魔法少年アサヒ

にゃべ♪

第1話 魔法を修行中の少年

 闇の魔女が世界支配を企む世界で、その企みに気付いた魔法生物が素質のある少女を魔法少女に育て魔女と戦っていた。戦況はほぼ互角だったものの、やがて魔女側が不利になってくると魔女も方針を転換、魔法少女に対する闇の魔法少女を育てる作戦に出る。

 こうして戦いは魔法少女対魔法少女となり、状況はますます混沌となった。数々の一流魔法少女を育てたフクロウに似た魔法生物であるトリは、また新たな有望株を見つけ、その育成に励むのだった――。



「なぁ師匠ぉ~。いつまで基礎練やりゃあいんだよ」

「その魔法が完璧に身につくまでホ。アサヒはまだ成功率が低いホ」

「や、もう8割は成功してるんだぜ? 十分だろ」

「100%にならないと次には進まないホ! 新しい魔法が使いたかったら乗り越えるホ!」


 トリが今みっちりマンツーマンで鍛えているのは少女――ではなく、13歳の少年だ。魔法を使える男子はこの世界でもレアで、そこにトリは希望を見出したのだ。

 魔法を使える少年、魔法少年となった彼の名はアサヒ。魔女によって両親は殺され、母親の因子を強く受け継いだ彼に魔法の才能が宿ったのだ。


 アサヒが自身の魔法をマスター出来れば、きっと魔女を倒す事が出来るはずだとトリは考え、孤児となった彼を密かに育て、鍛えていた。アサヒもまたトリを第二の親、師匠と認識し、両親を倒した魔女への復讐に燃えていた。


