第138話 競馬の楽しみ方


予行練習の草競馬の日がやってきた。


朝から町はお祭り騒ぎでジャルダン村の皆も競馬を楽しみにしているチームや、ジャルダン村の特産品であるキャラメルを柔らかく作ったキャラメルソースの挟まった大きめのクッキーサンドを観客に売りまくろうと鼻息の荒いチームに、運営側にアルバイトとして参加してお小遣いを稼ぐチームなど様々である。


何故か我が家から参加したアルバイトの奥様や、配当計算係りのシュガーちゃんがセーラー服姿なのはこの際目を瞑ろう…

ただ、商業ギルドの方々と一緒に裏方をまとめるホークスさんがセーラー服でなくビシッとしたスーツ姿で良かったと安堵した俺は、会場の各所を巡る事にした。


主催者のジョルジュ様は競馬会場で挨拶等をする為に場内の視察は俺に任せて、代わりに記録という見た事を正確に思い出せるスキルを持つバッツさんが俺に同行してジョルジュ様に報告する任務についているが俺とナッツと一緒に


「イベントを楽しむだけの任務ですから…」


と、バッツさんは完全に気を抜いて楽しんでいる。


『いや、商業ギルドの仕切りとかをしっかりチェックしないと…』


と呆れながら、ウチの村のクッキーサンドを頬張るバッツさんを一旦無視して、商業ギルドマスター自ら今回のレースについての説明をしているのを見学する。


今回は朝と昼の2レースだけだが、この世界の競馬は生まれたばかりで手探りな状態であり、前世の競馬と大きく違う点がある。


それは馬魔物の種族とレベルの差があり、しかも騎手にもレベルやスキルという要素があるのだ。


なので、最高の馬と最高の騎手を参加する牧場が連れてきて競う本番のレースでは無い今回は、賞金を争う形で予め揃えた騎手十名にクジを引いてもらい乗る馬を決めてもらう方式をとっているので、現在、勝馬投票券の販売所の隣に張り出された馬魔物の説明書きの前で、


「冒険者テイク選手、レベル23、テイマースキル持ち!

三番の雄、レベル18、五歳ベルン号に決定」


とクジの結果が発表されると、レースで一儲けしようとする住民や冒険者が、


「テイマーか…騎獣スキルは無いのか…」


「いや、三番のベルン号はトラベルホースの血が濃いいらしいから、スタミナ任せに頑張ったら早いかも知れない…テイマーならば馬に頼みこめないか?」


などと、あーでもない、こーでもないと議論している。


バッツさんが、


「白熱してますね…

あぁ、ウチの騎士団の騎馬隊の小隊長が騎手として一人参加してますよ」


と言いながらクジ引き会場を見ると丁度クジを引いているのがその小隊長らしく、


「サイラス騎士団騎馬隊、小隊長ビリー選手、レベル38!」


というアナウンスがされると、会場が歓声に包まれ、


「騎獣スキル持ち!!」


と追加情報が告げられると、


「決まりだな…」とか、「ダントツだろう…」などと観客が話はじめる。


『凄い人気だな…日頃から馬に乗りまくっているし、レベルも高く、スキルまで…これは固いレースになるな…』


となどと俺が思っていると、


「7番、メス、レベル8、五歳クイーン号!」


と発表されたとたんに、会場には、


「あぁ~」と落胆の声が上がった。


クイーン号はウチのバーンの嫁候補としてセラさんが購入してきたメスなのだが、バーンと同じくバトルホースというパワーはあるが、スピードはイマイチな種類の馬魔物の血を色濃く引き継ぐ馬で、こっそりティムさんにお願いしてジャルダン村からレースに参加させてもらっていたのだ。


