第175話 相棒との休日


倉庫街のひと区画をもらった翌日、アグアスでの予定も終了し、シーナさんとセラさんはバッツさん達数名の護衛を連れて街にジャルダン村の皆にお土産を買う為に朝から出かけており、

俺とナッツはベントお兄ちゃんと三人で、サルテの港の端で釣糸を垂らしている。


最近良いことなしのナッツの気分転換の為にと、アグアスの大使さんが気を利かせて釣具を用意してくれたのだが、


『フッフッフ…ナッツよ、池での釣りでは遅れを取ったが、海での釣りは淡水の釣りとは一味違うのだよ…』


と、余裕な雰囲気で港に来たのだが、やはりというか、何ともいうか…ナッツだけ爆釣しており、ナッツは、


「なんか釣れ過ぎて怖いですね!」


と嬉しそうに話す。


まぁ、ナッツの爆釣は、相棒の気分転換だし毎回釣るので仕方ないにしてもベントお兄ちゃんまで、


「ナッツ殿、釣りがこんなに楽しいとは知りませんでした」


と、先ほどから大きな魚とファイトを楽しんでいる。


そして俺は、というと…


「はい、ヒッキーちゃん次はこの赤いのね」


とナッツの釣り上げたばかりの魚を見つめて指示を出すと、俺の視界を共有しているヒッキーちゃんが鑑定機能を使い、


『パラという魚で、食用は可能ですが、背鰭に毒があります』


と教えてくれる。


『本当に俺の記憶と照合するだけで無くて、知らない物でも鑑定出来る機能が有って良かったよ…』


と、思いつつヒッキーちゃんがマスタールームのモニターを使った鑑定の結果を俺は、ナッツに、


「食べれるけど背中に毒針があるパラって魚だって」


と報告すると、ナッツはパラという魚の下顎を摘まみ器用に針を外すと、パチャンと海へとリリースした。


俺はナッツに、


「背鰭を切り取ったら大丈夫なのに…」


というとナッツは、


「ワザワザ危ないヤツを食べなくても、既に沢山釣れましたから…」


と言っている。


確かにナッツとベントお兄ちゃんの木箱には、アジっぽいのやらタイっぽい魚やらが沢山詰まっている。


俺の木箱の中身は…聞かないで欲しい…


そうこうしているとベントお兄ちゃんがかなりの大物を釣り上げ、知らない大物の鑑定を俺がするまでもなくて、港の漁師のおっちゃんがフックの付いた棒を片手に、


「騎士様、凄ごいですなぁ!

岸からこんな立派なブラックフィンを釣るなんて!!」


と驚きながら集まってきて、フックをブラックフィンと呼ばれた魚にかけて

数人がかりで引き上げる。


見物人が集まる中には、


「すまないが、小金貨三枚で売ってくれないか?!」


と懇願する料理人風の男性もおりベントお兄ちゃんは、


「どうしようキース君…」


と俺に聞くので、


「釣った本人が好きにして下さい」


と、俺が答えるとベントお兄ちゃんは、釣れた背鰭のデカいマグロのような魚を売って小金貨をもらっていた。


漁師のおじちゃん達は、ナッツとベントお兄ちゃんを、


「沖ならば今の一回りデカいブラックフィンも居るが釣れるヤツが居ない…

どうだい、いっぺんオイラの船で出てみないか!?」


と、お誘いも受けている。


そして俺には、


「お供のあんちゃんからも言ってくんな、騎士様だったら今の倍のブラックフィンでも釣り上げれる。

大金貨2~3枚…もしかしたらそれ以上の値段で売れるぜ。」


と…


『確かに使用人の様に鑑定作業をしていたが…何故俺は誘わない?なんで…なんでなんだい?!』


と俺は少し拗ねそうになる。


「片道半日だから今から騎士様が船に乗れば、2日間ほど休みが貰えるぜ、あんちゃん!」


って…百歩譲ってベントお兄ちゃんの使用人認定は我慢するが、どうして俺が戦力外通告を受けて休みなのだ?!


