第190話 聖都ダリアへ


現在イグノ王国の王都ケニオスから北北東に位置する聖都ダリアを目指して冬の街道を進んでいる。


普段、急げば半月も移動すれば到着する聖都までの道だが、季節が季節だけに雪や寒さに邪魔されて倍の時間がかかっている。


しかし、旅自体はとても順調…というか、思ったよりも大事になってしまっている。


「第一魔法師団、前へ!」


との声を合図に杖を持った一団が魔力を溜めはじめ、


「射て!」


との号令で雪に閉ざされた山道の雪が炎魔法で溶かされているのだ。


何が起こっているかというと、

アークバルド国王陛下が、


「国にソードドラゴンをもたらしてくれた聖人様は、イグノ王国の英雄!

丁度我々も聖都ダリアへ希少な錬金素材であるドラゴンの血等を届ける用事も出来ましたので、お供いたします」


と言ってくれたのだが、まさか軍を出してくれて、通常ではこの季節には雪深く迂回しなければならない山越えの街道もこのように進んで行けるとは思わなかった。


三十人程度の俺の旅仲間だったが現在は、300近い大軍団になっている。


こうなれば、途中の町や村で1泊するのも大変で、

多くのイグノの騎士が、この冬空の下で広場のテントで寝起きしているのが心苦しくて仕方ないので、馬車に積んで有った蒸留酒を一樽、騎士団長に差し入れすると、この町の領主館に招待されていたアークバルド国王陛下や、この町の領主の貴族まで広場に出かけて、酒盛りをはじめてしまい、最終的には魔法師団の方々は広場に土魔法で穴を空けて、水魔法で水を満たし炎魔法をブチ込んで露天風呂を作ってしまった。


領主館の前の広場で行われている簡易露天風呂を見ながら、領主の奥方様や同行しているイグノ軍の女性達が、


「羨ましいですが、流石に外ではお風呂に入れませんからね…」


と窓から見える光景を羨ましがっている…というか、奥様やメイドさん達は、イグノ王国軍の男性陣の裸体を楽しく観賞しておられるご様子である。


良かった…イグノ王国の騎士さんに広場の飲み会に誘われたけど、


「皆様の酒盛りに護衛対象者がいたら気を抜けないでしょ?」


とか適当な理由を言ってお断りして…

寒くて嫌だから断ったのが一番だが、もしもあの場所に居たら俺も寒さしのぎに露天風呂に入ってただろう。


何とは言わないがメイド長さんが、口を半開きにして窓から見える何かしらの景色を目に焼き付けていた…


『餌食にならなくて良かった…』


と思う反面、お世話になっている皆さんの息子さんの個人情報がこれ以上漏洩しない様に願い、俺は女性陣にニンファの町の名物、『精霊石鹸』を差し入れすると、奥方様は石鹸の噂は聞いていたらしく、


「お城のお風呂より小さいですが、皆さん順番に暖まりましょう」


と、イグノ軍の女性陣を誘ってメイドさん達と領主の館のお風呂へ向かう事になった様だった。


メイド長さんは一瞬、この世の終わりが来たかの様な顔をしたのだが、すぐにメイド長としての職務を思い出したのか、キリッとした顔で、


「こちらでございます」


と、誘導して部屋を出て行った…

ホールに残ったのはほとんどシルフィード王国関係者と酒が苦手なイグノ王国の数名である…


外の様子を見ていたナッツが俺の横に来て、


「キース様は外のお風呂に行かなくて良かったですね…あの人数だと、イグノ国王陛下の息子水だけではすみませんよ。

湯船のなかで肩を組んで歌ったりしてますからね…」


などと要らない情報と、イグノ王国のお風呂での少し嫌な思い出を思い出ださせてくる…

とまぁ連日そんな感じで、聖都までの道中をイグノ軍を率いるアークバルド国王陛下に、おんぶに抱っこ状態で護衛してもらい、俺達は2月の末には聖域と呼ばれる樹海の入り口にある教会の総本山の街であるダリアへとやってきた。


