第42話 勝利の事実と敗北した気持ち
岩が降り注ぎ完璧に外の光りが届かなくなりギギギギッっと軋む檻の中で檻に噛みついたままの虎と共に岩に封じ込められた俺達は、
『もってくれよ…壊れるなよ…』
と祈りながらその時を待った。
闇の中、岩の重みで浅くなった虎の息づかいと俺の鼓動と震える呼吸のみが規則的に聞こえる空間で俺の焦りを察したのか、はたまた俺の祈りが届いたのかヘルタイガーの呼吸が細くなってゆく…
そして、虎は全身全霊で深呼吸したかの様に、「スゥー」っと吸い込んだ息は力なくタメ息の様に吐き出され、そして二度と吸われる事は叶わなかった。
すると、
『ばんぱかぱーん!レベルが上がりました。
…よくぞ…マスター、すぐに、岩を退かしますからっ!』
と、本当はヒッキーちゃんは待ちに待ったレベル20達成を喜びたいだろうに、涙声の彼女はあわてて檻の真上の岩を保管倉庫に放り込んでくれ、俺達は再び日の光りを浴びる事が出来た。
岩で満タンになり倉庫に飛ばせなくなったら倉庫の岩を販売機能で売るがポイントが加算されたかなど気にする暇もなく、満タンになれば販売の繰り返しでようやく岩から解放された時にはナッツが申し訳無さそうにイチロー達を拾い集めていた。
そして、俺やガーディアン達が少し歪み扉が開きづらくなった檻から出てくると、ナッツは俺達に駆け寄り、
「キース様…お怪我は有りませんか?…私は…私は…」
と、野生の勘でヤツには勝てないと思ったとたんに足がすくんだ事や破壊されたガーディアンゴーレム達を見て俺の指示など関係なく逃げ出したくなった事…それに、全く役に立たなかった事を涙ながらに告白してくれた。
よく解らないが、暗殺者は一か八かの戦いはせずにチャンスを伺うのが基本…そんな教育を幼少期から受けたナッツが自然に危険から距離を取りたくなるのは仕方ないことだろうと納得している俺をよそに、自分に納得出来ていないナッツはボロボロと泣きだしている。
俺はナッツの小さくなって震えている背中をポンと叩き。
「強くなろう…一緒に…」
とだけ声をかけた。
虎と破壊されたゴーレム達を保管倉庫に飛ばしてから俺達はシローと小型ガーディアン達と自宅に戻る為に森を進んだ。
夕暮れ前に自宅に到着し風呂で汚れを落して自室に戻るとすぐに疲れきってどうやら眠ってしまったらしく深夜に目が覚めた俺は人の気配を感じて裏庭を覗くとそこには素振りをしているナッツが居た。
俺と同じく疲れて休んでいたはずだが、相棒は色々考えて今度は眠れなくなったのだろう…流れる汗の量からかなりの時間ああやって木刀を振って居ることが伺える。
俺は裏口の扉から一心不乱に素振りを続けているナッツに、
「眠れないのか?…相棒。」
と声をかけた。
するとナッツは、
「キース様…寝ている場合では無いのです…今日のキース様達の作戦を見て、私には逆立ちしても思いつかない上に、たとえ思いついても行動に移せないと痛感しました。」
と、素振りを続けながらこたえるナッツに俺は、
「あれは、俺も頭がおかしい作戦だったと思う…もう一度やれって言われてもゴメンだね。」
と、うんざりしながら答えた。
するとナッツは素振りを止めて夜空を眺めながら、
「それでもキース様はやり遂げられました。
私は仲間だというのに…何もできませんでした。
不甲斐ない…絶対的強者に立ち向かうという選択肢を完璧に除外してしまいました…」
と、自分を責めるナッツに俺は、
「あの時の俺達は、あの虎を村に行かせない選択肢と、村の皆をあの虎から逃がす選択肢が有ったと思う…
あの虎をどうにかする事も、俺達が負けてしまった場合あの虎から村人を守る為に動く事も同じぐらい大事だよ。
ナッツはあえて、次の一手として待機してもらったんだから…」
というがナッツは、
「しかし…」
と、納得していない様子だった。
俺は、
「ナッツは気配を消しての一撃が得意なんだから、俺みたいに敷地内だけの能力じゃない…
俺に出来ない事も山ほど出来るスキルを持っているんだ…頼りにしてるんだぜ…相棒。」
というとナッツは、
「キース様に相棒と呼ばれるには私は力が足りません…」
と、寂しそうに答える…すると裏庭に投影クリスタルが現れ、
「私など力は勿論、実体すら有りませんよ。
だけどマスターの為なら何でもします。
ナッツさんも別に戦わなきゃとか、勝たなきゃとか考えていないでここの人たちや何なら大好きなオランの木を守る為とか、自分の為ではなくて自分が守りたい絶対に譲れないモノの為に頑張ればいいのよ。
マスターやここの皆はナッツさんが強いから一緒に居たいんじゃなくて、頑張ってるナッツさんを信用してるから側にいて欲しいんだと思うわ…
って、私凄く良いこと言ってない?
やだ、どうしよう…
マスターがレベルアップしたから、私の性能も上がって良いこと言えちゃう様になったのかな?」
と、ヒッキーちゃんが騒いでいる…
『惜しかったなぁ…良い感じだったのに…ヒッキーちゃんの株価が最高値を記録しそうだったのに…』
などと思いながらヒッキーちゃんを見ていたら、
「いやだ、マスター…そんなに見つめられたら興奮しちゃいます」
と、クネクネしている…
「どういう性癖だよ!」
と俺は思わずツッコんでしまった。
そんなやりとりを見ていたナッツは何か吹っ切れた様にクスクスと笑い、
「キース様…安心したら眠くなりましたので、今夜は休みます…おやすみなさい。」
と言って母屋に向かって行くナッツに俺は、
「体拭いてさっぱりしてから寝ろよ」
と声をかけて見送った。
今回の事で俺もナッツも一歩前に進めた気がする…
俺も安心したから『もう一度寝るかな?』と、母屋に向かおうとすると、
「マスターは素振りをしないのですか?」
と、ヒッキーちゃんに聞かれたので、
「剣なんて扱ったことも無いから止めとくよ…」
というとヒッキーちゃんは、
「前世の小学生の時に剣道を習いだして、初めての試合で同級生の女の子にボッコボコにされて剣道を諦めた過去は無かった事にしてますか?」
と聞いてくる。
この女どこまで知っている…と考えるが、『俺の記憶をベースにしているんだったな…』と思いだし、
「何でもお見通しだったな…」
と、呆れながら俺は軽く木刀を振ってみたのだが、
『どう考えても剣道と剣術では振り方自体違うな…』
と、確認出来ただけだった。
「アホくさ…寝よう…」
と、呟いて母屋に向かうとヒッキーちゃんが今度は、
「マスター!
レベルが上がったので、私の設定と肉体を隅々までいじって欲しいのですが。」
と、訴えてきたので俺は、
「あんまり周囲に誤解を招く事を言ってると設定で無くてナビゲーター自体を変えちゃうかもね…」
と、いうと、
「えっ!?」っと、慌てるヒッキーちゃんに、
「嘘、ウソ…明日の朝やるから…今日は寝かせて… 」
と言って自室に向かう俺に、
「では、マスターお休みなさいませ…でも、実体化したら私の魅力で寝かさないんだから!」
と、見送るヒッキーちゃんに、悪い子ではないが色々オシイ性格の彼女のこれまでを思い出し、
『本当にナビゲーターって変えれるのかな…』
と、少し真剣に考えてしまう俺だった。
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