第148話 祈りを捧げる場所
夏の終わり、俺はニンファの町の二樽の酒で貰ったエリアに教会を建てる為の下準備を始める。
先ずは、ニンファの町作りも落ち着き、馬車の客室や町の家具などを作ってくれている大工チームに、教会を作る説明をしてから、俺の書いた設計図見せて、窓や扉の発注をかける。
大工さん達も、ベッキーさんのプロポーズの現場を見ているために、
「精霊様の嫁入り前の大仕事だ、気合い入れるぞ!」
などと、気合い十分であった。
そしてメインとなるステンドグラスなのだが、この1ヶ月余りで色々な事が起こった。
錬金ギルドマスターのインタスさんは、ただ酒盛りにジャルダン村に来ていた訳では無くて、きちんとお仕事もしてくれて、投影クリスタルで、ヒッキーちゃんが前世のワインボトルから高級な洋酒の瓶を見せたりガラス食器を見せると、インタスさんは、
「これは、私一人が見るには勿体ない!
信用出来る錬金術師を数名連れて参ります。
ぜひ、先ほど知識の妖精ヒッキー様の見せて下さいました異世界の食器を新たな錬金ギルドの名産品にさせて頂けないでしょうか?」
と大騒ぎになった。
確かに、貴族のパーティーの酒でも木製のジョッキや銀のゴブレット等で飲んでいたのでイメージにある貴族が手に持っているようなワイングラスみたいな物は無い様である。
つまり、この世界ではまだ一度も「ルネッサ~ンス!」などと言ってワイングラスを当てる貴族は現れていないということらしい。
なんならガラスを食卓で食器にする発想すら無かった様で、数日後、冒険者ギルドに獲物を納品に行った村人と一緒にインタスさんと三名の錬金術師さんがやって来て、
「妖精ヒッキー様に知恵を授けて頂きたい。」
とお願いされた。
ずっと精霊と呼ばれるベッキーさんを羨ましく思っていたらしく、ヒッキーちゃんがインタスさんに一発目から
「妖精のヒッキーだよ」
と、かましたのもあり、錬金術師界隈では『知恵の妖精ヒッキー』として認知され始めているみたいで、そうなると、調子づくのがウチのヒッキーちゃんだ。
俺が前世で見たテレビやネットの情報を総動員させて、ヒッキーちゃんは投影クリスタルを駆使して、ガラス食器の制作風景等を映像を交えて教えているのだが、この世界のガラスは熱を使って作るのでは無いらしく、
俺の資材倉庫のウッドチップや石材を壁に加工する様な技術が使われており、鉄や木材で作った見本の形になる様に、水晶などの素材で作った原料を魔力で作り替えて、ポーション瓶やワインボトルを作っていると説明してくれた。
原料の水晶が、アメジストやローズクォーツならば少し色の着いた水晶ガラスも作れるらしいが、基本的には魔物の素材を使った魔鋼みたいな技術で色を着けて、色と形を統一し、錬金ギルドでは、この形はポーションで、あの形は毒消し、色がコレだとハイポーション等と分けているらしい。
あぁ、それで見本があれば洋酒のボトルも作れるって言ってたのか!
そりゃメモ一枚で伝えたら、王都の近衛騎士団長さんにプレゼントした蒸留酒の瓶みたいな感じが精一杯だな…
むしろあのメモで作ったにしてはナイスな感じだったと俺は変に感心してしまった。
しかし、そんな俺を放っておいて錬金術師の三名は知識の妖精ヒッキーちゃんの流す映像に衝撃を受けている。
それは、江戸切子や薩摩切子などの工房の映像だった。
「なに!仕上がった商品を更に加工するのか?!」
とか、
「しかし、あの光…宝石の様だ…」
とか、
「あれ程迄に赤いガラスはどうやって?!」
など口々に色々な事を言いながら映像にかじりついている。
インタスさんが、三人に、
「この技術は真似できそうか?」
と聞けば、
「既存の色で有れば、水晶硝子で作ったコップに防具等で使う金属コートの技術を使えば色を外側の表面のみにコーティングすることは出来ますが…
しかし、削る技術は…
宝石を削り出す事の出来る細工職人ならば、あるいは…」
との答えが返ってきたので、俺が、
「村に居ますよ、細工職人の親子が…」
と教えてあげると、三人は、
「すみませんが、一旦返って道具を持って来ます!
