第56話 我が家のレシピを伝授します


流石はお屋敷のキッチンだ…デカくて立派で器や調理器具がズラリと並び、なんと料理人だけで5人もいるのだ。


料理長さんが、


「先程はスミマセンでした…お客様のおかげで男爵様に失望されずに済みました。

お気遣いありがとうございました。」


と、深々と頭を下げられた。


俺は、


「やめて下さい。

料理長さんの知らない料理のはずですよ…我が家の家庭の味みたいな物ですから…」


と、言ったのだが料理長さんは益々深々と折れ曲がり、


「門外不出のレシピでしたか!」


と焦りだす。


「違う、違う!限り有る食材で知恵を絞った創作料理?的なヤツですよ」


と苦しい言い訳で料理長さんを納得させたのだが、なんて真面目な料理人さんなんだと俺はかなりの好印象を覚えた。


クリームシチューの大体の手順を説明してお手本に一度バターと小麦粉とミルクでホワイトソースを作って見せて、


「これを様々な出汁でのばすとクリームシチューやグラタンに使えます」


と説明したのだがキッチンの皆さんが「グラタン?」となってしまい、


『あぁ、そうだった…』


と、そもそもホワイトソースを知らない事を思いだし料理長さんに、


「あとは煮込むだけです。

紙と書くものありますか?…もう俺のしっているシチューとかのレシピを幾つか渡しておきますね」


と俺が言うと料理長さんは何かを思い出し、


「スミマセン…食材として魚が有りませんので今から買いに走らせます。」


というので、


「別に魚にこだわらなくても、肉も野菜も有るもので大丈夫です。

それなら鳥の肉はありますか?」


と俺が聞くと食材管理担当なのか若い料理人さんが、


「朝〆の新鮮な若い卵鳥のオスが有ります」


と報告してくれた。


『あぁ、卵鳥のオスは繁殖用の個体を残してある程度育ってオスと判別されたらお肉にされるのか…我が家ではどうしよう?』


と、少し考えてしまったが今は一旦保留にして、クリームシチューに集中する事にした。


「それで良いです…というか、それが良いです。

我が家では若鳥の肉なんて手に入らないので魚で代用した感じです」


と俺が伝えると、流石はプロの料理人さん達…少しのポイントを伝えるとそれだけで手際よくクリームシチューを作っている。


1つの鍋に5人の料理人…もう、放っておいても旨い物が仕上がるだろう。


何なら端にいる料理人さんは見てるだけになるので、


『もう、ついでだから!』


と、少し仲間外れ気味な端の女性の料理人さんに


「貴方、何か得意な料理ありますか?」


と聞くと、彼女は少し気まずそうに、


「私はパン焼き担当でして…」


と答えるので、俺がクリームシチューを作っている料理長さんに、


「彼女をお借りしても?」


と聞くと料理長さんは、


「パンしか焼けない新人ですが…どうぞ」


と言ってくれた…


『パン焼きが新人の仕事…だと!?…全国のパン職人とジャムと名乗るパン職人の神に謝らせてやる!』


ぐらいの気持ちで、やけくそ気味に彼女に天然酵母のフワフワパンのレシピを書いて渡してコツを教えた。


冬場の間に母屋にこもって実験を繰り返した完成形のレシピだ。


「パンの技術は俺より有ると思うから酵母を使って美味しいレシピが出来たら食べさせてよ」


と俺が言うと何故かその料理人の女性は泣いていた…


『 ヤバい!何か悪い事を言ったかな?』


と、俺が慌てていると、


「先生、ありがとうございます…ワタシ…もう少しここで頑張ってみます」


と言ってニコリと微笑み、早速酵母作りに向かった。


『いや、俺は先生ではないのだが…しかし、彼女は退職でも考えて居たのかな?…他の料理人より離れて見学していたし、感じの良い料理長さんまで、「パンしか焼けない」と言っていたので彼女は料理人として疎外感を感じていたのかもしれない…うん、後で料理長さんにガツンと言ってやろう!』


