第203話 何故自宅警備というスキルしか無いんだよ


出陣式を終え、シルフィード王国の正規軍二万余りが北へ半月程のラースト侯爵領を目指し移動を開始した。


無事に王子とベッキーさんの婚約発表も終わり、集まった貴族のほとんどは歓迎ムードだったが、軍務卿に近い貴族達は、あまり快くは思っていない様子だったが、不思議なのはもっと反対すると思われた軍務卿派閥が余裕の雰囲気なのである。


あちらの派閥の方々が気持ち悪いぐらい静かなのは、軍務卿派閥の主要メンバーが現在ザムドール王国軍と睨み合っており、この場に居ないからといえばそうなのだが…何か引っかかる。


そんな事を思いながら北上すること半月ほど…昼は馬車にて行軍し、夕方にテントを張って野営して、翌朝にはまた馬車で移動を始める…実に行軍スピードが遅い…

しかし、ダイムラーパパに言わせれば、これでもここ数年で軍の移動スピードは格段に上がったらしく、ウチの馬車の技術らしいのだが、前を走る、あの馬車も、あの荷馬車も板バネを使っているので、


『あぁ、あの特許料がウチに入ってるんだな…』


と感心してしまう。


そして遥か遠くにギリギリ、ラースト侯爵領の領都の壁が見える所まで行軍し明日には既に町に配備しているシルフィード王国軍と合流できるかと思ったその日の夜…


ユーノス辺境伯や国王陛下が寝泊まりしている中央テントがにわかに騒がしくなり全員が集めたられた。


中央テントの空気は重く、国王陛下の前に白い布が掛けられたモノがあり、ベルタ子爵様が布の前に座り込み涙を流している。


俺は嫌な予感しかしないが恐る恐るベルタ子爵に、


「如何されましたか?」


と聞くと、ベルタ子爵は深々と頭を下げ、


「ジャルダン伯爵様…申し訳ない…まさか、ここまで敵が強大とは…私の落ち度です。

夕方、軍務卿派閥の者が、『ラースト軍務卿へ、国王陛下が明日には到着すると報告に参ります。』と百あまりの軍勢で町に向かいましたが、夜になっても町からの返事を持った伝令の兵が来る気配も無く不安に思っていたところ、以前より潜り込ませていた者が先ほど命がけで情報を持ち帰りました…」


と言って目の前の布をめくると、ナルガ子爵家でマイアの護衛をしてくれていたオネェ口調の大柄の騎士ガルバルドさんが変わり果てた姿で横たわっていた。


言葉を失う俺だったが、俺の隣のナッツはうっすら微笑んで死んでいるガルバルドさんの側に行き、


「お見事でございました」


と労いの言葉をかけた。


理解が追い付かない俺は、ナッツ越しにガルバルドさんを見ながら、ぼーっとしていたが、


『ガルバルドさんがここに居るということは…』


と、必死で頭を回転させて、ようやく、


「えっ、マイアは?」


とだけ声に出す事ができた。


ベルタ子爵様からの説明では、潜入して軍務卿の悪事を暴く予定だったが、探せば出るわ出るわで今回の戦争もザムドールの軍務卿と手を結び、お互いの国で影響力が上がる様にと、


「戦争を仕掛けたられた!」


と、お互いがお互いの国に報告し何年にも渡り戦争状態を保ち、軍務卿という立場からお互いの国への発言力を強めていったらしいが、ここ2年でシルフィード王国では軍務卿の影響力が下がりつつあり、

今回の戦争で一発逆転を図って、ラースト軍務卿の町の中には現在軍務卿の息のかかったシルフィード軍二万が、シルフィード国王陛下率いる二万の軍勢の到着を武器を砥ぎながら待ち構えているらしい。


ラースト軍務卿の奥様が、婿養子の謀反を国王陛下に知らせようとして殺されたのをきっかけに、シルフィード王国軍の中で謀反に参加しない反対派の上官は地下牢等に詰め込まれて人質にされ、配下の者は不本意ながらも、