「はぁ、もうちょっと使い物になるかと思ってたのにホ……」

「何だよ師匠。俺に400年に1人の天才だって言ったのは師匠じゃねぇか」

「400年どころか、アサヒは4年に1人の才能だったホ」

「100分の1!」


 トリの辛辣な評価に、アサヒは分かりやすく落胆する。がっくりうなだれている弟子を横目に、トリは外の世界の不穏な気配を感じ取っていた。


「早くアサヒを一人前にしなければ、世界は魔女の手に落ちてしまうホ……」


 魔女と魔法少女のパワーバランスは微妙な均衡を保っている。少しでもどちらかに有利な現象が起これば、それだけで戦況は一変してしまうだろう。

 だからこそ、トリは自分の育てる少年を早く使い物にしようと焦っていた。


 そんな修業の日々の中、トリが少し目を離した隙にアサヒはいつもの修行とは違う呪文を口にする。


「うりゃああ~っ! 神魔のはざまの混沌よ! 我の声を聞き届けよ~っ!」

「そ、それはまだアサヒには早いホ!」

「師匠、俺、このくらいの事はよゆうわあああ~っ!」


 彼の唱えた呪文は制御に失敗して大爆発。魔女に見つからないようにトリがかけていたステルス結界に傷をつけてしまう。


「たはは、師匠の言う通りだったわ」


 爆風の中、髪をアフロにしたアサヒは笑う。トリは呆れ果てるものの、失敗したとは言え、混沌の力を引き出せた事には感心していた。


「もう自分の身の丈に合わない魔法は使っちゃだめホ。基礎さえ身につければ……」

「ふーん、そいつがあたしらに対する切り札なのね」

「だ、誰だっ!」


 アサヒは突然の侵入者に声を荒げる。今までこの結界に他人が勝手にやって来る事はなかったからだ。


「ふふ、あたしの名はフェル。魔女によって作られた第一の魔法少女。そう言えば、そこのトリは意味が分かるわよねぇ?」

「アサヒ、逃げるホ!」

「はぁ? 俺は戦うぜ! こいつが魔女の手先なら!」

「今のお前では勝てないと言ってるホッ!」


 突然大声で叫ばれたアサヒはショックを受ける。今まで叱られる事はあっても、強く否定される事はなかったからだ。

 ただ、反抗期の少年がその言葉を素直に受け入れるはずもない。相手が自分の両親の敵に連なる者ならなおさらだ。


「勝てないって……やってみなきゃ分かんないだろ!」

「相手は別格ホ! 魔法感度を上げれば……」

「それくらい分かってるよ! でも何もせずに逃げ出すとか出来ねぇ!」

「フフ、安心しな少年。あたしの目的はあんたじゃない……」


 フェルは意味ありげに手をかざすと、ステッキを具現化する。ステッキを手にした彼女は軽く一振りした。


「ラ・ル・レビド」


 その瞬間に発生した無数の氷の刃がトリとアサヒに迫る。迫りくる危機を前に、彼は反射的に呪文を唱えた。


「盾よ守れ! テイラ!」


 アサヒを中心に発生した魔法の防御壁は、彼女の氷攻撃を凌ぐ。しかし守れたのはほんの一瞬で、すぐに魔法壁は砕け散ってしまった。


「くうっ」

「あらあら、繊細な壁だこと。今度はもうちょっと本気を出したげる!」


 フェルは詠唱を破棄して、いきなり火の玉を連続してステッキの先から発射する。この予備動作なしの攻撃にアサヒは全く対応出来ず、そのまま呆気なく吹っ飛んだ。


「うぐあああっ!」

「魔法は魔法少女が一番うまく扱えるんだよ。身の程を知りな」

「アサヒーッ!」

「さて、じゃあ一緒に来てもらうわヨン」


 彼女はひょいとトリを掴むと拘束魔法をかける。こうして身動きの取れなくなった魔法生物は、そのままあっさりと連れ去られてしまった。

 フェルの魔法にふっとばされたアサヒは体を動かせず、その様子をただ目に焼き付ける事しか出来ない。


「ししょおおーっ!」


 こうして急襲の魔法少女も去り、後に残されたのは静寂の気配。体調が回復して動けるようになった彼は、師匠を取り戻すための旅に出る。

 フェルの魔法の気配は独特のものだったので、その残り香を追いかけるだけで追いつけるはずだった。


「あ、あれ?」


 犬のように黙々と気配を辿っていたアサヒは、初めて訪れた街の空き地で立ち止まる。そこで気配が途絶えていたからだ。どうやらフェルは、こうなる事を予想して最初から罠を仕掛けていたらしい。

 いきなり手がかりを失った彼は、途方に暮れて天を仰ぐ。


「何てこった……あれ?」


 空を見上げていたアサヒの目に何かが映る。やがてそれはハッキリした人影になって彼の前に降り立った。それは魔女側でない方の魔法少女だ。服装でそれはひと目で分かる。魔女側の魔法少女の衣装は悪趣味で、魔法生物が力を与えた魔法少女の衣装は可愛いのだ。

 そんなひらひら衣装の魔法少女は、アサヒを見るなり意味ありげに笑う。


「へぇ、君が今のマスターの弟子かぁ……」

「だ、誰?」

「私はあなたの先輩。マスターが狙われているのを察知して阻止しようと思ったんだけど……。残念、間に合わなかったみたいね」


 彼女の名前はシエラ。トリがアサヒに出会う前に育てた魔法少女らしい。アサヒの目からは、頼りになるおねーさんのように映っていた。

 この魅力的な先輩を目にした彼は、ひとかけらの勇気を振り絞る。


「先輩、俺に力を貸してくれ!」

「うん、私もそのつもり。よろしくね、後輩」


 フェルの行き先はシエラが知っているらしく、アサヒは黙ってついていく事にした。辿り着いたのはこの辺り一帯を仕切る魔女の城。城の前まで無事に辿り着いた2人は、お互いに顔を見合わせてうなずき合う。

 そうして、これからの作戦をシエラと打ち合わせしていたところで、彼は表情を曇らせた。


「俺、上手くやれるかな……」

「マスターが選んだって事は君には素質があるんだよ。大丈夫、自分の力を信じな」

「そ、そうかな」


 先輩に褒められたアサヒは顔をにやけさせる。その顔を横目に、シエルの目が本気モードに変わった。


「ま、使い物にならなくても、弾除けくらいにはなってよね。じゃ、行くよ!」

「ちょ、まっ……」


 彼がその言葉にショックを受ける間もなく、シエラは城に特攻をかける。この城の警備には魔女側の魔法少女が多数配備されていたものの、彼女はそれを難なく倒していった。


「ほら、何してるの? 行くよ!」

「お、おう!」


 シエラに急かされてアサヒも急いで後に続く。彼女の通った後はまるで戦争が起こった後のような有様で、その圧倒的な実力差の前にアサヒはすっかり自信をなくしていた。


「早く、こっち。ここが魔女のいる魔女の部屋だよ。ここにマスターがいるはず」

「あの……シエラさん1人で良かったんじゃ?」

「ここには間違いなくあのフェルがいるでしょ。私はあいつを抑えなきゃだから」

「えっと、それはまさか……」


 魔女の部屋には、その名の通り魔女がいる……はず。シエラはその魔女の相手をアサヒにさせようとしていたのだ。

 魔法少女の天敵である魔女。半人前の魔法少年に果たして相手が出来るのかどうか――。当然のように彼は顔を青ざめさせていた。


「大丈夫。私が派手に戦って魔女も惹きつけるから、その間にマスターを開放して。出来るよね?」

「う……うん、分かった」

「よし、行こう!」

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