第202話 それぞれの向かう先


春の足音が聞こえる季節…例年ならば、国王陛下が各地のパーティーに出向きながら南下して辺境伯領を目指す季節である。


俺達は城に到着し、今年はパーティーをキャンセルした王家の方々に謁見の間にてベッキーさんを託し護衛騎士隊十名もベッキーさんの護衛任務として無事に城勤めになった…

やはりというか、アルサード王子殿下はあれ程熱くて甘い言葉をかけていたベッキーさんが、三次元にやって来た事により、軽い人見知りでも発症したかの様に静かになっており、あまりに無口なアルサード王子の体調を案じたベッキーさんが、


「殿下、お加減でも?」


と、王子殿下の手を優しく包み込み、顔を覗き込んむと、『ボン!』と煙でも出そうなほど真っ赤になった王子殿下が、


「あ、あぁ、あぁ!」


と変な声をあげ、腰が抜けた様にヘタリ込み心配したベッキーさんに抱きしめられると、もうアルサード王子殿下は恍惚の表情に…と、王子殿下の百面相のような顔芸と何かしらの目覚めの瞬間に立ち会い、


『ありゃ、ベッキーさんのメロメロコンボに悩殺されたな…』


と確信し、王子殿下とベッキーさんの関係は大丈夫だなと安心する俺だった。


多分あの瞬間、アルサード王子殿下の異性の好みや性癖に至るまで、ベッキーさん色に染まったはずであり、王子の胸のワンルームは賃貸では無くてベッキーさんに分譲されたと思われる。


『これから毎日楽しんでね』


と、ベッキーさんに心の中だけで声をかけ、国王陛下をはじめ王族の方々とのベッキーさんの挨拶を見届けた後で、セーニャの別荘へと戻ってきたのだが、リビングでお茶を飲みながら安心したのと同時に何とも言えない寂しさが俺に訪れていた。


「あぁ、娘を送り出す父親ってこんな感じなのかな?」


と何とも言えない表情で呟く俺に隣で座っていたシーナさんが、


「では、答え合わせをする為に早く娘が欲しいですね」


と耳元で囁くので俺はお茶でむせる羽目になった。


ちなみにではあるが、今回別荘には、シーナさんと、バーバラさんとサーラちゃんの、ベッキーさんの師匠チームはベッキーさんの婚約発表の見学迄の長期滞在予定で、その付き添いにセラさんが来ているのと、お城勤めになったバッツさんを追ってきたハーメリア嬢を別荘勤務としている。


本当ならば、ハーメリア嬢も護衛騎士としてベッキーさんにつければ良かったのだが、流石に戦争中のザムドールの貴族出身者が城に勤める訳にもいかずに、ここならばバッツさんも逢いに来易い距離で、ザムドール出身のハーメリアさんが暮らすには王都では厳しいだろうからセーニャは丁度良い勤務先だと思われる。


来月頭には、王都クレストの城の前の広場に出陣する各領地の軍勢が集結し、すでに昨年から睨み合いを続けている軍務卿率いる約二万のシルフィード王国軍と合流する為に北上し、合わせて四万余りの軍勢となり一気にザムドール王国軍を押し返す為の出陣式の場所で大々的にアルサード王子と、ベッキーさんの婚約が発表されるのだ。


しかし、軍務卿の治める町は王都を守る為の砦と化し、前線基地の様になっているらしく、ラーストの町の隣町はザムドール軍に占拠され、敵方の前線基地にされているので難民が予想以上に出ているのが気になる…


既に王都のスラムは飽和状態であり、少しでも難民を支援出来る様にと、俺とナッツもセーニャを拠点にしてニンファの町から炊き出しの手伝いをしてくれるアルバイトを募り、セーニャの別荘から食材と人員を乗せた荷馬車で王都に向かい、難民に炊き出しをしたり、怪我をした方々に処置を施したり、一時避難ではなく完全に住む場所を無くした難民の方々を帰りの荷馬車に乗せて、セーニャの別荘からニンファに転移させる…

