第139話 レースの行方


みんなが馬券を購入し柵で囲まれた会場を取り囲む様に並び、レースの始まりを今か今かと待ち望んでいる。


しかし、俺は既に少しガッカリしているのだ…

それは何故かというと我が村のマキバのカトリ嬢が世話をしているクイーン号の晴れ姿を見ようと来ていたのだが、彼女が放牧場の小隊長とクイーンを見るなり、


「あぁ、クイーンちゃんの嫌いなタイプだ…凄く嫌そうに乗られてますね。」


と言っていた。


小隊長さんは今回最高レベルの乗り手なのでレベルも低く血統的にもスピードが出ないクイーンちゃんでも『息さえ合えば』と思っていた俺の考えはレース前に脆くも崩れ去ったのだった。


そして予定の時刻となり馬券の販売は締め切られて、レース会場にひきつる笑顔で現れたジョルジュ様が拡声の魔道具を使い開会の挨拶をして、


「それでは、間もなく第一レースが始まります!」


と、決められたセリフを言いきったジョルジュ様は足早にテントへと帰って行き、続いてサイラス騎士団の伝令担当者さんが拡声の魔道具を使い、


「それでは一番、灰色のシンディー号に乗りますのは今回の騎手最年長となります。

元サイラス騎士団伝令部隊、現在は引退して農家をしております私の元上司、ライナー選手…」


などと、騎手と馬の紹介を開始して、10頭分の全ての紹介が終わりスタート位置に着く頃には会場は異様な熱気に包まれていた。


続いて騎士団の楽隊の演奏が流れると観客は


『いよいよ始まるのか?…』


と息を飲む様に会場が静かになるが、歓声を上げていた時よりも、会場は得体の知れない熱気に包まれる。


そして、ガルさん親子に製作を依頼した特性のスタートゲートが「ガシャン」と開くと、慣れていない馬達が一瞬ためらいバラけたスタートとなった。


『これはクイーンちゃんにもチャンスが有るかも!』


と縦長になった馬の列を先頭からチェックするが、クイーンちゃんが居ない…

ず~っと目をスタート地点の方に移動していくと、完全に無気力で流す様に走るクイーン号が最後尾に居るのを俺は見つけてしまった。


小隊長のビリーさんが、部下や同僚に情けない姿は見せれないと、かなり焦りながらクイーンの腹をカカトで小突いても、「はっ!」と声をかけても、まだ第一コーナーというのに鞭を入れようと、クイーンちゃんは最後尾を走り続ける。


小隊長だからと馬券を購入した方々からは既にタメ息と、買っていない方々からは焦っている小隊長と、それでも走らないクイーンちゃんに心無い言葉や笑いが起こる。


『もう、ウチの娘を笑わないであげて…あの娘は本当は出来る娘なんです!』


と、唇を噛みしめて心の中で抗議しながらも俺自身も手に握られた『朝、7番、クイーン』と刻印のある六枚の木札が完璧に無価値な木片となる実感に少し寂しくなっていた。


レースは残り9頭で抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げ、ゴール前では観客からは地鳴りの様な歓声が徐々に馬郡と共に近付き、ゴール直後には喜ぶ者と肩を落とす者という端から見ても勝ち負けが解るような観客が、それぞれのレースを噛み締める様に、


「やったぁ!」


と、喜びを友と分かち合ったり、


「あぁ~、あと少しで…」


と、ボヤいたりとレースの感想を語り合っている。


勿論、村の皆も、


「カトリちゃんの言った通りね!」


とか、


「カトリちゃん、午後のレースも頼むよ!」


などと、予想屋カトリちゃんのおかげで勝利を掴んだ喜びを分かち合っている。


しかし俺は、ダントツビリのビリーさんが乗るクイーン号に全ベットしてしまったので本日のレースは既に終了してしまったのだった。


ナッツもカトリちゃんの意見を聞いて一口的中させたらしく、バッツさんと楽しげに、


「午後のレースも楽しみですね。」


などと、やっているので俺は相棒に、


「レースで疲れただろうから、クイーンちゃんと村に帰るよ。

午前バイト組と午後のバイト組の交代も有るから…」


などと理由をつけて敗走する事になった。


競馬場に併設された放牧場では、午前のレースの馬と午後のレースの馬の入れ替え作業をティムさんが元解放奴隷でティム牧場勤務のメンバーと行っており、ティムさんは我が家のクイーンちゃんを撫でて労いながら、


