第115話 送別会と報告会


夏の終わりにウチの村に来ているダイムラー家の蒸留酒作りの研修生が研修を終えてダイムラー伯爵領の領都〈アガルト〉に帰る事になった。


ダイムラー伯爵領はユーノス辺境伯領の北隣…ナナムルから北に3日程の位置…つまり辺境伯領から中央に続く道の途中にある。


ニンファの町から帰ればジャルダン村から帰るより近いし、ロッソさんもそろそろ今年のパーティー料理の伝授に帰る時期なので、まとめてニンファまで送ってついでにダイムラー家に挨拶にいこうか?とシーナさんに相談したら、


「父は兄達と戦地だろうしキース様が来たと解れば母達が慌ててしまいます。

ニンファの町の件も有りますので今年のパーティーにもキース様は参加されるのでしょ?

ならば、その時に遊びに行く予定を伝えてからで大丈夫ですよ。

それに、送り出した娘が一年もせずに里帰りしたらかえって心配させてしまいますもの…」


とストップがかかったということで、村はいつも通りの仕事の後のお楽しみである闘技場での狩りをお休みにしてマイホームのホールでお別れパーティーの準備をしていた。


一足先に今年の辺境伯様のパーティーで出される予定のパスタ料理やガルさん親子の力作、俺がパスタマシンを注文したついでに作ってもらった肉をミンチにするミンサーという器具で作ったソーセージに、角無しのミルクに酢を入れて作ったカッテージチーズを使ったピザやタルトなどが並ぶ。


ロッソさんからの情報で王国の西の地方にはヨーグルトを作っている地域も有るらしいが、アイテムボックスでも無い限り持ち運ぶ最中に腐るので、流通はしていないが存在はするらしい…いつかは種菌を手に入れたいものだ。


ヨーグルトとカッテージチーズが有れば出来る物が増える…

その西の地方にはチーズを作っている村も有るらしいが、製法は門外不出らしく…多分子牛の胃液などを使うのかも知れないが…まぁ、あまり知られたく無いのだろう。


この世界ではマイナー食材のチーズだが、まさか酢で作れるとは知らないこの世界の住人にチーズの旨さが広がれば、チーズを作っているその村にもバブルが訪れるかもしれないな…などと夢の広がるメニューの数々が並び、今年試しに作ったフルーツ漬けの酒を試飲用に並べた。


ナッツが初年度に中庭の果樹園に植えた苗木の中で、成育の良かったブルーベリーが初夏に実をつけて初収穫となり、


『果実酒でも作ってみるか!』


と思いついて、半月前に蒸留酒にブルーベリーとお菓子作りの為に購入した蜂蜜を突っ込み熟成倉庫に入れて有ったものだ。


これが上手く仕上がれば他の領地で蒸留酒を何年も寝かせる間に、一年程で特産のフルーツを酒にして売ることも可能になるし、何より貴族の奥さま達に人気が出そうだ…


『金の匂いがするぜ!』


製法は登録して、これも派閥限定にすれば辺境伯様の派閥が強くなるかも知れないし、もう、いっそのこと辺境伯様が軍務卿派閥より強くなれば、あのテカテカ親父も黙らせられるのに…などと考えながらも、送別会は始まり皆も楽しく料理を食べている。


そんな中でミリンダさんとバーバラさんが、ポイント交換で手に入れた〈製氷〉機能で出したブロックアイスや子供達用に作ったスイカジュースやミルクを使い、実験の様にブルーベリー漬け酒を混ぜて、旨い飲み物を作ろうとしてベロベロになっている…

