第169話 海風の町サルテ


夏も盛り、暑さを和らげる為に馬車の窓を開けていると磯の香りがプ~ンとする。


前世では海の近くで育って夏場は良く泳ぎに行ったものだ…などと思いながら、海風吹くサルテの街を進み、小高い丘の上に有るアグアスの王城へと向かって俺達の馬車は進んで行く。


他国の王様に、「難民押し付けてごめんなさい」と謝る為だと思うと少し気が滅入るが、しかし、無情にもアグアスの大使さんの馬車を先頭に城の門をくぐり立派な庭を進むと真っ白い壁の城へと到着してしまった。


少し眩しく感じる程の白いお城を馬車から降りて見上げていると、シーナさんが、


「綺麗ですね」


と、俺と並んでアグアスの城を見上る。


セラさんが後ろから、


「キース様、そこは『お前の方が綺麗だぜ!』と言って抱き寄せるところですよ」


と言って茶化してくるので、俺は、


「セラさん、公務で来ている他国のお城でイチャイチャなんてしないし、グレイさんみたいに、宝石よりもセラさんの方がキラキラしている…とか言えないよ…」


と、やり返してやるとセラさんは、ゆでダコの様になり、


「何故それを?」


とだけ呟き黙ってしまった。


しかし、おかげで緊張が解れたのでセラさんに感謝しつつ、俺はもう彼女の秘密のデートでの一幕をイジるのは止めてあげる事にした。


シルフィード王国の文官さん達と一緒に、アグアス王国の大使さんの案内で城の中に入って行く…

長い廊下を歩きながら、城の作られた年代や、沢山の貝の粉を混ぜこんだ特殊な素材で城がコーティングされているので、弱い魔物を寄せ付けずに、内部の温度も夏場は少し涼しく、冬は少し暖かい錬金技術素材の壁で出来ている話を聞いているうちに別棟の迎賓館に到着した我々に大使さんが、


「午後に国王陛下との謁見を予定しておりますので、皆様には旅の疲れを少しでも癒せる様にお風呂と、昼食をご用意しております」


と言って、


「では皆様ごゆっくり、何か有りましたらお近くのメイドにお申し付けください」


と告げて、本人は休み無しで報告業務に向かわれた。


『働き者だな…』


などと感心しながらも、大使さんを見送った後に、俺は護衛騎士隊の皆さんと、


「お風呂だって、一緒に行きましょう。」


と話していると城のメイドさんに、


「国賓の聖人様はこちらのお風呂で御座います」


と連れて行こうとされたので、


「えっ、皆と違う風呂?」


と俺が聞くとメイドさんは、


「はい、王家の方々が使う湯殿を使う様にと指示がございましたので…」


と、必死な眼差しで言ってくる。


俺は、少し恐怖を覚え『どうしよう?』と考えたあげく、


「私が幼き頃より一緒に育った相棒と一緒では無いと、護衛も居ない場所へはいくらご好意と言えど行くことは出来ません」


とゴネてやるとメイドさんは、


「護衛の方々全員は無理ですが…聖人様の側近の方ならば…」


とブツブツ言った後に、


「では、聖人様と側近の御二人様でご用意させて頂きます」


と言って、一旦迎賓館からどこかへ行ってしまった。


俺はナッツに


「何か巻き込んじゃってゴメンね」


と謝ると、


「いいですよキース様、友好的とはいえ他国。暗殺からキース様を守るのは私の役目ですから」


と笑顔で答えてくれた。


正直俺は迎賓館の風呂で良いから、すぐにさっぱりしたいのだが…

シーナさんやセラさんは、


「ではお先にお風呂に参ります」


と行ってしまうし、文官さんや護衛騎士さん達もローテーションでお風呂に向かっている。


俺達も着替えを準備して待っていると、


「ご用意が出来ました。」


と言われてナッツと二人で別の棟に移動すると、二人で使うのが勿体ないぐらいのお風呂に案内された。


高台から海が見える解放感のある浴室に、ナッツと、


「凄いね…景色も良いし、気持ちよさそうだ」


と話していると、メイドさんが、


「見てるだけでは気持ち良くなりませんので、ささっ!」


と俺の服を脱がすのを手伝ってくれる…俺は焦りながらも、


「メイドさん、自分で出来るから大丈夫です」


とやんわり断ると、少し残念そうなメイドさんは、


「申し訳御座いません」


と言って横に控えてくれたが出て行こうとはしない。


俺は、


『まぁ、国賓の方に何か有ったら駄目だから近くで見守るのは解るが…何だかうら若い女性に見られながらの風呂って落ち着かないなぁ…』


と思っていると、ナッツは、


「キース様、先に中の様子を見てきます」


とウキウキしながら浴室に入って行った。


「うわぁ~、これは最高です」


とのナッツの言葉を聞いて、俺も後に続くとナッツは既にかけ湯をして、広い湯船の中の安全確認の為にウロウロしてから、ウンウンと頷きようやくチャプンとお湯に浸かる。


俺もかけ湯をしっかりしてから湯船に浸かり、海を眺めて、


「あぁぁぁぁぁぁっ。」


と伸びをし、


「最高だな…」


と言いながら、ナッツとしばらく海を眺めた。


ナッツは、生まれて初めて海を見たらしく、


「あんなに大きな湖は見たこと有りません…どんな魚が釣れるのでしょう?」


と言っていたので、俺が海の説明をしているとナッツは、


「少し浸かり過ぎたかもしれません…体を洗うついでに少し冷まします」


と言って相棒は湯船から上がり体を洗おうとすると、メイドさん?達がほとんど裸の姿で雪崩れ込み、湯あたり気味のナッツを取り囲み何だか凄い事になっている。


ナッツは、


「えっ?な、な、何を?」


と抵抗しようとするが、装備もない女性に攻撃も出来ない様子であり、ものの数秒で何故か、


「あっ、あっ、!エリーちゃんゴメン!!」


と詫びる結果になった瞬間に俺は、ヒュンとジャルダン村の屋敷の玄関口にスッポンポンのビシャビシャのままで立っていた。


屋敷の中からA子がシーツを手に焦って出て来て、ポカンとしている俺をクルンとシーツで巻いてくれると、頭の中には少し怒ったヒッキーちゃんの声が、


『強制転移です。

アグアス王国とやらはハニートラップですか!』


と聞こえてようやく自分に何が起こったか理解した。


ナッツは大丈夫だろうか?

また、ナッツは更に俺の知らない大人の階段を登ってしまったのかも知れない…


ナッツ先輩…無事でいてくれ…

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