後日談 ジョルジュ男爵編


「バァックション!うぃ~…」


とくしゃみを放ちつつ、執務室で町のギルドマスター達と来週に近づいた今年の競馬シーズンの到来に向けての会議をしていのだが、ここ数年は、町の代官なのか競馬の興行主なのか解らない生活を送っている…


商業ギルドマスターのマイトが、


「ジョルジュ様、お風邪でも?」


と心配してくれるので、私は、


「いや、少し寒気がしただけだ…」


というと、マイトは、


「春とはいえ、まだですものね…」


と、ここ数年で全軍撤退した様な私の頭の生え際をチラチラ見ながら、私の体を気遣ってくれている…


人前で話すのが苦手なのに、春から秋口まで毎月の様に年々増える観客に向けて競馬場で、やれ新馬戦だの、やれ牝馬特別戦だのとレースの度にスピーチをさせられて、精神的にヤられたからこその名誉の負傷みたいなものである私の後方に前線を全力で後退させた髪を弄らないであげて欲しい…


サイラスの町にはここ数年で多くの牧場が他の町から越してきたり、大手の牧場の次男が開業したりして、馬の生産が盛んとなり、競馬場で成績を残したオスは春から夏の間に種付けをするためにかなりの金が動くらしく、みな競走馬の育成に必死で、遠くから運んでレースに挑むよりも、地元のサイラスで牧場を開き、優秀な種馬についての情報の共有や、掛け合わせについての研究がはじまっている。


中には、メスの馬を自分の領地の牧場から連れてきて、レースをさせて箔を付け後に優秀なオスの種を仕込み帰る貴族まで現れており、競馬というギャンブルは、貴族の趣味…というか、名馬を持つというステータスに、『レースに勝った馬』という新たなブランドをつくり、その名誉を目指して金持ち達は必死になり、庶民はその馬が走るレースで一喜一憂しているのだ。


我が競馬場には3つの大きな大会があり、鉄製のソリを繋ぎ起伏のある直線で競うジャルダン杯と、短距離を競うジョルジュ杯、最後は長距離を競うユーノス杯である。


ジャルダン杯はキース君の愛馬バーン号の血を引く馬が初代チャンピオンとなり会議の結果、正式にジャルダン杯と名前をつけた。


短距離のジョルジュ杯は、キース君が居なくなった後も何かとホークス準男爵とやり取りする為に早馬を集めて、現キース村との連絡に使っていた為に、早い馬を集める私の名前から付いたのだが…恥ずかしい…

そして、長距離は、ナナムルまでの長距離移動でも疲れずに走りきる早い馬を探す名目でユーノス杯と名付けたのだが、牧場主も貴族も、ジャルダン杯か、ユーノス杯を目指しており、ジョルジュ杯は中でも不人気であるのが、更に晒し者みたいで恥ずかしいのだ。


それから錬金ギルドからは今年の優勝馬の馬主に渡す記念のトロフィーなどのサンプルが並べられ、今年は馬のステンドグラス風の楯を贈る事にした。


秋の大きな大会は楯が贈られるが、予選大会等は、賞状だけであるが、そちらは牧場主のステータスとして牧場の応接室等に飾られているらしい、賞状も馬を趣味にする貴族は欲しがるかもしれないが、優勝の楯の様な、あんな素晴らしい物だったら私の部屋にも飾りたいから、自慢したい貴族などは必死になり競馬に挑むだろう…

などと会議をしていると、騎士団の者が、


「会議中失礼いたします。」


と言って、私に耳打ちをしたのだが、それは騎士団の念話網で、


『辺境伯様と先代のワーグ様が5日後に到着するので何処にも行かずに屋敷にいろ』


という連絡だった。


私はウキウキしながら会議中の各ギルド関係者達に、


「ようやく先代辺境伯ワーグ様が北部の復興を一段落させてお見えになる。

前々から言っていた様に、辺境伯様を競馬の虜にさせてケツ毛までむしり取って、サイラスの町のギルドからも多くの人間がダンジョン都市に移り住み、手薄になったサイラスに、キース君が考えて始めた事業を丸投げした罪を解らせててやる!!

見ていろよワーグ様…いくら同級生と言えど、このジョルジュ、いっぺんワーグ様をヒィヒィ言わせないと気が済まないのだ!!」


と、皆の前で熱く語るのだった。



そして、5日後…


「ヒィ~、ご冗談を…」


と自分の屋敷でワーグ様にヒィヒィ言わされている私がいた…


辺境伯になられたエルグ様を連れて来たので親子で明日から始まる競馬を見に来たのだとばかり思っていたのだが、


「キース君の伯爵位なんてもらったらバチが当たりますよ…」


と泣いて懇願する私に、辺境伯様親子は、


「誰にも与えずに宙ぶらりんのままの方がバチが当たるから…」


というのだが、本当に勘弁して欲しい…そんな事されたら禿げてしまう。


数年振りとなるワーグ様は、私の頭を見てプスプスと肩を揺らしているし…なんだよ!あの野郎はテカテカと若々しい顔になりやがって!!

さぞや隠居して中央で気楽に過ごしておられるのでしょうね!!!


『ねぇ~、だからそんなのも許してあげるから、勘弁してくれよ…』


と願うも、聞き届けられる事はなく、どうやら私は今年の夏には伯爵となるらしい…



その夜、幼なじみのワーグとして奴と酒を酌み交わしたのだが、彼もなかなか苦労しているらしく、


「息子達のせいで目立つ事になってすまない…」


と頭を下げてくれたので、許す事にしたのだが、先ほどの会話で私が、


「ワーグ様は第一線を退かれて、北部の復興の手助けをされておりますのに、私はまだまだ…ジャニスをそろそろ王都の屋敷の留守居役からサイラスに戻してくれませんか?」


と頼んだのにワーグの奴ときたら、


「そなたはまだまだ第一線で働いて欲しい…一線を退くのはそなたの髪だけで良いと…」


野郎…


『昔からデリカシーの無いところがあるぞ!!』


と、腹を立てなから、さっきのセリフは許さずに、いつかヒィヒィ言わせる事を誓った。



翌日の今年初のレースの日…


昨日のやけ酒が残っていたのか普段より緊張することなく、スラスラとスピーチを終わらせ、あとはワーグの奴がスッテンテンになるのを楽しみにしていたのだが、奴は昔から運が良い事を忘れていた…七番人気の中央貴族の町からワザワザ旅をしてきたアリアという奥様と同じ名前の不人気の馬に親子共々大金を突っ込み、


『しめしめ…』


と思っていたのだが、レースはアリア号のぶっちぎりの勝利で会場はタメ息の大合唱になったのに、辺境伯親子はホクホク顔で、ワーグ様は王都へ、辺境伯様はナナムルへと


「夏にはナナムルにて式典を行うので…」


との言葉を残して帰って行かれた。


『忘れていた…出世が有ったんだ…』


と項垂れる私は、キース村から手伝いに来ている村人に、


「明後日辺りに会議を持ちたいからホークス殿に屋敷まで来て下さいとお伝え下さい」


と伝言を頼み、とりあえず明日は休むと決めて妻の待つ屋敷へと戻る事にした。


『あぁ、今後を考えるとまた禿げそうだ…』

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