第50話 春になれば
外気が少し温かく感じる午後に俺はC子に手伝ってもらいながらクッキーを焼いている。
ミルクを消費する一環であったが冬の間にパンやキャラメルなどの制作で俺はキッチンで過ごす事が癖になり焼きだめしても保管倉庫があるので腐ることはない…
むしろ倉庫に入れるまでもなく育ち盛りのサーラちゃんが香ばしい香りを嗅ぎ付けて、かなり大きくなった卵鳥部隊を引き連れて、
「みんにゃに、くびゃりにきまちた」
と、3時のオヤツとして焼き上がったクッキーを配達すると申し出てくれるのだが、その際に割れてしまったクッキーをお駄賃として貰うのが彼女の楽しみのようだ。
俺が、
「沢山ため込んでカビさせたら勿体ないから保管倉庫に入れてあげようか?」
と提案すると、サーラちゃんは、
「だいじょぶ、シュガーねーねとミリンダママとたべちゃうから」
と胸を張っていた…
『胸を張る事でもないのだが…』
と少し呆れるが、カビさせていないのならばヨシとするかな…と思っているとサーラちゃんが、
「そんちょう、ジャムちゅくれりゅ?」
と聞いてくる。
ちなみに、サーラちゃん達は開拓村の長という事で俺の事を村長と呼んでいる。
俺は出来る村長を演出する為に、
「作れるよぉ」
と、ジャムなど作った事はなかったが、たしか作り方ならテレビで見た事があったはず…と、少し背伸びをして答えてみた。
そして、サーラちゃんに、
「何のジャム好きなの?」
と聞くと、彼女は舌っ足らずな感じで兄のロイド君の秘密を暴露して帰って行ったのだった。
まとめると作って欲しいのは木苺のジャムであり、これはシュガーちゃんの大好物らしくジャムの制作依頼主はシュガーちゃんでもサーラちゃんでもなくて、なんとロイド君らしい。
ロイド君は勉強を教えてくれる頼れるお姉さんのシュガーちゃんが好きになったらしく、彼女が好きな木苺を集める為に小型魔物に勝てる力を欲したみたいである。
なぜならば木苺のある場所は森の入り口近くで、小型の魔物は勿論、跳ね鹿などの中型の魔物まで木苺を狙っている為に、倒せないまでも撃退出来なければ木苺を集める事が困難であるからだが…
『ロイド君が急にヤル気を出したと思ったが…愛のパワーだったか…』
と考えている俺にC子がモジモジしながら、
『これ、私が聞いても良かったのですか?』
みたいな反応をしている。
イチローが通訳してくれる様になり、ゴーレムチームの個性も少し把握できたからか、声を出さずとも控えめなC子が幼い男女の淡い恋の話を聞いてしまった事に戸惑っているのが解った俺は、
「C子…メイドチームに報告しても良いけど、ロイド君とシュガーちゃんにサーラちゃんから聞いた事はバレない様にね。これは内緒だよ…皆で温かく見守ろう」
というとC子はコクコクと頷き、俺は、
「あと、ヒッキーちゃんもだよ!」
というと俺の頭に直接、
『な、なぜ監視機能で覗いていたことを…マスター…恐ろしい子…』
と聞こえてきた。
娯楽の少ない集落で恋の噂話は良いお茶請けになる娯楽である。
だからマスタールームで好き勝手しているヒッキーちゃんが覗かない方が不思議なのである。
だって彼女はヘルタイガーの解体の時もミリンダさんのところの長女であるエリーさんが、シュガーちゃんの作戦で引き合わされたナッツと良い感じにお話する様を録画までして繰り返しマスタールームで眺めていたほどの生粋の覗き魔なのだから…
『まぁ、俺も見せてもらったけど…』
などと俺が考えていると俺の近くに投影クリスタルが現れ、
「全くのノーマークでした…これからはあの二人にも要チェックですね」
と、探偵風の衣裳を着たヒッキーちゃんが映しだされていた。
俺は呆れながら、
「淡い初恋を邪魔しないの…」
と注意すると、ヒッキーちゃんは、
「邪魔だなんて…ちょこっと録画するだけですよ…成長の記録的な?
ほら、C子ちゃんも見たいよね?!」
と言ってからC子に話を振ると、C子はモジモジしながらもユックリと頷く…
「もう、俺のスキル関係の女性陣は…」
と呆れつつも、俺も少し興味があるので、
「ヨシ、ヒッキーちゃん、木苺についての記述とジャムの作成についてまとめておいて、それが終わったら敷地内で木苺が取れる場所を調べて」
とヒッキーちゃんに指示を出して、C子には、
「メイドチームは明日からジャムの練習をするから交代で手伝って」
と俺が言うとC子は『ガッテン!』とばかりに拳を見せてきた。
そして翌日から、ジャムの練習が始まったのだが、この『ロイド君の初恋応援作戦』にナッツを参加させない方向で頑張っている…なぜならば、ナッツは四六時中ロイド君と一緒に過ごしており、ナッツからロイド君に我々が裏で動いている事を気づかれない様にする為である…
あと、ナッツが微妙に隠し事が下手…というかすぐ言うタイプだからという事が大きい。
ジャムの練習用の果物は天然酵母用に購入したリンゴが保管倉庫に沢山有ったので、とりあえずヒッキーちゃんが調べてくれたレシピ通りに作ってみたのだが、今日も甘い香りに誘われてサーラちゃん率いる卵鳥部隊が行進して来た。
「にゃに、ちゅくってゆの?」
と、不意に聞かれ一瞬ドキッとした俺だが手伝ってくれていたB子が機転を利かせて、出来上がったばかりのリンゴジャムを焼いていたフカフカの天然酵母パンのひとつを千切り塗ってサーラちゃんに渡して俺が言い訳を考える時間を作ってくれた。
サーラちゃんは、
「たびぇていいにょ?」
とB子に聞くとB子は焦った気配を見せずにコクリと頷いてみせる。
B子の女優っぷりに感心しながらも頭をひねり、俺はサーラちゃんに、
「昨日、サーラちゃんからジャムの話を聞いたから久々にジャムを炊いてみたくなってね…
明日の朝ごはんのパンにはそのジャムが出ると思うから…」
と、木苺のジャムの為の予行練習とは言わずに村長としての威厳は保たれサーラちゃんからの暴露でロイド君の初恋が今、我が家の一部でホットな話題である事は無事に隠されたのだった。
ジャムパンを頬張ったサーラちゃんの足元には、こぼれたパンのクズを突っつく卵鳥達が群れ、親指を立てて美味しさを表したサーラちゃんは満足した様に颯爽と帰って行った。
これは昼間にロイド君見守り隊の活動をするとサーラちゃん率いる卵鳥部隊が見回りに来ると思い、
「今後、活動は夜にしよう…」
と俺が言うとB子もコクリと頷き、レシピを映していた投影クリスタルに急遽レシピを隠す為に登場したヒッキーちゃんも、
「昨日の夕食前のシュガーちゃんのお勉強でロイド君がドキドキしながら授業している風景もその時に…」
というと、B子が指で『3』を表しており、それを見たヒッキーちゃんが、
「勿論、A子ちゃんもC子ちゃんも一緒に三人で…」
と言っている…
『好きだねぇ…』
と思う反面、俺自身も、
『春になって、木苺を摘んだロイド君がシュガーちゃんに木苺のジャムを渡したら…』
と楽しみになっている。
ロイド君本人にジャムを作らせる為にも俺が教えれるぐらいジャムの達人にならなければ…頑張るゾ。
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