第57話 チャンスがやってくるぞ


夕方前にサイラスの町を出た俺達は夜には自宅に戻り町での出来事を心配して集まってくれた皆に報告したのだが、


「えっ、辺境伯様が来る!?」


と、みんな不安そうな反応であった。


現在辺境伯様が訪問する目的がヘルタイガーのお礼とキャラメルの買い付けの2点ということが今の所解っているのだが、折角こんなド田舎までここら辺一帯で一番偉いお貴族様がワザワザ来てくれるこのチャンスにウチの村で直接売れる商品を考えなければ今後のウチの財政に大きく関わってくる。


現在ミリンダさんや子供達はミルクや卵の安定供給が出来て何かしらの販売経路が整うまでは現物支給や定額のお給料を俺の貯金から渡していたりしているし、鍛冶屋親子にはお給料とかでは無くて北の岩山で回収した資材を無料で提供する代わりにガルさん親子の作った循環パイプなどの売上の一部を貰う事になっている…

俺としてはギルドへの申請やらなんやらを丸投げしているので鍛冶師ギルドからのギルド経由の特許使用料だけで我が家の収入として十分なのであるが、


『それとこれとは別だ…』


と頑なにガルさん親子は我が家に金を払おうとしてくるので、歩合でガル工房の循環パイプなどの儲けを受けとる事になっている。


そして大工さん達には木材の製材を請け負う代わりに我が家からの注文はお安く引き受けてくれる約束をしている。


そのうち大工さんの奥様達にも後々何か得意なことが有ればお仕事をお願いしたい…などと考えているのだが、兎に角特許以外のウチの収入元が弱いのである。


しかし、急な事もありこの状況でユーノス辺境伯御一行様に売り込む物など俺の頭にはすぐに思い付かない…

なので、『三人寄れば文殊の知恵』ということで村役場にて全員総出の作戦会議となったのだが、俺が、


「え~、辺境伯様が来週辺りにここにいらっしゃる訳ですが、このチャンスに売り込める物のアイデアを集めたいと思います。

現在、辺境伯様の奥方様がキャラメルを購入希望なのは決定していますのでガルさんとニルさんには例の可愛い小箱を何個か作って頂きたいとおもいます。

その他に何か有りませんか?」


と聞くと、ミリンダさんがそっと手を挙げて、


「はい村長!私が物を知らないだけかもしれませんが、穴堀り猪の加工肉のベーコンという物をここに来るまで知りませんでした。

あれはスープの具材にすると香りや味が良くなり、子供達も一緒に入れた野菜もモリモリ食べてくれます。」


と、報告してくれ、


『我が家で定番になりつつあり、すっかり忘れていた!』


と、俺は良い商品が埋もれていた事を思い出した。


冬場に気まぐれで木箱を改造して作ってみた燻製装置で試しに作った穴堀り猪のベーコンなのだが、今なら大型の燻製小屋さえ有れば村に有る材料でベーコンだけでなくて色々な燻製がつくれるし、なんと現在燻製用のウッドチップは資材倉庫の仕分け機能で作りたい放題だ…イケるかもしれない!


「ミリンダさんナイスです。

さっそく取りかかりたいのですが、肉の下準備の手伝いを誰かお願いしたいのと燻製小屋を急ぎですいませんがハリーさんとカモイさんにお願いしたいです」


というと、ハリーさんとカモイさんは、


「燻製小屋というモノが解らないが簡単な小屋ぐらいなら3日で作ってやるぜ!」


と言ってくれ、ミリンダさんも、


「言い出したアタシが頑張らないとね…ティナさん、ノルさん…悪いけど手伝ってくれるかい?」


と大工の奥さん二人を誘い燻製商品係になってくれた。


次にシュガーちゃんとロイド君とサーラちゃんの子供チームが、


「プリン」「プリン」「ぷりゃん!」


と、プリンを猛プッシュするので、


「皆、お手伝いしてくれる?」


と聞くと三人ともやる気の様だったので、A子を担当にしてイチローを通訳につけたプリンチームが発足した。


ガルさんと、ニルさんが、


「キースの旦那、この間の酒はもうないのか?