「国王殺しがなされたならば、次期国王の俺が出世を約束してやる」


と、軍務卿に言われ敵側に加担している状態を、ガルバルドさんは1人で二万近い敵の本拠地から、ボロボロになりながらも証拠を持ち帰り、敵の策略を丸ごと暴いたのだ。


ガルバルドさんの最期の言葉は、


「マイア様は、地下に幽閉されております。

申し訳ありません…マーちゃん…ゴメンね…でもアタシやってやったよ…」


だったそうだ。


俺は、時間をかけ自分を落ち着ける為に一つずつ事態を整理していく…


敵はテカテカおやじの軍務卿で、既にザムドール側の軍務卿とズブズブの悪い関係で、二万の兵士で罠を張っている上に、数日の距離の町にはザムドール軍が控えており、援軍が増える可能性が高い…

マイアは、探りを入れていたのがバレたか部下が探りを入れていたかで閉じ込められている…いくら血を分けた息子といえど軍務卿が殺さないという保証は全く無く、現に嫁を手に掛けた後…


今、国王陛下達の話し合いで一時撤退するかどうかを協議している…城攻めをする方が不利なのは俺でも知っている…二万の兵が待ち構える町に二万の兵で攻め込むのは無謀であり、撤退するのが定石であるが、


『しかし、そんな事をしたらマイアが危ない!

テカテカおやじは邪魔になったら奥さんでも殺す鬼畜…しかも婿養子って、奥さんが居たから軍務卿まで出世したんじゃないのかよ…』


確かに、人質を取られて嫌々参戦している人も居るだろうし、このまま膠着状態を保てば、あの町で二万の兵は何ヵ月もは養えないので時間を掛ければ勝ち目もあるだろう。


既に一万近い住民は避難して各地に散っているので追加の人質等を出さなくて良いというのが唯一の救いであるが、そうなれば口減らしや見せしめ等でマイアの様な反対派の陣営から殺されるのは目に見えている。


何とかしたいが、俺は余りに非力すぎる…

自宅警備というスキルしかない俺では、兄と慕ってくれたマイア1人助けられない…


悔しい!


情けない!!


と、1人落ち込む俺の頭の中に、


『ぐふふぅ。困ってるみたいだねマス太君』


と、未来の世界の猫型っぽいヒッキーちゃんの声が響く、


思わず会議中なのも忘れ、


「ヒッキーちゃん、ふざけてる場合かよ!」


と言ってしまった。


国王陛下も辺境伯様も驚きながら俺を見るが、俺は、ヒッキーちゃんの次のセリフで言葉を失いそうになっていた。


そう、ヒッキーちゃんと、ボッチ君は、スキルを覚醒させて、あの町全部ダンジョンとして沈めて、出入り出来ない様にして、人質を助けてから、もう、ダンジョンに魔物でも湧かしてやれば良いなどと提案してきたのだ。


俺は、絞り出す様に空中に、


「バカ!ナビゲーターの変換もせずにダンジョンを生成したら二人は!

15日なんて待てる状態じゃ無いんだよ!!」


と叫ぶ俺に、ヒッキーちゃんは、


『マスター、二人の犠牲で二万の軍勢を無力化できるんだよ…お得じゃん…』


と涙声で答える…

それを聞いて、俺まで泣いてしまい国王陛下が、


「大丈夫か、ジャルダン伯爵よ…如何いたした?」


と、声をかけてくれたので、俺は鼻水をすすり必死に我慢しながら、


「囚われた私の弟を救う為に、我が魂の一部とも言える妖精の姉弟が命を捧げ、あの町に居る敵全てを無力化すると…申し出て…俺は、俺は!

ヒッキーちゃんもボッチ君にも消えて欲しくないんだよ…」


と、再び国王陛下の前だというのにどうしようも出来ない自分の不甲斐無さに涙が溢れる…

しかし、ヒッキーちゃんからは、


『ありがとう、マスター。

実はね、ボッチ君と手分けして、ニンファにも、商会の支店にも敷地内転移が出来なくなるって連絡済みなんだ…

ホークスさんの指示で各地に助っ人を転移させたら何時でも覚醒できるよ』


との報告が入るが俺はダダっ子の様に、


「何で勝手に…そうだ!二人とも受肉すれば、そうしよう!」


と、会議中の周りの目など気にせずに騒ぐ俺に、


『敷地を全部ポイントに戻したらボッチ君だけなら出来るけど、ダンジョンポイントに変換して作戦に使う分を残したいし、

それにね、ボッチ君はお姉ちゃんと一緒が良いって言ってくれたんだよ…私、幸せ者だよ…』


と…


俺は、膝から崩れ落ち、ヒッキーちゃんとボッチ君の決意を嫌というほど理解してしまったのだった。



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