第153話 知らされる真実
城の一室で土下座をする弟のマイアだが、ひとまず顔を上げさせ、
「話が見えないから落ち着いて話そう」
と、言って俺は弟を部屋のソファーに座らせる。
気を効かせたシーナさんとナッツは部屋を出ようとするが、マイアは、
「行かないで!お願いです…僕の罪をどうか聞いて下さい…」
と、二人を呼び止めた弟は、俺の顔を見ながら、
「兄上…ナルガ家は元々小さな派閥のトップだった事をご存知でしょうか?」
と切り出すが、実家の事など微塵も知らない俺は、
「いや…知らない」
と、首を横に振った。
するとマイアは、
「兄上が生まれてすぐの話らしいです…」
と言ってから、軽く深呼吸をして何かを決心した瞳でマイアは語りはじめた。
まず、俺の母上が病気になり治療に多額のお金が必要になった事…国の各地から病に効くと言われる物を買い集めたが母上の体調は良くならなかった事を語る。
そして、弟は悔しさを噛み締める様に、
「そこに、ラースト軍務卿が現れたのです。」
と告げる。
軍務卿は、
「ザムドール王国の知り合いが、霊薬という万病を癒す薬を持っているので口を聞いてやろうか?」
と父上に近付くが、既にナルガ家は屋敷を含め、全て手放すかどうか悩む程に疲弊していたらしい…
そこで、軍務卿はナルガ家の派閥ごと軍務卿の派閥に吸収される事を条件に多額のお金を貸し付けたという流れである。
しかし、ここまでの話で弟が土下座をするような罪は無い様に思える。
俺は、たまらず弟に、
「マイア、ナルガ家が軍務卿の派閥に入った経緯は解ったけど、ソレの何処にマイアが謝らなければならない事が有るの?」
と聞くと、弟は、
「最近まで、私も事実を知りませんでした…
本人達から、この卑劣な策略を聞かされるまでは…」
と、この世の終わりのような顔で瞳を潤ませながら、
そもそも霊薬など嘘で、ナルガ家を派閥に引き込むだけでは無くて、借金を無しにする代わりにと、第二夫人として愛人をナルガ家に嫁がせたらしい…
急にキナ臭くなった話の内容に、俺の脳はフル回転し、最悪な答えを弾き出してしまった。
「まさか…」
と、思わず口をついた俺に、マイアはもう感情を制御出来ないように、
「私は…
罪人の…ラーストと、その愛人だった平民の娘の間に生まれた。
この世界に居てはいけない簒奪者なのです…」
と、ボロボロと涙を流して言葉を詰まらせながら話してくれた。
マイアの告白に衝撃はあったが、なぜか納得してしまった俺がいた。
マイアは、
「戦に赴く前に母上からその事を知らされ、兄上以外のナルガ家の皆に冷たい扱いを受けていた理由が解りました。
母上の取り巻きではないナルガ家の使用人も知っていたのでしょう…」
と力無く呟く弟に、掛ける言葉を探しているが、俺の頭の引き出しには、こんな時に掛ける気のきいた言葉なんて入っていなかった。
静かに聞いていたシーナさんもナッツも驚きの表情のまま固まっている。
金を貸し付けて派閥に入れて、借金を理由に愛人の隠れ蓑として…ナルガ家を使った?
いや…
マイアはテカテカの息子で…今はナルガ家当主…などと頭の中を整理しはじめると、何故、戦う力の無い俺を必要以上に跡目争いから父上…いや、多分兄上も遠ざけたかったのか…
あの二人は解っていたのだろう…ナルガ家が内部から食われる未来が…
自分達にもしもの事があれば、更に味方のいなくなったナルガ家で俺も殺される。
そんな事になるぐらいならば、第三者に家をくれてやっても俺を守ろうと…
もう、ずっと俺の頭の隅に有ったモヤモヤがスッと晴れた気がした。
それと同時にマイアは今、親ガチャが残念だっただけで要らぬ罪まで背負わされる人生を歩かされていると俺は全てを理解した。
マイアは、
「兄上、僕の罪は必ず償います。
なので、許してくれとは言いません…二年…いや、一年で構いません。時間をくれませんか?
時間さえ頂ければ、ラーストと母の罪を調べ上げ、地獄への道連れに…」
と言っている言葉を遮り、
俺は、生まれて初めて弟にポコンと軽いゲンコツを落とした。
頭に走る軽い衝撃にマイアは目を丸くして驚いたが、すぐに、
「兄上の気が済むならば、もっと強く殴って下さい!
さぁ、もっと!!」
と、マイアはドMみたいなセリフを放つので、俺は、
「違うよ、怖ぇぇよ。
他所で言ったら性癖疑われるよ…
あと、なんで、マイアが地獄に行かなきゃならないの?」
と弟に声をかける。
マイアは、
「しかし、兄上…」
と言ってくるので、俺は、
「五月蝿い!お兄ちゃん命令だ!!
