第141話 緊張だってするさ…人間だもの


俺達は現在、アガルトの街を出発して更に北を目指して移動をしている。


ちなみにではあるが、購入した店の一階はユーノス辺境伯様からの要望でユーノスパンというパン屋にすることになった。


行商人が集まる町であるアガルトで天然酵母のパンを売れば、柔らかいパンと共にユーノス辺境伯派閥の名前が売れるという狙いらしいが、ダイムラー家からは甘いお菓子も販売して欲しいと頼まれたので、甘いパンとクッキーなども並べる予定でいる。


村にはパンが上手に焼ける人も沢山居るので、誰かを店長として派遣しても良いし、村で生産して陳列するだけでも何とかなるが、出来れば焼きたての香りを届けたいので、店舗にオーブンは必要である。


そして、二階の雑貨屋の商品は石鹸だけは決まっているが他の品物が決まってない…

馬車に揺られながら、俺は村の細工職人や、鍛冶屋と木工職人に革職人達で村で作れる品物を考えている。


高価な素材で高価なモノでは面白くないし、村で簡単に揃う素材で出来る品物は…と、移動中の馬車の中で有り余る時間を使い考えていると、

ふと、


『ヘアケアをして艶々になる女性達の髪を留めるヘアピンやバネを使ったヘアクリップを作れば、貴族用はベアードさん親子に装飾してもらって、一般向けにはカモイさんに木工細工でおしゃれな物を作ってもらえば良いし、パーツのバネやヘアピンはガルさん親子に試作してもらえばいけるぞ!』


などと閃き、あれはイケる、これはダメ、それは保留と、メモを取りながら旅をして盛大に乗り物酔いになりダウンする事、数回…やっとの事で王都に到着した。



そして、正直にいうと俺はこの世界の都会をナメていた…まさか、こんなにデカいとは思わなかった。


立派なお城に、大きな教会や、学園エリアに貴族のお屋敷の建ち並ぶ貴族街…

ギルドの本部の並ぶエリアに、大きさ的には市民街だけでもナナムルがすっぽり入ってしまう。


職人街や冒険者や旅人が集まる宿屋街に、この王都クレストの街の壁の外にもスラムの様な家まで建ち並び、兎に角どこを見ても人で溢れかえっている。


「凄いな…」


と窓の外を眺めて呟くと、なぜか隣に座るシーナさんに軽くツネられた…

ビックリしてシーナさんを見ると、


「キース様は何処を見てますの!?」


と、彼女が頬を膨らませている。


何の事か解らない俺は、キョロキョロと馬車の中や外を確認すると、いかにもアダルティーな酒場に、何とも言えないアダルティーなお姉さんが並んで、旅人を誘っている。


俺は、色々理解して、


「いや、凄いなーって言ったのは人の多さで…」


と弁明したがシーナさんは不機嫌なままだったので、城までシーナさんと手を繋ぎ外を見るのを止めてシーナさんとの会話を楽しんだ。


確かに初めての旅行で、道中ずっと商品のことばかり考えていて、シーナさんはつまらなかったのかも知れないな…と俺は今更になって反省しながら、シーナさんと色々話して彼女の機嫌が直った頃には知らない内に城に到着していた。


馬車から降りて、初めて本物の洋風の城に入った俺は、キョロキョロとまるで田舎者のように辺りを見ながら進む。


シーナさんに、


「キース様…お口が…」


と言われるまで口が半開きなのも気が付かなかった。


前の人生…それも修学旅行で、和風の城ぐらいしか入った事のない俺は、何ともアホ面で高い天井や長い廊下に圧倒されていた。


ユーノス辺境伯様の城の様なお屋敷でもビックリしたが、それの比ではないしニンファの町で陛下と話しても緊張まではしなかった。


勿論、国王陛下は偉い方なのは十分頭では理解していたはずだが、実際に目で確認できる物を見て、俺は初めて腹の底から理解したらしく、


『この城の主であれだけの人間の居る街どころか、ここに来るまでの全ての町や村の全ての長とこれから逢うのか!?』


と考えただけで、凄くドキドキしてきた。


本当は、こんな心臓に悪そうな所に来たくは無かったが…これもベッキーさんの為だと覚悟をするが、

同時に、ベッキーさんも大丈夫かな?こんな大層な家に嫁ぐのだから…もう一度話し合いするべきか?などと迷走する俺の思考を他所に俺達はデカい部屋に案内され、


「ご家族や従者の方はこちらで待機を…」


と指示された。


待機室でこの広さかよ!とツッコミたくなる自分を抑え、辺境伯様と俺は更に大きな謁見の間へと案内された。


赤い絨毯が敷かれ、奥には玉座があり、部屋脇には近衛騎士団の方々が並ぶ…


「ここでお待ち下さい。」


と言われたが、俺はもう帰りたい。


しばらくして、


「国王陛下の御成ぃぃぃ!!」


との声を聞き、ユーノス辺境伯様の真似をして、頭を下げて待っていると国王陛下の笑い声が聞こえた。


「ジャルダン男爵…如何いたした?ガチガチではないか!?

グリフォンを屠る精霊使いが何を固くなっておる?

知らぬ仲でも無かろうに…」


と愉快そうに話す。


国王陛下に、


「二人とも良いから楽にしてくれ、」


と言われて顔をあげると、玉座に腰を下ろした陛下の姿に、


『やっぱり王様だったんだ…』


と、俺は変な納得をしてしまった。


ユーノス辺境伯様が挨拶を述べた後に、今回の本題に入る事になったのだが、ようやく緊張も解れてまともに会話が出来る様になる頃には、あらかた辺境伯様が説明してくれていた。


そして、俺は小さく息を整えてから、


「陛下に、お話しておきたい事がございます…出来ればその…」


と言いかけると、陛下は俺の意を汲んでくれた様で、


「宰相と、近衛騎士団長以外は下がれ」


と命令してくれて、だだっ広い部屋に五人だけになり俺が、


「長くなりますが…」


と、前置きをしてから、


ベッキーさんが王子様のプロポーズを受けたいと思っていることや、俺の秘密に、ベッキーさんは現世に来た場合普通の女性になってしまうこと等を話した。


国王陛下は、こんな話を何処まで信じてくれるか解らないが全てを聞き終えた後で、


「うむ、承知した。」


とだけ答えてくれた。


「へっ?!」


っと、拍子抜けした俺に宰相様が、


「ジャルダン男爵はご存知ないだろうが、このシルフィード王国の初代国王様も精霊の女性をお妃にされたという言い伝えがございます。

その精霊のシルフィー様も人になる際に全ての霊力を失われたとありますので、ベッキー様の件は予想はしておりました…」


と教えてくれた。


俺は、


『あぁ、精霊では無くなったからポイっとはならないな…』


と安心したら全身の力が抜けそうになった。


国王陛下は、


「早く本人に伝えてやりたいが、ジャルダン男爵から聞いた話で、軍務卿派閥の件など幾つか気になる事があったので、公表は少し先にするべきかも知れんな…」


と言って、準備が整うまでは婚約は秘密という事になった。


ベッキーさん…俺、頑張ったよ…

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