と思いながらも料理を伝え終わり3時のティータイムには間に合った。


今現在、クリームシチューの試作品が完成して料理人達で味を覚える名目の試食をしている。


俺も、


「先生どうぞ」


とスプーンに乗った一口サイズのクリームシチューを渡されて食べてみたのだが、確実に我が家のヤツより高級な味がした。


俺は料理人の腕前というものを感じながらも、


「完成です…とても美味しい。」


と感想を伝える。


もう、いつの間にか俺の呼び名が、「先生」で統一された事はこの際諦める事にした。


料理人達は喜んでいるが、


「あとは、このシチューにも合う秘伝のパンのレシピを彼女だけに教えてあります。

下準備に数日かかる大変手間な物ですがこのパンは彼女にのみ伝授したモノです。

どうしても知りたい人は彼女が完全にマスターしてから、これならば誰かに伝えれると彼女自身が確信した後に彼女から学んでください」


と女性料理人さん本人とパン職人の地位向上を願って一言告げた後に俺は、


「アリア様の所にもどります。」


と言って、キッチンから元の部屋に戻るとアリア様とジョルジュ様にナッツがお茶を楽しんでいた。


「ずっと、ここに居たの?」


と俺がナッツに小声で聞くとナッツがにこやかに、ジョルジュ様は昼食後に仕事に戻りアリア様はナッツと俺のお屋敷での話をしながら散歩などをしていたと教えてくれた。


そして、ティータイムで集合して現在に至るそうなのだが…驚いたのはキャラメルが既に無いのだ!

俺はアリア様やジョルジュ様の血糖値を心配したが、どうもナッツの話しでは、


「こんなに美味しい物は一人占めしてはイケない!

解り合う仲間が必要よ!!」


と、お付きの方々や使用人や近衛騎士さんにまで部屋に居る全員で食べたらしい。


それならば良かったけど…と、一安心した俺にアリア様が、


「来週辺りにこちらにくる夫に食べさせたかったけど、美味しくて全部食べてしまいました…」


と、少し寂しそうなので俺が、


「今回は急な事で一箱しかお持ち出来ませんでしたが、我が家にはまだまだ在庫が有りますので持って来ましょうか?」


と言うとジョルジュ様が、


「それは良かった…アリア様は勿論、後程参られる辺境伯様もキース君の村を見たがっていたので直接買い付けに向かうとしましょう」


と、言い出す。


『えっ、ご領主様も来るの?』


と内心焦り散らかす俺だが、よくよく考えると村の特産品を領都に売り込むビックチャンスだと腹をくくる事にして、


「では、今から帰って準備をしないと…」


と言って俺はナッツを連れて自宅に帰ろうとするが、その時部屋にガラガラとワゴンが運び込まれクリームシチューの味見大会が始まってしまい帰るチャンスを一度逃してしまった。


アリア様とジョルジュ様に3時のオヤツ感覚で出されるクリームシチューに、


『重たくない?晩御飯食べれますか?』


などと心配になる俺だったが二人ともニコニコして食べている。


そして、ジョルジュ様に何やら料理長が耳打ちしている事に少し不安が過る俺だが、内緒話が済んだジョルジュ様は、


「キース君…いや、キース殿。

このレシピを我が家に売ってはくれまいか?」


と頭を下げるとアリア様まで、


「あら、ジョルジュ男爵様…辺境伯家もこのレシピを買いたいのですが!?」


と言い出す。


しかも大金貨10枚とか物騒な金額が飛び交い、


「我が家は50枚!」


とアリア様が言った所で俺がストップをかけた。


「母上の親友にプレゼントと、住まわせて頂いてるお礼にジョルジュ様にもプレゼントします。

仲良く辺境伯領のレシピとしてお使い下さい」


と俺が提案するとアリア様が、


「可愛い甥っ子から大金貨50枚分のプレゼントを貰った気分ですわ」


と上機嫌だったので一安心したのだが、ジョルジュ様が、


「では、パンのレシピは?」


と再びオークションを始めそうだったので、


「料理人の彼女に任せます。

彼女が教えたい人に広めればいいし誰に教えても構いません。

美味しいか美味しくないかは食べてからのお楽しみです。

仕込みに数日かかりますので…」


と伝えておいたが、ジョルジュ様は、


「大金貨の話ではなくなるかもしれん…」


と、不穏な事を言っていた。


俺は、もうこれ以上話しが大きくなるのは嫌なので、


「新しい村人も来てくれて畑の準備も有りますので帰らせて頂きますね。

アリア様、キャラメル以外にも幾つか甘い物を作っておきますので楽しみにしていて下さいね」


と言って帰ろうとするが、


「泊まっていけ」的なラリーを何度かした後に、


「暗くなるとイケませんし、村人が急な呼び出しを心配しておりますので…」


と、言って何とか俺達は解放されたのだった。


サイラスの町で砂糖や小麦粉などを追加で購入し、来週辺り来るであろう辺境伯様御一行を出迎える準備の為に自宅に急いだのだが…


辺境伯様が来ると知ったら…みんな驚くだろうな…たぶん…

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