マイアが子爵で、俺が男爵だが、そんな事は今は関係無い。
お兄ちゃんらしい事を今までしなかった分まとめてマイアに命令する。
生き急ぐ事も、死に急ぐ事も俺が許さない!」
と、柄にもなく駄々っ子みたいに弟に命令を出した。
マイアはキョトンとした顔で俺を見るが、俺が、
「マイアは成人したばかりだ…今から何だって出来る。
だが、それは道連れや復讐などでは無いよ…」
と言ってマイアの肩に手を置くと、
「僕は…ぼくは…」
と何か言いたいが、言葉が出てこない弟の頭を今度は撫でながら、
「俺は、大概の事は我慢出来るし、我慢してきた。
ただ、目の前で家族を泣かされるのだけは我慢が出来ない。
だから、お兄ちゃんはマイアを泣かすヤツをまずはシバきます!
いいか、ここからは俺の喧嘩だからマイアは命をかけたりするのは無しだ。
ただ、俺は力任せの喧嘩はしないから時間がかかる…
だから、マイアはお兄ちゃんの仲間になって…そうだな、とりあえず、ナルガ子爵家をマイアの思い通りになる様に、少しずつで構わないから力をつけな…」
と伝えると、マイアは、
「では、僕は生きていても…良いのですか?…」
と、自信なく聞くので、
俺は、
「勿論だ!親を理由に死んだりしたら、俺はマイアを泣かす為に死者蘇生の薬を探す旅に出なければならなくなる。
実に面倒臭いから、頼むから生きて…生きて、幸せになってくれ…家族を失うのは…もう辛すぎる…」
とマイアを抱きしめて…二人で少し泣いた。
それから暫くお互いの話をしていると、扉の向こうから、
「マイア様ご無事ですか?」
などとマイアの配下の者があまりも戻らない主人を心配してか、呼びに来たようだが、扉の向こうからメイドさんの
「お話の最中は誰も通すなと…」
と止める声が聞こえる。
そして、
「マイア!マイア?!」
と、数年ぶりに聞く第二夫人のヒステリックな声に、
『まぁ、やってる事がやってる事だから心配になるよな…』
と思いながら俺は、身につけていたガルさん親子特製の黒光り合金の腕輪を外して、マイアに渡して、
「あの時のお小遣いのお礼と、兄弟の証しだ」
と伝え、ナッツに、
「扉を開けてあげて、メイドさんが可哀想だから…」
とお願いをすると、俺は弟をピシッと立たせて、
「マイア、話を合わせてね。
マイアが偉い、俺はご機嫌伺いに来たという設定だよ」
といって、扉が開くと同時に、
マイアに向かいヘコヘコと商品を売り込みに来た商人の様に、
「ありがとうございます。ナルガ子爵様!」
と、わざとらしく声をあげると、決闘でもしていると思っているのであろう第二夫人は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
続いて入って来た第二夫人の取り巻きも次々と豆鉄砲の餌食になっている。
俺は、ダメ押しで、
「これは、これは皆様…お久しぶりでございます。」
と深々と頭を下げて挨拶をすると、ヒステリー持ちは、やっと回路が繋がった様に、
「部下の報告で、卑しいお前がマイアを狙い城に潜り込んだ事はお見通しです!!」
と、何を見通したか解らないが、大袈裟に騒ぎだした。
マイアと俺が歩いていた所をたまたま俺の顔を知っていた配下の者が見たのだろう…しかし、メイドさんが、
「ジャルダン男爵様、誠に申し訳ございません」
と俺に頭を下げると、ヒステリー持ち達は、
「男爵?」と口々に確認している。
俺は、メイドさんに、
「あぁ、良いですよぉ」
と伝え、マイアに
「では、ナルガ子爵様、お迎えの方々が参られましたのでこの辺で…あと、お買い上げ有り難うございました。」
と、俺がヘコヘコしながら言うと、弟はピンと来たようで、腕輪を着けた左手を見せて、
「また良いものが有れば、買ってやるから、ナニか有れば屋敷を訪ねよ!」
と言ってくれた。
多分ナルガの屋敷に行く口実をくれたのだろう…だが、ヒステリー持ちの第二夫人は、部下に、
「あの腕輪を鑑定なさい!きっと呪いの品です!!」
と騒ぐ…
しかし、能力上昇の付与がある極上品と解ると、ザワザワしだし、結局、
『にわか貴族の俺が、手柄も挙げて、金になりそうなナルガ家に物を売りに来た』
との判断に落ち着いて、
「田舎貴族が!」
と、第二夫人は道端の石でも見る様に、俺への興味が無くなった目で蔑み、捨て台詞を吐いて帰って行った。
…お茶会より疲れたかも…
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