第126話 年明けのある日
新しい年が始った。
といってもこの世界では年越しはあまり盛り上がらないイベントであり一般の方々的には保存食で耐え忍び、金持ちや貴族はアイテムボックス持ちの能力や財力で新鮮な食材を集めてパーティーに明け暮れる季節なだけで普段の平日と変わらない。
唯一違うのが、元日に神に祈りを捧げてホットワインを少量飲むといったささやかなセレモニーがあるのみである。
そんな年越しを済ませただけでジャルダン村もニンファの町も普段と変わらずのどかな毎日である。
とても各地で辺境伯様をはじめ派閥の貴族達が派閥争いと云う名のパーティーを開いたり、招かれたりしているとはとても思えない…
そんな中で俺はジーグ様と町役場で、
「平和ですねぇ~」
と言いながらお茶をすすっている。
ジーグ様は、
「父上も、兄上も3月の中頃までパーティー三昧だからね…新たに始める事もないし…何か決めるのもこの時期は大変だからすぐには決まらないし…」
と言いながらニンファの町で試しに作り始めた様々な燻製の味見をしては、「旨い!」と唸っている。
そう、貴族の静かなる戦いに俺とジーグ様は難民救済事業遂行中の為に参加を免除されているのだ。
『これは実に有難い…』
ニンファの町の集合住宅を整備して馬車工房の大型の鍛冶施設では現在は蒸留装置を作り、春には馬車工房と蒸留酒工房を始動させるのが目標で、あとは特に予定も無いので、現在ジーグ様とどうやったらニンファの町が儲かるか?の作戦を練っているのだ。
俺が、
「酒は熟成倉庫で1年で60年分熟成出来ますし、
馬車も木工職人さんが建設業務から解放されたら開始できる様にしたいですが、問題は鉄ですね…ジャルダン村の裏山で取れる分は取り尽くした感じがあるので鉱山でもあれば…」
とジーグ様に相談するとジーグ様は、
「売る物があれば商会とか立ち上げて、物を売って鉄を買って帰っても良いんだけどね…」
と言ってから、軽く伸びをして、
「国王陛下をお招きしたパーティーが終了した後に会議を開いて決めよう」
と結論を先送りにした。
『まぁ、主要貴族は留守中だしね…
しかし、国王陛下を招いたパーティーって今年も軍務卿も来るのかな?…嫌だなぁ…』
と感じた俺は駄目で元々で、
「去年の事もあるし、あまり軍務卿と会いたく無いのですが…」
と駄々をこねてみると、ジーグ様は、
「良いよ良いよ、陛下には報告書を上げているし、陛下が視察に来るときはシーナさんとジャルダン村に戻ってたらいいよ」
と言ってくれた。
この会話を隣で聞いていたホークスさんは大きなタメ息をついて、
「普通の貴族は国王陛下に会いたくて方々手を尽くすというのに…」
と呆れている。
俺は、
「いや、陛下にはお会いしたいよ…でも、それ以上に軍務卿にお会いしたく無いのよね…」
というと、ホークスさんは目を瞑りユックリと頭を横に振りながら、
「キース様が腹芸の一つも出来る貴族ならば、出世など思いのままでしょうに…」
と更に呆れられた。
俺が、
「出世?なにそれ、美味しいの?」
というとジーグ様は、
「知らなーい、食べたことなぁ~い…」
とおどけている。
呆れ切ってしまったホークスさんは黙ってしまい、流石に間が持たないのでジーグ様に、
「ジーグ様の奥方様ってお会いした事が無いのですが…」
と、素朴な疑問を投げ掛けるとジーグ様は、
「聞いてくれるかい?
ノルンちゃんが王都の学校に通うのに一緒について行ってしまったのだよ。
私だって学校生活を楽しむノルンちゃんを愛でたいのに…
このシーズンは中央でパーティーに御茶会三昧でニンファに来てくれないし…」
と、親バカ全開で拗ねている。
『あぁ、聞く話題を間違えたかな?』
と俺は後悔しながらも暫くジーグ様の娘自慢を聞かされる事になった。
そんなこんなをしながら順調にニンファの町の追加工事も進んでいた1月の末…事件は起こった。
一番来てほしく無いお客様だが、他に行かす訳にはいかない方々…
そう、新たな難民がニンファの町に流れて来たのだ。
寒さと飢えで危険な状態の者を含む百人以上…ニンファの町で保護するには数的に問題はない…
しかし、ベッキーさんから脳内へと入った報告には、
『マスター、難民の中に元ゲインズ男爵家使用人や、元ゲインズ男爵家長男という称号を持った人間が混じっています』
と報告を受けた。
もう、嫌な予感しかしない…
ゲインズ男爵さんとやらは軍務卿に尻尾切り要員にされ喉笛を土魔法で貫かれた人物だ。
お取り潰しになったとエルグ様から聞いてはいるが…
俺は皆に情報を共有するとホークスさんに、
「考え過ぎかも知れませんが、冒険者衣裳にて出迎えて下さい」
と言われ、ナッツと黒光りシリーズを着込みジーグ様と、とりあえず炊き出しで体を暖めて貰っている一団に話を聞きに向かった。
ベッキーさんの鑑定では、この集団は3つのタイプに分かれているらしく純粋な北部の難民が百名程度と、
主が死んだか何かで意図せずに解放された奴隷が二十名程と、
ゲインズ男爵の関係者が三十名余り…
正直3グループのうち2グループは、戦争難民なのかと言われるとあやしい。
しかし、どのグループにもこの寒空の下で外を歩くには厳しい格好の者が凍えていて、ポーションを必要とする状態の者も混ざっている。
手分けしてポーションを飲ませて落ち着いた後で、受け入れ手続きに移るのだが、百人の難民はジーグ様達にお願いするとして、残った50人の怪しげな一団はニンファのガーディアンズも警戒する中で、俺からの質問に答えて貰う事にした。
「え~、先ずは無事で良かったですが…
ここの皆さんは純粋な難民…というわけでは無い様ですね…」
と、俺が言うと解放奴隷のリーダーが、
「我々はシーバ子爵家の奴隷でございましたが、無理やり同行させられた戦地で奴隷紋にて我々を縛っていたシーバ子爵やその部下が命を落とし、解放奴隷となり戦地より難民の方々と命からがら逃げて参りました。
何処の町でも受け入れて貰えず、すがるはもうこの南の辺境伯様の土地のみ…どうか、御慈悲を…」
と必死で懇願している。
うーん、戦争の被害者と言えば被害者の様な?…
判断に困った俺は、ホークスさんに、
「ホークスさん、奴隷紋ってなに?…この場合の奴隷の方々はどういった扱いになります?」
と聞くとホークスさんは、
「奴隷紋は、契約魔法の1つでそれなりの料金で奴隷に施して命令したり、制約を守らせたりするモノです。
しかし、鑑定で解放奴隷とあればそれはもう自由な一般人と同じですね。
脱走奴隷ならば返却する事になりますが…
それより、キース様…シーバ子爵って解っていますよね。」
と聞いてくるが、シーバ子爵等という名前は解るも何も初耳である…
俺が、アホみたいな顔で首を傾げているとナッツが、
「金貨でベッキーさんを買おうとした方です」
と小声で言ってくれた。
えー、五十人全員軍務卿絡みじゃないか!とドッと疲れがやって来た俺だが、しかしこれからが本番である…
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