後日談 ユーノス辺境伯編3


ニンファの町の高台まで馬車を進めると次男ジーグが小走りで屋敷から出てきて、


「父上、急にどうされたました?!」


と馬車に駆け寄り慌てている。


何を焦っているのやら…と思いながら、とりあえず馬車を降りた私は、この町で息子より逢いたい人物の姿を探すが、息子に続いて出てくる気配が無い…


「おや?ノルンの姿が見えぬな…」


と、孫娘の姿を探しながらジーグに質問すると、息子はビクンとして、


「そ、そ、そ…それが…」


と焦りながらも話し出したその内容は、孫娘のノルンは学校を卒業して王都から嫁共々帰って来てくれたらしいが、ジーグの束縛が強く、大喧嘩の末にノルンはニンファから出ていってしまったのだとか…


『情けない…』


嫁も孫娘のノルンについて一緒に出て行ったとジーグは涙ながらに語ったのだが、その涙はもっぱらノルンが出ていった事への涙であった。


『そんなんだから嫁が出ていくのだ…』


と呆れながらジーグを見てタメ息をつくしかなかった。


流石に孫娘が出ていった先が気になりジーグに聞けば、二人は普段はナナムルの城に住んでいるらしくホッとした私だが、ジーグは、


「ナナムルから馬車で婚約者に逢いに行ってるんだぁぁぁぁぁぁ…あぁぁぁ!ノルンちゃぁぁぁぁん!!」


と騒ぎ出す。


私は頭痛がしてきたが、この情けない男を産み出した責任を感じつつ、


『ノルンに早く嫁に行ってしまう様に伝えよう…

流石に嫁に行けばこの親バカ…いや、バカ親も諦めて仕事に集中する…はず…たぶん…』


と、私の足にすがりつきながら娘の名前を呼び続けている気色の悪い息子に、


「しっかりせい!」


と渇を入れて、母であるアリアの事などを伝えたのだが、ジーグは半分魂の抜けた様になっており、聞いているのやら、いないのやら…

私は流石にイライラしてしまい最後に、


「こんなみっともない姿をキース君に見せれるのか?!

彼は先の見えない大事業を神から与えられ、日々努力しておるのだぞ!!」


と叱ると、あのバカ親のジーグも堪えたのか少しはキリリとして、


「キース君…」


とだけ呟いたかと思えば、


「父上、お見送りはいたしませんがどうかお気をつけて」


と書類の山に向かい仕事を始めた。


ジーグの執事が屋敷の玄関まで送ってくれ、半年ほど前に娘と嫁が出て行ってから使い物にならない状態だったらしく、


「流石はワーグ様…」


と頭を下げられたのだが、恥ずかしさでその執事に、


「こちらこそ、あんな息子を支えてもらって、すまなかった…」


と頭を下げてから逃げる様にニンファの町を出た。


ニンファから一時間程で、領都ナナムルに到着したのだが、何だか前より少し寂れた気がする…

いや、ナナムルの町は特に変わっていないのだろうが、私が今では王都を拠点にして、ダンジョン都市やニンファという勢いの有る町を見て来たからだろう。


馬車は門をくぐり城へと到着すると、門兵から連絡の入った長男達が城の前で出迎えてくれた。


長男のエルグ…いや、現ユーノス辺境伯が自ら出迎えてくれたのだが、こちらはこちらで馬車から降りる私の後方を覗き込み、


「あれ?母上は??」


と…私は少し呆れながら、エルグに、


「アリアはダンジョン都市だよ」


と告げると、あからさまに残念そうな顔をして、


「父上、ようこそ…」


と、感情のない出迎えの挨拶をして城へ入って行った…


私の息子はこんなのしか居ないのか!?…そうなると、嫁に出した娘も少し心配になってくるが、それよりも私は出迎えの中にいる孫娘を見つけて、


「おぉ、ノルン!こちらに居ったか?!」


と孫娘との再会を喜び、その母へと謝罪を伝えた。


ノルンは在学中にとある男子学生と恋に落ちて婚約をしたのだが、その時もジーグがゴネて大変だったのを私と妻のアリアも間に入り、何とかその男子学生との婚約が済んだあとも、あのバカ息子は、ノルンが逢いに行く事を制限しようとしたり、相手の子爵家の次男の青年はニンファに婿に来る事も提案してくれたらしいのだが、バカ息子はそれも拒否して、これ以上先方との関係性が壊れる事を案じたからこその家出らしい…


『何とも情けない…』


その後に、アリアが居ない事を知り何ともヤル気の無い長男と、特にノルンの事について話し合ったのだが、エルグは、


「先方の子爵家次男のラック君にウチの任命権で爵位でもあげて、ノルンちゃんと独立した貴族家にすれば簡単なんだけど…」


と言って、興味があまり無さそうながらも案を提示してくる…


『仕事は出来るのだがな…ウチの息子達は…』


と思いながらも、私は


「任命権のある爵位は?」


とエルグに聞くと、


「騎士爵と、扱いに困る伯爵だけです。」


と言っていた。


この国では、騎士爵位は一代限りの名誉爵位のようなもので、腕っぷしが無いと出世も出来ずに、代替わりと同時に平民に戻る。

かと言って、この伯爵位はキース君の浮いた爵位を戦争でのキース君の手柄の1つとして我が辺境伯家に任命権を賜ったという、つまり、


『聖人が神の使徒となり浮いた伯爵位』


という何とも扱い辛い物なのである。


派閥の中からは、発展目覚ましいニンファの町の責任者としてジーグに伯爵位を…との声も有ったが、あやつはキース君が居たからたまたま発展した町を任せてもらっただけで、ジーグの手柄では無いので力不足だと保留にしたまま今に至るのだが…私がエルグに、


「では、他の貴族を出世させて浮いた爵位を渡せば良いが…誰かおらんか?」


と問うと、エルグは呆れながら、


「父上…戦で手柄を上げたのなんて、ウチではダイムラー将軍が敵国に乗り込む先頭を勤めたぐらいですよ。

あとは、キース君の一人舞台で、町に籠城した敵兵を数千人単位で無力化して、殆ど一人で戦争を終わらせたし…

ダイムラー将軍家は既に伯爵で、王城でベッキー様を守ったダイムラー家の次男のベント君は騎士爵以外は要らないと…」


とボヤいている。


私は新たな頭痛の種に嫌気がさしながらも、


「キース君の爵位ならば、キース君の偉業を引き継ぐ誰かに伯爵位を与えるべきだが、我が家の家庭教師だったホークス殿が、ジャルダン村…いや今はキース村だったな…あの村を治めているが、準男爵からいきなり伯爵は…

それに、子爵の次男に準男爵というのも…男爵ぐらいの丁度良い…」


と言った所で、私もエルグも、


「あっ!」


っと声をあげて極度のアガリ症で、前に出るのが苦手な男爵が一人我辺境伯領に居る事を思い出したのだった。


キース君の事を彼が冒険者の頃から見守り、手伝い…

我が辺境伯派閥…いや、この王国…いやいや、この世界すら救った偉業を支えた男が居た事を私達はすっかり忘れてしまっていた様だ…


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