あんな旨い酒ならば買い手はいくらでもいるぜ…」


と言ってくれたのだが、もうほとんど残っていない…誰かの所為で…

そして、冬の間ずっと熟成倉庫で寝かしていた普通のワインだが、3ヶ月有れば元のワインの数倍の値段で売れるぐらい旨くなるらしいので、今出来る一番安定した錬金術かもしれないが、来週では熟成させる時間が無い…

ちなみにヒッキーちゃんの話しでは熟成用の保管倉庫は大体60倍の時間が内部は過ぎて行くらしく、

パンの発酵一時間も一分へと短縮する…

元のワインが何年物か知らないが追加で3ヶ月倉庫に入れたのだ…


3×60=180ヶ月=15年熟成した事になる。


蒸留酒を作り熟成を一年すれば、60年物の酒が手に入るが…

今は時間が無いので諦めるしかない…

しかし、俺は今後の事を考えて、


「ガルさん、ニルさん…今回は時間が無いので諦めますが、今後の為に凄い酒を作る予定なので今回のバタバタが済んだら協力をお願いします。」


というと、ガルさんとニルさんは勿論のこと、ハリーさんとカモイさんにミリンダさんまでやる気になってくれている…

頼もしいが、俺は、


『ヤバい提案をしたかも知れない…』


と少しだけ後悔した。


次回の宴に試作の蒸留酒を出せば、バッツさんの二の舞になり、またもや夜のキノコ狩り疑惑が再発するかもしれないのは不安だが…しかし、今は目の前の辺境伯御一行様への売り込み商品に集中だ。


「では、各自明日から商品開発を開始して下さい。

何か足りない物や、お貴族様に売れそうな物の新たなアイデアがある方はドンドン提案お願いします」


と、全員参加の作戦会議を締めくくり俺達は翌日から各自の仕事に取りかかった。


朝早くから俺とナッツは燻製用の肉の追加の為に、森の奥を目指して猪系の魔物の上位種〈シールドボア〉という岩のような頭蓋骨で正面からの攻撃を弾いてしまう猪を狙う事にした。


無論、罠にハメて痺れさせてから柔らかい胴体を側面からザクッとやるだけの簡単なお仕事である。


クレアママさんの資料に、『肉は美味で、高価買取』と、書いて有ったから貴族様にもってこいだと考えたからだ。


午前中は村の皆も角なしの世話や注文品作成や家事仕事など日課をこなし、昼から俺はヒッキーちゃんと製材作業を行い、出来た木材を裏庭から池のほとりの元大工さんの詰所にジローとサブローに運んでもらう。


ナッツと奥様チームは獲物の解体と下処理を行い、

大工チームは解体場所の近くに燻製小屋を建てはじめてくれている。


普通であればベーコンなどの下準備で肉の塩漬けや塩抜きなど時間のかかる作業も、熟成倉庫を使えば数時間で何日もかかる塩漬けでも、ハーブを使った燻製液に漬け込む作業が出来てしまう。

鍛治屋チームは循環パイプにも使う錆びない鉄でベビーパウダーの缶の様な入れ物を作ってもらいB子が既に作ったキャラメルを詰めて製品を仕上げ、C子が在庫用に追加のキャラメルを作っていく。


そしてA子と子供達は歓迎会の時のレシピでサイラスの町で購入した小ぶりで質素なコップでプリンを作っている。


そして、何日もかけて足りない物を何度かサイラスの町に買い出しに行きながら、準備期間が一週にしてはかなりの数の商品が出来上がった。


しかし、このゴタゴタが済めば畑作業を本格的にやらなければ種蒔きも何も出来ていない…これはマズい…と焦りながらも俺は何とか準備が整った事にホッとしていたのだった。


そんな感じで、俺も村の皆も連日の作業が一段落してホッコリしていた昼下がり、一週間ほど前の再放送のようにバッツさんが愛馬に乗って我が家を訪れたのだ。


そして、


「皆様、明日午前中には辺境伯様の馬車が参りますので先触れにまいりました」


と、その時が来たことを知らせてくれた。


さぁ、戦が始まる…稼いでやるぞ!

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