我にその力のありったけを……っ!」
この思いを受け取った精霊が杖に力を集め始める。それによってエネルギーの塊が高温のプラズマの形を取り始めた。こうして、以前魔女の城を破壊した時には及ばないものの、かなりのエネルギーが彼の構える杖に集まる事になり――結果、大爆発を起こす。
トリの家の隣に併設されていた魔法修行小屋は、この一回の暴走で完全に瓦礫の山と化したのだった。
当然、この結果にトリはおかんむり。やらかして呆然とする彼に向かって、激しい雷を落とすのだった。
「やりすぎホ! 力の調整、テキストの該当箇所をよく読んで復習するホ! 明日テストするから赤点だったらお仕置きホ!」
「うへぇ~」
修行小屋が物理的になくなってしまったので、しばらくは座学での魔法の勉強になる。アサヒはこのスタイルがとても苦手だった。
とは言え、実践練習も出来ないため、仕方なく自室に戻るとトリが書いた魔法少女の用のテキストを開く。
「大体、俺は男なんだ。女用のやり方をしたってうまく行くはずがないんだよ……」
彼はブツブツと文句を言いながら、言われた通りに力の調節の項目を読み込んだ。そうしてイメージトレーニングを試みる。
けれど、どれだけ想像力を働かせても仮想は仮想。結局、テキストを読み込んだだけでは全く手応えを掴めないまま、1日は更けていくのだった。
翌日、トリからテスト用紙を渡された彼は頑張って空欄を埋める。自己採点ではいい感じだったものの、戻ってきた答案用紙に書かれていた点数は35点。トリの顔に青筋が浮かんでしまうのも仕方のない成績だった。
「おしおきだホ~ッ!」
「とほほ……」
お仕置きの内容はひたすらの基礎練。トリ
この話を聞いたアサヒは、すぐにカレンダーを確認してある事実に気が付いた。
「一週間って、最後の日はお祭りじゃん。楽しみにしてたのに!」
「終わるまでは外出禁止ホ! 自分の未熟さが招いた結果ホ!」
「そんなぁ~」
何を言っても全く譲歩されないまま、彼のお仕置きの日々は始まった。常に魔法で監視されているため、サボる事は出来ない。そのため、真面目に練習をする日々は続いていく。
そのお仕置きの最終日、それは地元でお祭りが行われる日。この日、トリは用事があって朝から家を空ける。トリがいないので今日は魔法の監視もない。となると、真面目にお仕置きに従う必要もないと言う事で、アサヒは自室のベッドにゴロンと寝転がった。
「用事って言いながら、きっと1人お祭りを楽しんでるんだ……ちぇっ」
彼はそのまま二度寝を決め込む。連日の修行で疲れの溜まっていた彼は、そのまま泥のように深い眠りに落ちていった――。
アサヒが二度寝に突入して2時間後、家に先輩魔法少女のシエラがやってきた。彼女もこの家で修行していたため、呼び鈴も鳴らさずに勝手に家の中に入り込む。
「こんちゃー。マスターいますー?」
家の中をキョロキョロと見回していたシエラはトリがいない事を確認すると、後輩の様子を確認しようと部屋を訪れた。一応アサヒも鍵をかけてはいたものの、一流魔法少女に簡単に解錠される。
「あ、寝てる。こりゃ修行をサボってんな」
安心しきってぐっすり眠っている後輩の顔を見た彼女はニヒヒといやらしい笑みを浮かべ、ステッキを具現化させる。そうして眠る彼に軽く魔法をかけて、そうっと部屋を出ていった。
「マスターいないようだから帰りまーす」
シエラはトリの部屋にあった伝言水晶にメッセージを残すと、家を後にする。
その頃、トリはお祭りに遊びに行って――ではなく、魔法生物会議に出席していた。議長のヘビの魔法生物、ナロンのもとで、それぞれの魔法生物が現状報告を続ける。会議に集まったのは12体の魔法生物。ネズミやうさぎなどの姿の彼らはみんなぬいぐるみのような可愛らしい外見をしていた。
全員からの報告を聞いたナロンは、うんうんと深くうなずく。
「みんなそれぞれに使命に邁進しているようで何よりだ。今後も頑張ってくれ給えよ」
「それでは次の議題……」
司会進行のうさぎの魔法生物カーディの仕切りで会議は続く。魔法生物の抱える問題は多く、今回の会議も長引きそうだった。トリは頬杖を付きながら、交わされる会話を右から左に受け流していく。
一方、自室のベッドで至福の時を過ごしていたアサヒは、不思議な夢を見ていた。その夢の中の舞台はやたらと賑やかで、多くの人の行き交う賑やか場所。人々はみんなコスプレのような派手でおかしな衣装を着ており、誰もアサヒの存在を気にも止めていなかった。
