第186話 思ってたのと違う


昨晩はリリーの町で1泊し大量に解雇された使用人や、監禁された第二夫人の差し金で、暗殺者が来るかも知れないと皆ピリピリしながらほとんど眠れずに、


「こんなことならば、リリーの町から夜通し走って、次の町を目指した方が良かったね」


と、馬車から顔を出して馬で並走する護衛騎士隊長のベントお兄ちゃんに話すと、


「敵が多そうなキース君の生まれ故郷よりも、見晴らしの良い野原で野宿の方が安全かも知れないな…

あと、妹達が寒がるから窓を閉めてあげてね」


と、注意されてしまった。


確かに12月…寒い時期の移動であるが馬車の女性陣はポカポカ状態で夢の中である。


何故なら、思わぬ所で昔作った湯タンポが役に立っているのだ。


冷え性のセラさんが村で出会った魔法のアイテム『湯タンポ』は、村の中では当たり前だったが、寒さに悩める乙女のセラさんには夢のアイテムだったらしく、


「冬の旅には必要です!」


と、何個も馬車に積んでくれていたのだ。


しかし、確かに馬車の客室内が寒くなるのはヨロシクないので、窓を閉めて護衛の皆が頑張っているのに、俺もグーグー寝るのは悪いな…と思って窓の外を眺めていると、


ヒッキーちゃんから


『マスター、あの町に別荘指定しなくて良かっのですか?』


と聞いてきたので、皆を起こさない様に、


「軍務卿の派閥に潜入してるんだ、他の軍務卿派閥と同じ様に、可能なかぎり近づかない様にしておかないと、お前の町にはジャルダン伯爵の息のかかった奴がいるとか不要ない疑いがかからない様にしないとね。」


と、小声で呟きながら、本当はマイアには潜入捜査みたいな危ない任務からは離れて欲しいのだが、成人した男が決めたのだ、黙って信じるのがお兄ちゃんとして出来る事だろうと自分に言い聞かせながら、馬車は西へ、西へと寒い風が吹気抜ける平原地帯を進んで行った。


そして、王都を出発して1ヶ月ほどかけてシルフィード王国の西の国境を抜けて、イグノ王国へと入ると、あとは10日ほどでイグノ王国の王都ケニオスに到着する。


イグノ王国は、その昔、聖都を守っていた騎士の一族の興した国らしく、強い騎士や素晴らしい武具を鍛える鍛冶師の国で、今も聖都ダリアの防衛を行っているという聖都とズブズブな関係の国であり、

今回のパーティーへの招待は悪い言い方をすれば、


『おい、聖人とやらが、どんな奴か品定めしてやる!聖都に行く前に顔を出せや!!』


的な意味合いでの招待である。


『脳筋…怖い…』


と怯えながら遠くに見える山を目指して馬車で走る事10日、小さな山を幾つか越えて大きな山の麓に広がる高原にあるイグノ王国の王都ケニオスに到着した。


鉄が豊富な国なのか、門兵も軽鎧ではなくフルプレートメイルで、建物や壁までも鉄が多く使われていて、鍛冶屋の煙なのか冬の空に幾筋もの煙が立ち上る工業の街の様な雰囲気のある場所であった。


冒険者も多い様で、街の酒場は冬場で討伐依頼が少なくなり、春まで街で過ごす屈強な男達が朝から楽しそうに騒いでおり、力比べの腕相撲や飲み比べをしているのが馬車からでも確認出来た。


馬車の中からセラさんが、


「男臭い街ね。」


と、感想を漏らすと女性陣最年長のバーバラさんが、


「冬場の酒場はこんなもんさね」


と、すこし遠い目をして話すが、詳しく聞くとまた異世界バーバラ昔話が始まりそうなので、


「そうなんだぁ、」


ぐらいで流してみた。


この旅の間、馬車という密室で帯放送の様に連日お送りされた、『バーバラ昔話』のおかげで、俺は、バーバラさんの人生をあらかた知ってしまった。


今ならバーバラテストをしても平均点以上を取る自信がある。


「聞きたく無いのかい?」みたいな視線をチラチラ飛ばすバーバラさんに、1ミリも動かない微笑みを返しつつ馬車は武骨な砦の様な城に入っていく。


中庭は広い訓練所になっており、あちらこちらで騎士団が模擬戦や素振りをしている。


シーナさんが、


「わぁ、楽しそう!」


と言ったのは、ダイムラー伯爵家と通じるものが有ったからだろう。


大使の方の案内で城に入り、イグノ王家の方々に挨拶をするのだが、やはり、他所の国とは言え城で国王陛下に謁見するのは俺的にまだ馴れない…

緊張しながら謁見の間に入ると、鎧を着こんだ国王陛下が、


「お待ちしておりましたぞ聖人様、では早速手合わせを…」


と言ってくる。


あまりの提案にビビり散らかす俺に、国王陛下の隣に立つ十代ぐらいの青年が、


「父上、いくら何でも気が早いですよ。

報告を受けて、挨拶をした後でユックリと聖人様との語らいの予定にしておりますのででは」


と、諌めるが、どうも報告と挨拶の後に手合わせという名の肉体言語でのお話の時間が決定しているようだ…と理解し、死んだ魚の様な瞳で、書簡のやり取りなどを終わらせると、もうワクワクが止まらない国王陛下が、


「さぁ、退屈な仕事は終わりましたぞ聖人様!さぁ、中庭へ!試合に参りましょう。」


と、一国の王様が、草野球に誘う中島君バリに気軽に俺を試合に誘う。


俺は、呆れながら、


「あの~、装備も着けておりませんし…」


とやんわりと、拒否してみるがこの異世界の中島は、


「では、先に行って体を解しておるゆえ!」


と言い残し、お供を連れてルンルンで行ってしまった。


城の方に案内されて、渋々控室にて黒光り装備を身に纏う。


「はぁー、嫌だなぁ…」


とため息を吐きながら、城の騎士さんの案内で中庭へと案内されると、先ほどまで訓練をしていた騎士達が試合会場を囲み、俺の到着をまだかまだかと楽しみにしている。


シーナさんが、


「御武運を…」


と送り出してくれて、ナッツは両手にハイポーションを握り、


「死ななければ何とかなりますよ」


と励ましてくれた。


ダイムラーパパとの手合わせの苦い記憶が過るなかで、すっかり仕上がった国王陛下が、ピョンピョンとジャンプした後で、


「聖人様は魔法は?」


と聞く、俺は真剣な眼差しで、


「魔法は微塵も使えませんし、スキルも戦闘系ではありません、本当にお手柔らかにお願いします。

マジでお願いしますから!」


と、大事な事なので、二回念を押してお願いすると、国王陛下は、「またまたぁー」みたいな反応で、


「ならば、私も本気を出そう!」


と言っている。


もう、彼は言語での会話を止めたのかもしれない…と感じながらも渋々剣と盾を俺握りしめ舞台の中央へ歩み出ると、


「イグノ王国国王、アークバルド・ファン・イグノ!参るっ!!」


と名乗りロングソード構え、


俺は、


「色々あって伯爵やってますキース・ド・ジャルダンです。」


と言って構えをとりながら、


『 何故こうなった?…』


と自分に問いかけるのだった。

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