第196話 報告業務と春の訪れ
シルフィード王国へと戻り、城で国王陛下に聖人としての旅の終わりを報告する。
文官さん達からイグノ王国からの感謝状を渡された国王陛下が、その手紙を読みながらプルプルと震えだし、
「ジ、ジャルダン伯爵は、その…ドラゴンを倒したと?」
と静かに聞いてくる。
『えっ?怒ってる?!』
と心配しながらも、俺が、
「駄目でした?」
と聞くと、国王陛下は、
「駄目ではないが…駄目では…」
と言葉を濁して微妙な表情を浮かべ、
「もう、偉業に対する褒美が見当たらない…」
と呟く。
しかし、旅の報告よりも文官さんからの
『ジャルダン伯爵様ご結婚!』
との報告の方に王さまは過剰に反応し、何かを思い付いたように、
「そうか!それはめでたい!!」
と嬉しそうにしていた。
文官さん達からの報告も終了し、訪問団は一旦解体となるが、護衛騎士隊には次なる任務としてシルフィード王国の次期王妃候補の護衛任務が与えられた。
今年のパーティーは、北部と中央の境に位置する軍務卿の領地まで敵が来ているので、国王陛下が各地のパーティーに参加しない事となり、その代わりにザムドール王国を押し返す作戦の為に、春の終わりに各地からいつもよりも沢山の兵を城に集めて、その貴族や騎士達との出陣の集まりで、ニンファの精霊ベッキーさんがシルフィード王家に嫁に来ると発表する事に決定したらしい…
つまり、彼らは俺の護衛騎士団から、ベッキーさんの護衛騎士団になったのだ。
『遂にベッキーさんがマスタールームから現実世界に来る時が…』
と思っていると、国王陛下がニコニコしながら、
「ところで、ジャルダン伯爵、結婚祝いや訪問の褒美で領地は要らぬか?」
と聞いてくるが、正直なところ聖都の整備など予定が山積みなので、俺が、
「今はご遠慮致します…町作りが立込んでおりまして…」
とだけ答えると、陛下は、
「そうか…まぁ、町作りが立込んでおる人間など他に居ないだろうからな…」
と、あからさまにガッカリしていると、謁見の間の隅に控えていた数名の貴族の一人が、
「陛下、軍務卿の領地の北側を今回の進軍で奪い返してジャルダン伯爵に丸投げするおつもりでしたね?
そのような事をしたら、今や引く手あまたの聖人様は他所の国に引き抜かれてしまいますよ」
と、意見する。
国王陛下はその進言を聞くとハッとして、
「ジャルダン伯爵、許してくれ!
貴殿ならば、何か上手い手法であのボロボロに踏み荒らされた地域をラースト侯爵に睨みを利かせながら復興してくれると…」
と俺に頭を下げながら進言した貴族の方を見て、
「ベルタよ、お主からもジャルダン伯爵に他国に行かぬ様に口添えしてくれ」
とお願いしている。
『ベルタ?』と聞き覚えのある名前に、その貴族をよく見ると、昨年末の辺境伯様のパーティーで挨拶したベルタ子爵様だった。
ベルタ子爵様は、
「やぁ、久しぶり、ウチの配下からの報告でナルガ子爵家は、かなりの使用人を入れ換えたらしいよ。
マイア君がだいぶ動き易くなったんじゃないかな?」
と教えてくれたのだが、
『何故ベルタ子爵様がその事を?』
と、首を傾げている俺を見て国王陛下が、
「ベルタよ、そなたジャルダン伯爵に言っておらぬのか?」
と不思議そうにベルタ子爵を見る。
すると、ベルタ子爵は少し呆れながら、
「陛下…隠密が、(はじめまして隠密です。)とは自己紹介しませんよ…」
と言っている。
すると、国王陛下は、
「そんなものかのぅ?」
と呟いた後、ベルタ子爵が王家を裏から支える一族で、子爵という身分は城等に出入りする為の口実であり、国王陛下としては親友の一人で普通の貴族の扱いで無いと教えてくれた。
ちなみに、マイアの所に居たオネェ口調のガルバルドさんもベルタ子爵の配下だそうだ。
全部バラされたベルタ子爵が、
「まぁ、そんな感じだけど、
ジャルダン伯爵には、『ナッツ君の里の兄弟分』と言った方が解りやすいかな?」
と教えてくれた。
つまり、ベルタ子爵さんの里が中心となり、幾つかの里を束ね、何代にも渡りシルフィード王国を裏で支えていたが、王家の代替わりに伴い起こった内輪揉めで、暗殺や潜入捜査に特化した里が一つ潰れたのがナッツやセラさんの里だったらしい。
世間は狭いな…などと考えていると、ベルタ子爵様は更に、
「ついでに、言っておくけど、この内輪揉めを仕掛けたのは、王家の力をどさくさに紛れて削ごうとしたラースト侯爵の策略だった…と、最近判明した…
おかげで、ウチは2つの里を滅ぼす羽目になってしまったよ…」
と寂しく語ってくれた。
ナッツの里を滅ぼした里も、王家を狙った策略に加担したので掟に従い滅ぼす事に…なんとも後味の悪い事を知ってしまった。
謁見の間では無くて、ナッツが控室にセラさんと居る事が唯一の救いだ。
ラースト侯爵は、『俺の敵』としてだけで良い…
ナッツ達に要らぬ因縁をあのテカテカおやじと結んで欲しくなかったからだ。
しかし、俺の身近な人間の不幸が、またしてもあの軍務卿に繋がる事を知り、今までに無い怒りを覚えながら俺は城を後にする事になった…
しかし、そんな事よりも今はベッキーさんの嫁作戦を遂に開始することに集中する事にしたのだ。
『全勢力をベッキーさんに注ぐぞ!!』
と心の中で気合いを入れている俺に、馬車と並走するベントお兄ちゃんが、
「キース君!
フフフッ、護衛対象ではなく義理の弟として呼べる幸せ…早く父上や母上達に知らせに行かねばな!!」
と、ご機嫌である。
『忘れていた…ベッキーさんの嫁化作戦の前に、シーナさんの嫁報告が先だった!』
と、約2ヶ月の間で色々しなければならない事を思い出して、俺は馬車の中で一人焦り散らかしていたのだった。
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