『俺だって大物釣りたいよ!!』


と完璧に拗ねていると、ナッツは漁師さんに、


「面白そうですが、片道半日では時間がかかりすぎますので…」


とやんわりお断りしていた。


しかし、ナッツはベントお兄ちゃんの釣った大物が羨ましくなり漁師さんに、


「港から大物が狙える場所は有りませんか?」


と聞くと、漁師さんはあの桟橋の先が急に深くなるから大物がたまに掛かるが、足元の岩ですぐに仕掛けを切られてしまう…船からならば釣れるかも知れないが、それならば沖に出た方が数も居るし、岩場にも潜られないと提案してくれたのだが、ナッツは、


「いや、沖に出る時間が有りませんし、ダメでも良いから大物と戦ってみたいんです」


と言って目を輝かせている。


漁師のおっちゃん達も本日の漁が終わって暇なのか、


「兄ちゃんのその意気に乗ったぜ!」


と言って、


「エサは生きた魚が良い」


とアドバイスをくれて、ナッツは獲物の入った木箱から一匹掴み上げると、違う漁師さんが、


「もっと活きの良いやつ…おっ!良いのがあった。」


と、俺の唯一の獲物が元気に泳ぐバケツを持ってナッツと桟橋の先へと移動して行った…


俺が、一匹だけしか釣れていない事を知っているベントお兄ちゃんが可哀想な子を見る目で俺を見て、


「ここで釣ってみるかい?」


と自分の場所を俺に薦めてくれる。


悔しいが実績のある場所…暫く悩んだが、アホの子みたいに、


「うん!ありがとーお兄ちゃん」


と元気に返事して、釣糸を垂らすとすぐにアタリがあったのだが、先ほど連れて行かれた俺の獲物より一回り小さい魚が上がって来た…


『なんでなんだよっ!!』


と、やり場の無い怒りからその魚の背中に針をかけ直して、


「デカいのに食べられてね…」


と、俺は再び海中へとミニ魚を沈めた。


遠くの桟橋の先では、ナッツと漁師のおっさんが、どうやら俺のバケツ水族館で泳いでいたあの子で大物をヒットさせたらしく、大騒ぎしている。


ベントお兄ちゃんまで、


「加勢に行ってくる!!」


と、俺と居るのが気まずかったのか桟橋の先へと向かって行ってしまった。


「はいはい、使用人の俺が行っても加勢にはなりませんよぉ~だ…」


と拗ねながら、遠くでファイトしているナッツと、そのナッツが海に引き込まれない様にナッツにしがみつく漁師さん達を眺め、ベントお兄ちゃんの加勢により戦局を持ち直したのを確認したその瞬間、「ズドン」と俺の竿先が海中へと舞い込む…


あわてて竿を掴み踏ん張るのだが、凄い力に引きずり込まれそうになりながらも港の岸壁で堪えて、海中の敵が疲れるのを待っている。


俺の方には加勢に来てくれる人も居らず、見物人の漁師さん達も桟橋の先のナッツのファイトを見る為に移動した後で、俺は一人で竿を握りながら綱引きのアンカーの様に地面に座りそうな程に腰を落として耐えるしかない…


数分のファイトの後に現れた獲物は、真紫色の体に小さなトゲのあるいかにも毒タイプ魔物であり、一人では取り込む事さえ出来ない大物だったが、視界を共有しているマスタールームのヒッキーちゃんから、


『墓場魚という魚です。

食べても毒、触っても毒…兎に角毒です。

ただし、美味しいらしいです。』


という、何とも難しい鑑定結果から、


「針も外せないよ…」


と絶望していると、墓場魚は最後の力を振り絞り、仕掛けを切って海底へと帰って行った…


『これじゃ、釣りは続けれないな…』


と諦めながら桟橋の先を見ると、ナッツ達の少し先でジャンプするブラックフィンが見える。


確実にさっきベントお兄ちゃんの釣ったものより大きくて、丸々と太っていたのだが、ジャンプの時に上手に身をひねり、針が外れてしまったらしく、ナッツ達が尻餅をついて、この勝負はブラックフィンに軍配が上がった様子だった。


しかし、桟橋の全員が楽しげに笑いナッツの頑張りを称えナッツも清々しい笑顔で、


「キース様、負けちゃいました」


と、満足そうに帰ってきたのだった。


大物を釣り上げたベントお兄ちゃんも、大物を釣り逃したナッツも良い休日になったらしく、誰も知らない所でヤバい大物を釣った俺は、結局は仕掛けを切られたボウズという結果になってしまった。


城に戻ると、アグアスの大使さんには、


「まぁあれです、聖人様にも苦手な事があると知り親近感がわきました」


と言われたのだが、


『べ、別に苦手じゃないし!むしろ得意だし!!』


と、心の中で反論しつつ、その日の夕食では城の見習い料理人が釣り人から格安で買って来た高級魚、ブラックフィンの料理が並んだのだ。


「コイツが通常の半額ほどで上質で新鮮なブラックフィンを買ってきまして…」


と、自慢気に話す料理長さんから紹介された見習い料理人さんがこの世の終わりの様な顔をしていたが、俺もナッツもベントお兄ちゃんも、凄く見た事のある見習い料理人さんに、


「はじめまして…」


と挨拶をしておいた。


だって、もうトラブルは面倒臭いから…

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