ティナさんとノルさんの大工の奥さんコンビも巻き込んでもう大変な有り様で、シーナさんが止めに入るがミイラ取りがミイラになり、


「あら美味しい!」


と、ミルク割りを飲んでいる。


終いにはシーナさんが俺にもミルク割りを持って来て、


「キース様もどうぞ」


と言うが、この世界で成人ではあるが17歳だしな…と思いつつ、


「有り難うシーナさん…でも、俺はあと三年は酒を絶つと決めているんだ」


と、願掛けをしている風の理由をつけて代わりにロッソさんに飲んでもらったのだが、ロッソさんは、


「キース様、これはイケます!!女性の方々のパーティー用の飲み物に使えますよ」


と興奮している。


俺は、


『ヨシ、今からでも色んなフルーツを漬け込もう…1ヶ月も熟成倉庫で浸ければ五年物のフルーツ酒が出来るから社交のシーズンに十分間に合うな…』


と決めた。


本当ならば炭酸水が欲しいのだが…天然の炭酸水の湧く場所なんて知らないし…

しかし、何か出来ると新しい物が欲しくなる…人とはなんと欲深い生き物だとしみじみ思う宴も無事…というか、多くの酔っぱらいを生み出し俺とA子達メイド隊が、倒れた村人に布を掛けて寝冷えを防ぎ子供達には、


「こういう飲み方はダメですよぉ~」


と教えた後で家まで送り、千鳥足の酔っぱらいはイチロー達の助けを借りて運び、ノックアウトの連中は…もうホールに放置してメイド隊にお任せした。


俺は自室に戻り、寝る前にマスタールームに意識を飛ばす…

先ほどの料理を記憶が鮮明なうちに具現化して、頑張っているヒッキーちゃんとベッキーさんに振る舞いながら、


「二人ともお疲れ、何か変わった事ある?」


と俺が聞くとベッキーさんは、


「マスター、もうすぐニンファの町の居住区が完成します。

予定より早くなり冬支度も余裕を持って行えますし、秋には牧場エリアも完成しジャルダン村からの卵鳥の受け入れも可能になります。」


との報告をしてくれた。


この間も、ニコニコしながらパスタを「モッチャ、モッチャ」と楽しんでいるヒッキーちゃんに、


「ヒッキーちゃんは?」


と聞くと、ヒッキーちゃんは少し微妙な顔をして、


「マスター、ご飯中にお仕事の話しは止めましょう!

特に今回の報告は、一旦食べた後にしたいです。」


と言っているので、二人が食べ終わるまでコーヒーを具現化してゆっくりしていた。


コーヒーもマスタールームで飲めるから助かるよ…ここでならチョコでもカレーライスでも、こっちの世界に有るのかすら解らない食材も問題なく楽しめる…

まぁ、テレビなどで見ただけの物は具現化出来ないが、俺の食べた事のある料理だけでも…十分である…

コーヒーだって、様々な豆の味も思い出せる限り再現可能だ。


ちなみに、今回は若い頃に良く行った狭い階段の先にひっそりある隠れ家の様な喫茶店のブレンドコーヒーを思い出しながら具現化してみた。

車椅子になってからはとても行けなかった懐かしの味がまさか異世界に来てから味わえるとは…


「あ~、旨いな…」


と、呟いてホッコリしていると、満足そうなヒッキーちゃんが、


「では、マスター、モニターをご覧下さい。

ショッキングな映像を含みますのでご注意を…」


と前置きして、モニターを操作する。


すると、

ヒッキーちゃんが昼間に見た映像を映しだすモニターには、虫、虫、虫のカーニバル状態…

俺は、ドン引きしながら、


「これは?」


と聞くと、ヒッキーちゃんは、


「西の森の奥地です。

草食魔物や小型魔物が激減し、肉食魔物も移動した森で何故かこの辺りにだけ爆発的に虫魔物が集まり、この虫魔物を狙った鳥魔物が集まりだしています。

村まで来る事は無さそうですが…何故かこの周辺だけ異変が…」


と、言いながら映している映像には、見覚えのある大岩と、その大岩の周りに群がるハエやG等の虫魔物達が見える。


凄く気分の悪い映像だが、俺の頭には、


『また俺のピタゴラだな…

あの岩の下には大失敗したイシルの樽が埋まっている…

この夏の暑さで腐敗が進んでいるのだろう…』


と、ピンと思い当たる。


俺は、


「確かに飯時にする話題ではないな…」


と言うと、ヒッキーちゃんは、

「そうでしょ」と言いながらタルトを食べている…


『おい、食欲を無くすショッキングな映像なんて関係無いがな…』


と呆れながらも、


「とりあえず、変化が有ったら教えて」


とだけ伝えてこの日は休む事にした。


本当にどうしよう…

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