「キースさん、残念でしたね。

クイーンちゃんにテイマースキル持ちの方が乗れば、あるいは…」


と俺に言って、クイーンに小声で、


「次は一位になって今日のお客さんを驚かせてやろうね…」


と囁くティムさんに甘えるようにすり寄るクイーンちゃんは、乱暴に乗られた事を彼に訴えている様だった。


『いや、村の馬のクイーンちゃんもティムさんにメロメロじゃないか!!』


と驚きながらも、俺にはもう一名ケアするべき人物がいるのだ…そう、現役騎士団の騎馬隊のビリー小隊長さんだ。


俺は、選手の控えテントの外で膝を抱えて座っているビリーさんに近寄り、


「残念…でしたね…」


と語りかけるとビリーさんは精神的にメッコリと凹みながらも、キレのある動きでスッと立ち上がって、


「ジャルダン男爵様…申し訳ありませんでした。

男爵様のお持ちの馬と知りながら、不甲斐ない…

全て私のミスです。」


と、俺に頭を下げる。


彼からの謝罪に俺は焦りながら、


「いや、ウチの馬が気難しかったみたいで…」


と、ビリーさんのミスでは無いと説明するのだが、彼は、


「いえ、あの馬が完全に人に乗られる事を嫌う気質は走ってすぐに理解しましたが、晴れ舞台だという焦りから私がクイーン号が理想とするであろう、乗り手と一緒に楽しむという乗り方の選択肢にたどり着けずにクイーン号に無理な指示をだし続けてしまいました…」


と、言った後で俺と帰る予定で近くにいたクイーンちゃんにビリーさんはソッと近寄り、


「すまなかった…」


とクイーンちゃんにまで頭を下げていた。


すると他の馬より一回り大きなクイーンちゃんはビリーさんの頭を軽く「カポッ」と噛んでしまう。


これに焦った俺が、


「これ、クイーンちゃん!」


と注意するが、ビリーさんは笑いながら、


「いや、彼女は多分ですが、(これで許してやるよ元気だしな)とでも言ってくれたんですよ…」


と言って、クイーンちゃんの首をポンポンと叩き、


「クイーン号…次が有れば一緒に一位を目指そう!」


というビリーさんに、クイーンちゃんは「ブルン!」と返事をしてからニッと歯茎を見せていた。


『よし、ならば帰ってクイーンちゃんのレベル上げをして次こそはと願うビリーさんの気持ちに応えるしかないな…』


と考えた俺は、午後のレース分の予算も無いのでティム牧場からジャルダン村へと敷地内転移を使って戻り、闘技場にてクイーンちゃんのレベリングを開始するのだった。


まぁ、バトルホースという戦闘力の高い馬魔物なので麻痺した魔物を踏み潰したり蹴り殺すなど造作も無いだろうし、強い魔物で絶命させる事が出来なくてたってクイーンちゃんからの一撃さえ入っていれば後はイチローがバリスタで倒しても一定の経験値は入るし…と考えていた俺だったがそれは杞憂に終わった。


なぜならば、今日の散々なレースの憂さ晴らしとばかりにクイーンちゃんは暴れまくり闘技場にて魔物を蹴り殺しまくったのだ。


麻痺させたとは言え格上魔物を7匹ほど蹴り殺したところで満足した様で、クイーンちゃんは近くで見守っていた俺に近づいき肩口をハムハムと噛み、


「もう飽きたから遊べ」


と言っている様だったので俺は彼女を闘技場から牧場エリアに転移させて少しかまってやる事にしたのだが、放牧エリアに到着した彼女は楽しげに走りバーン達とかけっこをしているが、午前中のレースの時とは比べ物にならない速さであった。


自分の速さを俺に見せられて満足したのか、放牧エリアを一周してきたクイーンちゃんは俺にスリスリしながら、『ほらね。』みたいに鼻を鳴らす。


「次は一位を目指そうな…」


と、彼女を撫でながら、


「そろそろ皆が帰ってくる頃かな?」


と呟く俺にクイーンちゃんは、


『じゃあ、私は忙しいから…』


みたいに急に俺に興味が無くなったかのように食事をはじめたのだった。


そんなイベントも終了し、無事にアルバイトが終わり満足する者や沢山クッキーサンドが売れて喜ぶ者…

そして、午後のレースもカトリちゃんの人馬の相性チェックからの馬のヤル気診断を参考にして午前のレースで資金を増やして、更に午後のレースで朝の勝ち分を突っ込んだ村人達がホクホク顔で帰って来た。


『もうカトリちゃんは、馬券売場の横で予想屋でもして大銅貨1枚で情報を売れば儲かりそうだな…』


と思いながらも、午前も午後もレースを楽しめなかった俺は少し羨ましくレースの感想で盛り上がる皆を眺めるし事しか出来なかったのだった。

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