空いた時間を使い、今回一緒に出陣するユーノス辺境伯様と、諸々の打ち合わせをするのだがベッキーさんの婚約を機に、ユーノス辺境伯派閥が国王陛下の派閥と手を結び軍務卿の派閥の力を削ぎシルフィード王国内での権限を国王陛下に集中させる作業に入るように、既に水面下で動いているらしく俺は今回主に聖人として目立つだけでいいらしい。


敷地外ではスキル無しの俺だということは辺境伯様も知っており、一番後方で辺境伯様と並んで居れば大丈夫らしいのだが…

それに、こんな危ない戦場に俺が赴くのには今年の戦争を耐え抜くか押し返す事が出来た場合、アグアス王国とイグノ王国それに聖都ダリアの教会までが、


『おい、コラ!聖人様に弓を引いたな?!』


との口実で口を出しやすくする為なので、国王陛下や、辺境伯様の近くでチョロチョロしているだけの簡単なお仕事な予定だし、難民の避難先のニンファへの誘導と、あまりに数が多い場合はヒッキーちゃんに連絡し、追加の建物の建設をしてもらい、徒歩で難民が到着する迄に受け入れ態勢を整えるのが一番の仕事だ…

しかし、この数日で王都からの難民でニンファの居住区間もかなり手狭になってしまったので、ジャルダン村の未完成の集住宅でも大丈夫だから移築して欲しいとジーグさんからボッチ君に相談が有ったらしく、季節的にも気密性が無くても凍えないので、中身を作るのはジーグさん達に任せて、まだ余っている結婚お祝いポイントを全ベットして、ニンファの街道迄のエリアに新たな居住エリアとしてのボッチ君のお披露目も兼ねて生成しておいた。


ニンファの住人にはボッチ君はベッキーさんの弟として快く迎えられ、物静かなボッチ君は母性本能をくすぐるのか、ベッキー教信者の中でも女性達が、かなりボッチ君をチヤホヤしている様子だった…


そんな感じで戦争に行く準備を整えているのだが、戦争にはシーナさん達は勿論お留守番してもらい、俺とナッツの二人での参戦なので武力での役にはあまり立たなだろうから気は重い…

しかし、既にラースト領にて睨み合いに参加している弟のマイアの為にも、一刻も早く参戦したい思いもある複雑な状況である。



そしてその日はやって来た…我が家の紋章のある馬車に、保存食を詰め込み、出陣式の前日には、愛馬のバーンと立派に育ったバーンの息子の二頭に引かれる馬車は、セーニャからユーノス辺境伯様の屋敷を目指し、今日中に辺境伯軍と合流して、翌朝に出陣式の後に北上をはじめるのだが、朝一番に間に合う様に、早朝の出発で少し眠気を覚ます為にナッツと御者台に並び、


「最近、エリーちゃんとはどうよ?」


と、女性陣の前では出来ない男同士の会話をしながら辺境伯様の王都の屋敷を目指したのだが、ナッツが、


「キース様も結婚されましたので、この戦争から帰ったら結婚するつもりです」


と、ナッツが盛大に死亡フラグを立てるので、俺は焦りながら、


「駄目だよ!戦争が終わったら結婚すると決めたヤツから死んじゃうんだから!!

さぁ、神に誓うのだ、(戦争と関係なく、近いウチに結婚を考えております。)と…」


と俺がナッツに迫ると、ナッツは、


「神々に誓います…戦争に関係なくエリーさんと結婚いたします」


と言ったあとで、ナッツは、


「キース様も披露宴を戦争終わりにする予定でしょ?…それは良いんですか??」


というので、俺は、


「まぁ、戦争から帰ったら告白するとか結婚するのはダメだけど、披露宴は…あんまり聞かないから大丈夫じゃないかな?」


と言った後に、よく解らないフラグのルールをナッツに語りながら馬車を走らせた…

敵に攻撃を当てた後に「やったか?」と言った場合、敵は倒されずに反撃を食らうとか、

勝ちを確信してペラペラと冥土の土産に色々と教えてくれた敵は大概殺られる…

あとは、怪我をして「骨が折れた!」と騒ぐやつは殆ど打撲傷程度で、「うん…大丈夫…大丈夫…」と言ってる奴は結構重症などと…ナッツに教えると、


「なんだか面倒臭いですね…」


と、呟いていた…


うん、俺もそう思うよ…


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