第80話 寂しいからお喋りしませんか?

パーティーの翌日、俺は大事を取って部屋で待機を命じられ渋々体を休める事にした。


ホークスさんは何かの打ち合わせの合間に様子を見に来てくれるし、ナッツにも、


「メイドさんも居るから大丈夫だしナナムルの街の様子を見てきてよ。

出来ればベアードさん達みたいに困ってる人の様子を探って来て欲しい」


と俺が頼むと、ナッツは、


「了解しました。」


と言って街に向かい、俺は部屋に一人っきりになった。


おかしなもので普段は頼りないし手間がかかるヒッキーちゃんだが、いよいよもって何もすることが無いと少しだけ、


『ちゃんとしてるかな?』


などと気にしてしまう自分がいた。


しかし、馴れない場所で馴れない事をして、やはり気を張っていたのかいざ休みとなればいくらでも眠れるくらいに疲れていたようで目が覚めれば太陽は空高くに輝いていた。


『昼は…過ぎたのかな?』


と、俺はもぞもぞと起き出し完全に回復して食欲が戻って来たので担当のメイドさんに、


「夕食はガッツリな感じって出来ます?」


と聞くと、


「お元気になられたら旦那様と奥様が、ご一緒に夕食でもと申されておりましたが…いかが致しますか?」


と言われたので、


パーティーの後、主に精神的にヘロヘロになって早々に退散してしまったので、アリア様にナナムルの街でお店が出せるか?とかも相談出来ていないし…


「是非お願いします。」


と頼んでおいたのだが、正直なところ気絶や心労で一昨日の朝から食べ物を食べて居ない…

パーティーでも何だか体が拒否したのと最近腹一杯食べた記憶が有る料理に手が伸びなかったのだ。


メイドさんが夕飯の打ち合わせに行ったのか退室し、ひとりぼっちの部屋で、


「寂しいな…」


と口をついて出たセリフに俺は驚いた。


良く考えれば子供の頃は大概ひとりぼっちで、ナッツが食事や掃除の世話をしてくれるだけで数時間誰にも逢わなくても寂しいなどと思った事は無かった…

もっというと、前世では動かないクセに痛む下半身を引きずりながら車椅子生活で家からもほとんど出ず誰とも逢わずに年単位で過ごしていた…

他人との会話は、医者と、レジ係と、宅配業者ぐらいの生活でも、「寂しい…」などと感じなかった。


むしろ、そんな事すら考えたことがなく日々の生活が「無」だった…

なので今、『寂しい』という気持ちになる自分にビックリするしか無かったのだ。


誰も居ない部屋で、


「ここ数年で、誰かが周りで賑やかに暮らして話しかけてくれるのが普通になったんだな…」


と呟くと、「ぐぅ~」と、腹の虫だけが返事をしてくれた。


それからしばらくして、メイドさんはワゴンを押して帰ってきた。


「お茶の時間前でこのような物で申し訳御座いませんが…と、料理長が申しておりました。」


と言って、柔らかいパンとベーコンエッグにスープを運んで来てくれた。


俺が礼を述べる前に美味しそうな香りについつい


「ぐぅ~」


と元気な返事を腹の虫がしてしまいメイドさんにクスクスっと笑われてしまった。


恥ずかしい…


しかし、お茶の時間前という事は2時ごろかな?

村であれば自宅警備スキルで時間も解る…

思えば場所さえ限定されなければかなりの便利スキルなのだな…などと自分のスキルの有能さを考えながら、丸いパンをナイフで上下半分に割りベーコンエッグを挟みお行儀が悪いが噛りついた。


メイドさんは、一応貴族の俺が街の屋台で売っている硬いパンのサンドみたいな食べ方をお屋敷の高級な柔らかいパンでするとは思って無かった様で少し驚いていた様子だったので俺が、


「腹ペコの時は噛りつくのが一番おいしくないですか?」


と言うと、メイドさんはまたクスクスと笑いながら、


「解ります。

私もメイド長に叱られますがお腹が空いた時は使用人用の食堂でなんでも挟んでガブリと…」


と言ったところで、ハッとなり、


「失礼しました準男爵様…」


というので俺は、


「いやいや、キースでいいよ。」


というと、メイドさんは、


「いや、しかし…」


と、今さらながらに距離を取ろうとする。


それはそれで寂しい俺は、


「気楽にしてよ…お願い。

俺は元々は冒険者だったけど、たまたま準男爵にしてもらっただけだから…そうだ、メイドさん名前は?」


と聞くと、


「セラ…です。」


と答えてくれたので、


「セラさんだね、俺はキース…

はい、もう名前も知っている友達です!

せめて、お部屋担当の間だけでも仲よくしてよセラさん。」


とお願いすると彼女はまたクスクスっと笑い


「はい、畏まりました。

キース様…でも、メイド長に知られたら叱られますのでお部屋の外では準男爵様とお呼びしますので、キース様もセラさんって呼んじゃ駄目ですよ。

私もキース様って呼んじゃいそうになりますから。」


と言って笑ってくれた。


寂しかったのもあるがセラさんと色々な話しが出来たのは収穫だった。


お屋敷の事や、ナナムルの街の事…お貴族様の目線も庶民の目線も解るメイドさんからの意見は実に有益だった。


特に街の事は興味深くて、辺境伯領は食べる物が豊富で安い事もあり北からの難民は中央の領地では食糧も手に入らずに暮らす事が困難で、多くの難民がナナムルの街の壁の外に小さな集落を形成しているそうだ。


手に職のある難民は日雇い労働者や内職のような仕事で何とか食べているが、街の大工さんなどは腕の立つ難民の職人さんが格安で仕事をしない様に手を組み、ナナムルの街での仕事を窓口を通さないと受けれなくしているらしく、弱い業者さんも仕事をもらえずに家具や木工品を市場で売って生活の足しにしているらしい…


『ハリーさん達の親方さんもそんな事言ってたな…』


と思いながら話を続けると、他の業種でも似たような事があり、ナナムルの街では組合加盟の大手の商会と誰でも出せる広場の露店商との二極化が進んでいてクオリティの有る物は競争相手が無く高値がつき、安価なものはクオリティがまちまちで中には生活の為にヤバい物を扱う露店商まで有るらしい…


『華やかな都会も案外大変な状態なんだな…まぁ、万人が住む街の周辺に千人を超える難民が流れつけば、街のバランスも崩れるわな…』


と、セラさんとお茶の時間がてらに話した雑談から多くの情報を得る事が出来たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る