聖都と呼ばれている場所だけあって国というよりはデカい教会の周りに町を興した様な場所で、住んでいる住民も教会職員の様な服装をしている。


門を守る兵士も神官みたいな格好だし、パッと見では聖職者か聖都の住民か解らない。


町の入り口で馬車を降りて、歩いてダリア大教会と呼ばれるこの世界の宗教の総本山の建物を目指す。


すると、大教会が見える大通りで、


「まさか!聖人様では?!」


と声をかけられた。


しかし、声をかけてきた人物に俺は心当たりが有るような、無いような…


『誰だったかな?』


と、記憶を辿っていると、神官さんのような白いローブの男性は、


「ニンファの町に、チャチャ様の付き人として参りました。

ザムドール出身の者でございます。」


と、自己紹介された。


あぁ、巫女のチャチャ様が、『戦争しているザムドールの人間だけど殺す?』みたいに聞いて来た時のメンバーか!…

と、理解したのだが、困った事に彼は、教会の偉い方だったらしく、信者達の注目を集めた上で、俺に頭を下げて「聖人様!」などと言ってしまったものだから、大通りの信者と思われる方々に盛大に拝まれる羽目になってしまった。


大教会に向かって途中までは順調に進んでいたのに、「聖人様」と声をかけられ手を振ったり、「息子に聖人様の祝福を!」と、赤ちゃんを抱く母に呼び止められたりして進めない…


俺はザムドール出身の神官さんに、


「祝福ってどうするの?」


と聞くと、神官さんは、肩掛けカバンから軟膏の入れ物の様な物を取り出し、


「こちらで、おでこに一文字書いてあげて下さい。」


と言われる。


俺は、


『えっ、この世界にも関西のお宮参りみたいな風習が有るのか?!』


と驚きながらも、

軟膏入れのような物に入った塗料を指に着けて、〈大〉の文字を書いてやった。


すると、抱っこしていた母親も、ザムドール出身の神官さんも、


『なんだこれ?』


みたいな反応で赤ちゃんのおでこの文字を見ている…俺は、


『まずい!漢字で書いちゃった!!』


と気がついて、


「あぁ、これは精霊の国の文字で育って欲しいとの祈りの文字です。」


と、答えると、感心する神官さんと感激する母親が、


「これは何と読むのでしょう?」


と聞いてくるので、


「ダイ、と読みます。」


と教えてあげると、母親は、


「ダイ、ダイ…」


と何度か繰り返した後に、


「聖人様ありがとうございます。

この子の名前はダイに致します。」


とペコペコと頭を下げて帰って行った。


『あっ、名付け親になっちゃった…』


と驚く反面俺は、


『大きくなったら大冒険して欲しいよ…』


などと、あの赤ちゃんが将来なんちゃらストラッシュを扱える勇者になるぐらい元気に育って欲しいと願うのだった。


そんな感じで、少し進むと祈られ、また進むと、


「ウチの角なしの子供にも祝福を!」


みたいにお願いをされて、俺達は、あと100メートル程で到着する予定の大教会になかなか到着出来なかった。


ちなみに仔牛には漢字で〈肉〉と書いてやった…飼い主のオヤジさんが、喜んでいたのでヨシとして欲しい…

だってもう、何のイベント会場だよって程に揉みくちゃにされていたから…


『一人三十秒でチケットを持ったファンだけとかにして欲しい!』


と、そんな事を考えながらたどり着いた大教会は、既にステンドグラスを使用した新しい礼拝堂や、美しい石づくりの古めかしい神殿など、遥か昔から現在も尚、信仰の中心地である事が伺える場所で有り、俺達が大通りでモタモタしている間に先触れが届いたらしい教会関係者の方々に出迎えられた俺達は、大教会の更に奥へと案内されるのだった。

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