後日談 ユーノス辺境伯編1


息子の様に可愛がっていたキース君が、貴族をやめ、人でもなくなり、本当の意味で神の使徒として我が国の恥とも云うべき男が巻き起こした戦争を犠牲を払い終わらせてくれたあの日、我々辺境伯軍は後の事は国王陛下にお任せして、ザムドール王国をそのまま目指し、ザムドール王家と直接終戦に向けての話し合いを設ける腹積もりでいる。


ダイムラー伯爵も、息子と娘を同時に奪われた様なものであり、実際に二人はまだこの世には居るが、流れる時間も違う別の存在になってしまった事の落とし前を自分も含めてつける為に共に北へと進軍してくれた。


愚かな戦争を繰り返した国境の町は、我がシルフィード側も敵国ザムドール側も悲惨な状態であり、ようやく人々の暮らす町に着くと、進軍して来た我々を見て領主が、


「私の命ひとつで町の者は見逃してくれと懇願する…」


何を今更…と、ここまでの町や村を見て思う反面、戦地の側の町はいつ来るか解らない敵国の軍に怯えて何年も暮らしていたのだろうと、辺境伯領という戦地から最も遠い領地だった自分には解らない苦労を思い、気の毒にも思えた。


その町の領主に、終戦に向けての話し合いとザムドール王家を騙して私利私欲の為に戦争を仕掛けていたザムドール側の首謀者を捕獲しているので、ただちに報告してザムドール王国としの考えを聞かせて欲しいと伝言を頼んだ。


『馬鹿なヤツ等が欲張ったせいで奪われたモノが多すぎる…

あぁ、アリアよ…私は何と言ってこの事を伝えれば良い…我々が失ったものは大きくて、悲しい…』



などと悩んでいた終戦間近が嘘のようである。


泣きわめく事を覚悟して、妻のアリアにキース君の事を話したら、


「旦那様、そろそろ息子にあとを譲ってキース君の町で暮らしませんか?」


などとアッケラカンと答える妻に、


「いや、キース君は人では無い神の…」


と説明すると妻は、


「それの何処が問題ですの?」


と言われて、初めて私はその事を気楽に考えると…特に問題はなかった。


息子の様なキース君が長生きである…

それは息子より先に死ぬ我々には全く意味の無い事であった。


しかし、私もシルフィード王国最大派閥の長…ザムドールとの和平交渉が全ておわり、両国に平和の種が蒔かれるまでは踏ん張らねばならないので、妻に


「あと数年は、頑張るしかないが…全てが済んだら一緒に移り住もうか…」


というと妻のアリアは、


「何年も馬鹿な戦争をしたのですから、仲直りにはもっと掛かるかもしれませんね…それならば私だけでも引っ越しますので、旦那様はキース君の代わりにジャルダン村やニンファの町の住民が後世に語り継いでも恥ずかしくない程度は頑張ってくださいまし」


と、笑っていた…


『確かに、親代わりの辺境伯が終戦と同時に面倒臭くなって息子に放り投げて隠居した。では格好がつかないな…』


と、自分を奮い立たせたのだった。



そして数年後…


未だに私は隠居出来ずにいる…

妻は私を置いてダンジョン都市ジャルダンに移り住んでいるのだが、キース君は貴族としての名付け親でなくなった妻を気遣い、自分が住むダンジョンの名前にジャルダンと名付けてくれたので、妻はこの世界初のダンジョンの名付け親として、教会でも顔の利く聖人みたいになっているのだが、妻はそんな事は一向に気にしていない…

ただ、毎日の様にキース君の相棒のナッツ君の御屋敷で、キース君とシーナさんが子供の様に可愛がっている幼い姉弟の世話をするのが楽しいらしい。


幼い姉弟も、「アリアお婆様」と懐いており大変可愛らしかったのだが、肝心のキース君とシーナさんの赤ちゃんを抱っこするまではと意気込む妻であるが、人では無くなったキース君達の赤ちゃん…人の時間感覚では誕生まで見届ける事が出来るのか?と心配になる。


妻の為にキース君には是非とも頑張って欲しいのだが…

それよりも…あれかな…イキイキと生活しているらしい妻が以前より若々しく見える。


「石鹸で肌がスベスベです」


などと言っていた数年前よりも確実に若々しい…

いや、辺境伯の仕事は息子に譲ったが、シルフィード王国の復興顧問としてキース君のあとを引きついだ私が激務に追われて老けてしまったのだろう。


二足歩行でウロウロと歩き回る姉弟のペットの猫が、疲れた様に笑う私を見て、


「元気、ないか?」


と、片言で語りかけるのももう馴れたもので、私が


「年かのぅ…」


と呟くと、十歳前であろう弟のボッチ君が、小さな肩掛けカバンから何やらポーションの様な物を取り出して、


「ワーグお祖父様、飲んで下さい。」


と渡してきた。


私が、


「怪我でも病気でもないから大丈夫だよ」


と遠慮するが、姉のヒッキーちゃんも妻のアリアまで「飲め、飲め。」と薦めてくる。


スタミナポーションか?…飲むと一時的には元気になるが、元気を前借りするだけで老人にはきついのだが…

と思いながらもポーションをグビリと飲み干すと、全身に力がジンワリと漲るのを感じた。


『あぁ、爺に優しい弱いスタミナポーションか…』


と納得している私に、ボッチ君は、


「今回だけ特別、マスターからのプレゼント」


と言っているので、キース君が疲れた私を心配して調合でもしてくれたのだろうと思っていると、妻がクスクスと笑っている…


最近よく食べこぼすからポーションが髭にでもついているのだろう。


私は妻に、


「どっちに付いている?」


と聞くのだが、妻のアリアはヒッキーちゃんと一緒にクスクスわらうだけである。


仕方ないので鏡を探していたのだが、ふと綺麗に磨かれた黒い鎧の胸当てに映る自分を見ると、目の錯覚なのか私の顔が若々しく見える…

些細な変化であるが毎日見ている己の顔の違いぐらいは解る。


すると頭の中で、若々しく感じた妻やダンジョンという特殊な場所で暮らす特別な姉弟からもらったポーションというバラバラの事が一本に繋がり、


「なんというモノを…国中のご婦人が暴れ出すぞ…いかにして報告したものか…」


と頭を抱える私に、姉弟の姉が、


「まだダンジョンが育ってないからポンポンは出せないんだ…だからまだ秘密だよ。

でもね、マスターが来年ぐらいには二人に赤ちゃんを抱っこさせてあげれると思いますから元気で居てくださいだって。」


と報告してくれた。


若返りの薬か…少なくとも明日死ぬ運命だったとしても、薬のおかげで数年は生きられそうだな…私もキース君の為にもう一頑張りするか!!



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