『くぅぅぅぅぅ!ウチのがバカにされている…頑張れクイーン!俺は、お前に今回のお小遣いを全ベットしてやる!』


と心に誓い、ジョルジュ様の様子を見に向かうと、馬と騎手の抽選の後に、約一時間程騎手と馬の慣らしの時間の間に、勝馬投票券の販売が行われる。


それが終わればようやくレースとなるのだが、ジョルジュ様はその時レース前に行うスピーチの練習を、運営本部のテントの中でブツブツとお経の様に繰り返し練習していた。


俺が、


「デカいテントですね…」


と、言いながらテントに入るとジョルジュ様は、スピーチの練習を止めて、


「キース君…戦争の時等に使う騎士団のテントなのだが、こんな時でもないと田舎の騎士団は、使う事すら無いから虫干しに丁度良いぐらいだよ」


と言いながらも、ソワソワしているジョルジュ様は、


「あぁ、テントの外の人だかりの気配だけで緊張する…」


と、泣き言をこぼしているので俺が、


「サイラスの全員が見物に来たというか、普段より冒険者の数が多いみたいでサイラスの町では見たこともない人の数ですよ」


と、少し意地悪な報告をするとジョルジュ様は、


「脅かさないでよキース君…」


と拗ねる。


すると、バッツさんまで、


「ジョルジュ様、ざっと見物の数は千五百人程…練習の興行でこれですからねぇ~。」


と悪い笑顔で詳細を報告していた。


ジョルジュ様は、


「そんなハズはない…」


と焦ってテントから外に顔を出した後、どうやら、自分の目で集まった観衆を確認したらしく、貴族服をビシッと着たジョルジュ様は精気の失せたゾンビみたいな顔色で、


「ぁぁぁぁぁあァァァァァ…」


と、よく解らない声を漏らしながら戻ってきて、


「ど、どうしよう…」


と、言いながら椅子に腰かけたのを最後に、使い物にならない程にガチガチに緊張して何やらアワアワと呟いている…


ナッツがそれを見て、


「大丈夫ですか?…」


と心配するが、バッツさんは、


「ジョルジュ様は、このアガリ症さえ無ければ、もっと出世出来る程に有能なのですが…まぁ、今日は練習ですし、最悪、同じ男爵のキース様が軽く挨拶してくれても…」


というのを聞いて、ジョルジュ様の顔が一瞬パァっと明るくなるが、俺は、


「それはダメだよ…」


と拒否すると、再びジョルジュ様は死んだ魚の様な目になる…


『だって、しょうがないじゃないか!

この競馬場を整備したのはジョルジュ様であり、この草競馬の主催者もジョルジュ様…

ジョルジュ・レーシング・アソシエーション…つまり〈JRA〉となり、ジョルジュ様こそが、この世界の競馬会のトップなのだから…』


というのは建前で、挨拶なんてしてたら折角のレースを楽しめないからなのだが…

まぁ、そういう事でジョルジュ様へのご挨拶も済んだので俺たちはレース会場へと戻り、既に決まった馬と騎手の組み合わせ表を見ながら誰に賭けるかを考える事にした。


今回村の皆で決めたルールで、ジャルダン村のメンバーは元手小銀貨六枚で誰が一番稼げるか?という勝負をしている。


自分のお小遣いで買い食いしても良いが馬券の購入はこの小銀貨六枚の元手のみで追加は無しという決まりである。


「くぅ~、どうしましょうキース様…」


と悩むナッツの隣で、俺は、


「ナッツ…俺はクイーン号に全ベットするぜ!」


と言って、ボロカス言われたウチの可愛いメス馬に小銀貨六枚…一口で小銀貨一枚の馬券を六枚窓口で買い、競馬場の端の放牧エリアで馬と慣らし作業をしている選手達を眺める村人の所に向かうと、皆はまだ、


あーでもない、こーでもないと、10頭の馬魔物と10人の騎手を眺めつつ、意見交換している。


『えっ、皆…クイーンちゃんは…』


と思わなくもないが、皆真剣なので言い出せない俺がそこにはいた…


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