よろしければ、場所をお借り出来ないでしょうか?」
と言ってきたので、困った時に毎度お世話になっている村役場が、今回は簡易錬金工房に変わって新たな商品を作り出す為の実験施設になった。
家の窓に使う水晶板硝子でさえ、サイズを指定して板を木工職人に切り出して貰って、それを見本に作るので出来上がった硝子を加工するという発想が無かったとは思わなかった。
そして、ステンドグラスの話をすれば、錬金術師達は、
「板硝子を割って繋ぎ合わせて絵画を作るのですか?
繋ぎ合わせるのは魔力を流すと硬化する金属が有るので問題ないですが…
思った形に割る事が…」
と悩んでいた。
『いや、そんな便利な金属があるのかよ!!凄いな…錬金術…』
と感心していた俺だが、知恵の妖精ヒッキーちゃんは、その名前に引っ張られて性能が上がったのか、
「木材でステンドグラスのパーツを一通り作り、色毎に生成するのです。です…です…す…」
と、自前エコーで、ナイスなアイデアを出し、錬金術師の三人は「おぉ!」と感心していたのだが、それ以上に俺が、
『あれは本当にヒッキーちゃんなのだろうか?』
とビックリする事になった。
そんな訳で、ステンドグラス自体はパーツに別れたパズルの様な板さえ有ればすぐに出来るとのことで、
セーニャの工事に行っている親方達に一旦帰って来て貰い、事情を説明して超特急で、俺の描いた神様のステンドグラスのスケッチに合わせ、教会の窓サイズに拡大した板のパーツの加工を村の大工チーム全員にお願いした。
資材保管倉庫の木材生成で出来なくもないが、ポイントを節約したいのと、キソップ親方のノコギリさばきの方が板材加工だけなので早いと判断したからである。
毎日の様に、知識の妖精ヒッキーちゃんから色々なガラスの知識を与えられた三人は今やヒッキー教の信者と化していて、何やら大工チームと相談した後で、
「ヒッキー様のあの優しい瞳の色は何を混ぜれば…」
とか、
「ヒッキー様が仰っておられた金属を混ぜてみるか?
上手くいけば、ヒッキー様のあの髪の艶やかな色も…」
などと不穏なワードが飛び交っていた。
いやいや、まずは三柱の神様のステンドグラスからだよ…と言いたかったが、彼らのやる気スイッチをオフる事にもなりかねないので、グッと我慢し見守る事にしたのだった。
そんなこんなで、ステンドグラスの予定も立って、教会に必要な物は、あとは神様の像だけになったのだが、困った事に俺は実際の神様は見たことがないし、王都の教会の三柱の神様の像しか知らない…
親子だというのは知っているが、宗教系の書物を読んだ事が無いので詳しい事は解らない。
資材保管倉庫の機能を使い、木像はウッドチップで3Dプリンターみたいに作れるが、元データがないので、俺は明日から再びマスタールームに籠り、モニターを使い三柱の設計図を作らなければならない…
王都の木像がどれぐらいご本人に似ているか知らないが、あんな感じで良いだろう…まぁ、解らなければ再び王都に転移して資料を集めれば何とかなるか…などと、半ば諦めながら翌日を迎え、マスタールームへと向かうとメールが届いていた。
何事か?と慌ててメールを開くと、
『必要かと思い送りました』
との短い文章と共に、木材生成用のデータと、何故か必要とされる7062ヒッキーポイントというキリの悪いポイントまで付与された。
『やっぱり見てるし、神様だよ…』
と、疑いようのない物的証拠をみせられて、俺は、
「どうしよう?」
と呟くしか無かった。
ヒッキーちゃんもベッキーさんも、そんな俺を心配してくれて、
「どうしました?」
と聞いてくれたが、どう言って説明したら良いか解らないのでとりあえず、
「神様が仕事を1つ減らしてくれたらしいから、三人で祈ろう…」
とだけ伝えて三人でモニター上の天井に祈りを捧げてみるのであった。
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