第97話 命の軽さと事態の重み


ジーグ様達が朝早くから馬車隊をだして難民キャンプの広場にて、


「井戸堀り、それと大工と鍛治師、今日は畑を耕すので農業経験者を最大で、50名です。」


と、ジーグ様の配下の文官さんが大声で募集をかけている。


女性が手を挙げて、


「畑作業なら出来ます…働かせて頂きたいのですが子供が居りまして…何とかなりませんでしょうか?」


と訴え掛ける。


ジーグ様が少し困りながら、


「キース殿、如何なさいますか?」


と聞いてくるので、俺は、


「もしかして、読み書き計算を教える学校を作ったら、女性など子供の居る家族がもっと働き易くなるかな?

新しい町には学校を作る予定だったけど、町が出来るまでの間はナナムルの街に夕方まで借りれる会場と、文官さんを先生に出来ないでしょうか?

もしかしたら難民の中に計算が得意な商人さんとかも居るかもしれないし…

新しい町に引っ越す人は特技も聞いておいた方がいいね…

でも、今日はまだ無理だから…数日時間をもらって、早急に託児所の準備をしましょう」


と、提案すると王都の文官職の方々が、


「普段からあのようなやり取りのみで方針を決めるのですか?」


と、ジーグ様に質問している。


ジーグ様は王都の方々に、


「ジャルダン準男爵が褒美で貰った土地を使い、彼の私財で行う事業を辺境伯家がサポートする形ですので…

そして、準男爵の判断は我々の一歩も二歩も先を見ている…

今回も子供がいて働けない母親だけではなく、その子供の未来まで見据えておられます。

その知恵と行動力は神々から人を導く様に使わされた聖人と言っても…いや、難民を救う為の町を作っている時点で準男爵殿は既に聖人なのかも知れません…」


などと、物凄く持ち上げてくれている。


恥ずかしくなりその場を離れた俺は意見をくれた奥さんの所に近付き、


「お子さんは何歳ですか?」


と聞くと、


「五歳と三歳でございます。」


と答えたので、俺は、


「工事現場にある建物で、子供が預かれるか試したいから、実験台で悪いんだけど明日お子さんと一緒に日雇いとして参加してください」


と伝えてから続けて、


「明日、子供を育てた事がある方、また、家庭教師の経験が有る方名乗り出て頂けると有難いです。

もしかしたら託児所や塾の職員として雇えるかもしれません。

それと、何か質問や提案の有る方は毎朝この時間に日雇いの募集に来ますのでその時にお願いします。」


と宣伝すると、

ジーグ様は『ほらね』みたいな顔で王都の文官さんに軽く頷いていた。


お屋敷から国王陛下や辺境伯様をはじめとした数名の貴族の乗る数台の馬車が出発し、ジーグ様の馬車に続き俺達や大工の親方や日雇いの皆さんを乗せた馬車の列が工事現場へと向かう。


そして、馬車隊が到着した工事現場には出発した時には無かった檻が畑の予定地に置いてあり4人の黒装束の男達が捕まっていた。


『思った通りかよ!』


と呆れる俺だったが、その現場を見た国王陛下が、


「あの檻の中の者は?」


と不思議そうに聞くが、一緒についてきたラースト侯爵とその部下は苦々しい顔をしている。


俺は、


「イチロー!」


と呼ぶとガシャンガシャンとヘルタイガーの骨を練り込んだ魔鋼の鎧の騎士が現れる。


王様が、


「ジャルダン準男爵の私兵か?」


と聞くので俺は、


「はい、頼もしい仲間です。」


と説明した後に、イチローに


「何が有ったか説明を」


というとイチローは、


「はい、キース様。

今朝方のこと夜も明けきらぬ時にあの四名が、町の門をくぐり侵入し役場を目指し移動中に設置された罠にはまり大騒ぎして…

(精霊を渡せ)だの(ラースト軍務卿を敵に回すぞ)等と落とし穴の中から叫んでおりましたので、制圧して捕らえました。」


と、答えてくれた。


俺が小声で


「静か過ぎるけど死んでない?」


とイチローに聞くと、


「檻に入れてからも魔法を飛ばし暴れましたので…コマンダーがガスで…」


と、教えてくれた。


国王陛下は何か察したのか、


「ラースト!この盗賊はお主の派閥の騎士達であろう、どう申し開きをする?!」


と怒っている。


ユーノス辺境伯様も、


「息子のジーグの報告では、ラースト侯爵の配下と名乗る騎士が二名、この地の精霊を大金貨十枚で売るように押し掛けたと聞きます」


と援護射撃をしてくれる。


ラースト侯爵は一瞬青い顔で焦っていたが、大金貨十枚の辺りで完全に手下の貴族を睨み、そして、ニヤリと一瞬笑ったのを俺は見逃さなかった。


ラースト侯爵は、


「陛下、失礼して賊をあらためても?」


と聞いた後で、檻の中の4人を確かめ大袈裟に、


「おぉ、なんと!」


と騒ぎ、


「ゲインズ!ゲインズ男爵っ!!」


と叫ぶ。


すると、昨夜の目付きの悪いアホな貴族が、真っ青な顔で前に出るとラースト侯爵は、


「お前は、私の名を使い他家の至宝を手に入れようとして、断られれば手の者を使い盗みか!恥を知れ!!」


と怒鳴り、アホが、


「いや、それはラースト様の…」


と何かを言いかけた所で彼の命は尽きた…


叫び声すら上げる暇さえ与えず、土の魔法なのか、鋭い岩の槍が地面から生えて彼の喉仏を貫いている。


国王陛下は、


「勝手に刑を執行する権利は軍務卿とて無い!控えよ!!

詳しい話は王城にて聞く、お主はこのまま帰り自宅にて謹慎しておれ!

他家に迷惑をかけた者であろうと調べもせずに…」


と、真っ赤な顔で怒っている。


しかし、軍務卿とやらは、


「申し訳御座いません陛下…この者は戦場にいても強奪などをしておったとの疑いが有った者で…

我が名を使った今回の略奪ばかりは許せるモノではありませんでした。

我が派閥に、このような犯罪者が居たことは私の罪…これより王都へ戻り謹慎致します。

ジャルダン準男爵殿も大変不快な思いをさせた…許してほしい…」


と涼しい顔で頭を下げる軍務卿に、呆気に取られた俺は、


「はぁ…」


としか答えられなかった…


目の前て行われた蜥蜴の尻尾切りという名の殺人…余りに軽く奪われた命に俺は完全に思考が停止していた。


その後俺は、どうやって過ごしたかあまり思い出せなかった…

ただ、後になりジワジワと、


『あの時俺がしっかりしていれば、もっと真実に近付き尻尾を切られた蜥蜴の胴体まで手が届いたかも知れない…』


という後悔に押し潰されそうになるのだった。

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