彼が軽い疎外感を覚えながら歩いていると、お立ち台のような場所に立ったピエロに目が留まる。道化師は軽く踊って笑いを誘った後に、勢いよく右手を上げた。
「今日は最高のお祭りだ! 存分に楽しんでくれよっ!」
その瞬間に上がる無数の花火。爆音と供にお祭り会場がきらびやかに浮かび上がった。そこで分かったのは、会場の外周を取り囲むようなジェットコースターに各種アトラクション。それと、何を表しているのかよく分からなモチーフの各種パビリオン。その全てが悪趣味なセンスでデコレーションされていた。
人々はノリノリで楽しんでいるし、謎のダンスミュージックっぽい音楽が常に鳴り響いているしでアサヒは混乱する。
「な、何だこれ……」
最初こそこのノリについていけなかったものの、次第にこの雰囲気に慣れてきた彼は、一番近くにあったお化け屋敷のような小屋に入ってみた。
入った途端に大きな岩が至近距離に落ちてきて、アサヒはビビる。
「な、何だこれぇ~っ!」
その後も様々なアトラクションに挑むものの、感電しそうになったり、食べ物が超辛かったり、丸焦げになりかけたりと、ろくな目にあわなかった。
最後には謎の大男に追いかけられて、彼は死にものぐるいで会場内を逃げまくる。
「どこが最高の祭りなんだよォ~!」
アサヒが大男に捕まりかけたその時、この会場の上空に魔女が現れた。彼女はそこから何体ものゾンビを落としていく。
「ヒッヒッヒ。みんな死ね」
魔女の乱入に会場はパニックになった。これもお祭りの仕込みかと思ったら、純粋なアクシデントだったのだ。
魔女の落としたゾンビは次々に人を襲いまくり、あっと言う間に仲間を増やしていく。当然ながら、もうそこに楽しい雰囲気はどこにもない。完全な悪夢の光景が再現されていた。
「精霊よ~っ!」
この異常事態にアサヒは魔法を駆使。会場に増え続けるゾンビを次々に燃やし始めた。元は人間だからって一切の躊躇はしない。夢の中では普通に魔法が使え、彼は調子よくゾンビを燃やし続ける。
燃やされたゾンビは痛がりもせずに燃え尽きるまで歩き続け、次々にパビリオンを燃やしていく。そのため、お祭り会場は一面の火の海になった。
この炎に当てられたのか、人々はマスクをかぶり踊り狂い始める。ゾンビもいつの間にかその環の中に入り、独自のダンスを披露していた。
この頃のアサヒの攻撃対象は、全ての元凶となった魔女に移る。狙いを定めて上空に向かって魔法弾を発射。
けれど、魔法のホウキに乗った魔女はすばしっこくて一発も当てられない。
「くそっ! 何で当てられねーんだよっ!」
あまりの当たらなさに彼が苛ついていると、背後から近付いてきたピエロに羽交い締めにされてしまう。
「な、何?」
「いたずらっ子は蝋人形にしちゃうからねぇ~」
こうして、アサヒは蝋人形になってしまった。
「イ~ヒッヒッヒ。楽しいお祭りだねぇ。実に楽しいぞ~」
混沌とした世界で魔女の邪悪な笑い声が響く。蝋人形にされた彼は、何も出来ないままこのイカれた世界で闇に蝕まれていった――。
「うわああ!」
「やっと起きたホね。ずっとうなされていたホ」
アサヒが勢いよく起き上がると、ずっと見守っていたらしいトリにあきれられる。強烈な夢だっただけに、彼はすぐには現実に戻ってこれず、顔をキョロキョロと左右に振った。
「あれ? 戻ってきた?」
「シエラのいたずらホ……」
そう、アサヒがイカれた夢を見たのはシエラの魔法だったのだ。ようやくからくりが分かって安心した彼に、今度はヒドい疲労感が襲ってくる。
「あれ? 何かすごくだるい……」
「シエラの夢魔法はかけた相手の魔法力を反転させて体力を奪うものだホ。今回は軽くかかっただけみたいだけど、それでもかなり効いたみたいホね」
「うう、先輩ヒドいや……」
アサヒが先輩の仕打ちに嘆いていると、トリは大きなため息を吐き出した。
「アサヒが修行をサボっていたのが悪いんだホ。真面目にしてたらお祭りに連れて行こうと思ってたけど、今日は無理そうだホね……」
「そんな~」
その後、アサヒは2日間、今度は悪夢を見る事なく深く眠り続ける。起きた後は身心供にスッキリ回復していたものの、楽しみにしていたお祭りに行けなかった事が、彼の心の中で深い後悔として刻まれたのだった。
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