第38話 温もりを受ける命
夏の終わりに大工さん達が頑張ってくれたので自宅の南の道に面した草原に大型厩舎が有る牧場と家が一軒仕上がった。
次は池の横の石垣のエリアに家を建ててもらい養殖を始める予定である。
それが仕上がれば牧場エリアで家畜として品種改良された〈角なし〉という牛魔物を飼育する。
角なしはその名の通り一番の武器である角が無い見た目で、武器がなくて弱いがゆえに群れで暮らして群れで子育てをする習性が身に付き、群れに子供がいれば全ての大人のメス牛がミルクを出すので少数でもかなりのミルクが搾れるのである。
イルサックさんの娘さんが嫁いだ牧場から、オス一頭とメス三頭を売ってもらう話しがついて、全く違う群れからの仔牛を二頭も付けてもらったので、メス達がこの仔牛に母性本能がくすぐられればミルクが搾れる様になるだろうし、この母牛が子供を産めば次世代のカップリングもできる予定である。
そんな新たな住人が秋には来るらしいから俺は今から楽しみにしている。
この角なし達の世話はミリンダさんとシュガーちゃん親子がメインとして牧場の警備に四体目となるガーディアンゴーレムの〈シロー〉に弓を渡して、小型ガーディアンゴーレム三体とセットで牧場担当に任命した。
角なしを狙う外部の魔物や放牧場を荒らす小型の魔物を倒してくれて、皆の食糧や販売機能でポイントにしてくれる事を期待しようと思いながら俺は牧場を眺めて満足している。
牧場計画は大工さんとイルサックさんが動いてくれて順調に進んだが、実は我が家で頓挫している計画があるのだ…そう…それは卵鳥の家畜化計画である。
一度卵鳥のペアを捕まえて連れ帰ったのだが、自宅周辺の大工仕事や鍛冶仕事の音が嫌だったらしく、我が家に来て一度も卵を産まなかった上に食事まで食べなくなり弱りはじめてしまい、あまりに可哀想なので森に返した事が有ったのだ。
ミックさんにあとから聞いたのだが親鳥を捕まえて来るのでは無くて卵の方を獲ってきて人の手で孵すらしい…
『知らなかった…』
なんでも孵化した雛鳥は人間を親と思い、人間の環境に馴れて落ち着いて卵を産める様に育つという手順なのだそうだ…
わざわざ卵を持っていない巣のペアを捕まえて来たのに…全部裏目だったとは…情けない。
ということで現在、俺とナッツが森の奥に住む卵鳥から誘拐してきた卵をロイド君とサーラちゃんが、ミリンダさんに作ってもらった卵ポシェットに卵を1つ入れて肌身放さずに持っている。
ただ二人の孵した雛がオスとメスとは限らないので、シュガーちゃんとミリンダさんにもお願いした上で俺とナッツも卵を温める事にしたのだ。
『6つも孵せばオスとメスが揃うだろう。』
という作戦であるが、しかしただ温めて孵すだけでは楽しく無い…そこで一番最初に孵した人に何か賞品を出す事にしたのだが、ヒッキーちゃんが、
「私も参加したいよぉ、1番に孵してマスターの愛を一人占めしたいよぉ」
と拗ねていたが…投影クリスタルに映し出された本人は何故かヒヨコの着ぐるみパジャマを着ていた。
『そんなのも有るんだね…』
と俺が呆れ半分で感心しながら見ていると、最年少のサーラちゃんが、
「あてぃしも、ひっちーちゃんのヒヨコさんのがほしいっ!いっとーしょになる!!」
と、彼女はやる気だ…三歳のサーラちゃんは一等の商品にヒヨコの着ぐるみパジャマを希望して、
五歳のロイド君は魔法適性は無かったが亡くなったママさんと同じ斥候の職業スキルという俺達の様に単品のスキルではなくてセットメニューの様な(職業スキル)を持っているらしく、彼のレベルに応じて早く走れるスキルが使える様になったり、気配消しを使えたりするようになるらしく、将来は両親の後を追いかけて冒険者になりたいらしい…
両親の事も理解して危険な仕事と解った上でなりたいのだ…俺としては応援する一択しかない。
なので冒険者としての装備やナッツから気配を消すコツ等を教えて貰える券とかにしようかな?…
それとシュガーちゃん九歳は、魔法適性もスキルも無いが頭の回転の早い女の子だ。
末っ子だったがロイド君やサーラちゃんから「お姉ちゃん」と慕われ、お姉さんらしくならなきゃと頑張っている。
下の二人にお勉強が教えてあげれるように俺が家庭教師をしてあげる券とかにするかな?…
あと、ミリンダさんは…
何がご希望か正直解らないけど…落ち着いた大人女性があまり無茶も言わないだろうし要相談で決定かな?…
ナッツは…ミリンダさんに制作費を払いセーラー服でも作って貰うかな…まぁ、どこのタイミングで使うか知らんけど…
などと皆の一等のご褒美を考えながら卵を温める生活が始まった。
正直、無精卵の可能性もゼロではない…しかし皆は生まれるモノと信じて卵を割らないように慎重に動く毎日…
寝ている時も肌身放さずに持っているが俺も潰さないか不安でグッスリ眠れない…
ロイド君も眠れない夜を過ごしているらしく彼は色々考えた結果、鍛冶屋の作業場の邪魔にならない隅っこに陣取り鍛冶場の熱気で卵を温める間は卵ポシェットを壁にかけて床でグッスリ寝てしまったそうだ。
ニルさんが「ゆで卵になる前に…」と卵を俺のところに届けてくれた。
流石にわんぱく盛りのロイド君に卵を割らずに過ごす日々は辛かったようで、ロイド君自体はガルさんに抱っこされてロイド君のベッドへと移動してもらっていた。
温めはじめて大体一週間経った昼下がりにシュガーちゃんの卵にヒビが入ったらしく彼女はあわてて母屋にやってきた。
シュガーちゃんの卵が1番に孵るかな?…と思っていると、母屋にサーラちゃんもやってきて、
「まだ、ちょうぶはついてにゃいの!」
と、勝負は最後まで解らないとばかりに自分の卵ポシェットから卵を出して両手で包み込み、
「あちゃでしゅよ!おきりゅじかんでしゅよ!」
と卵に必死に声をかけている。
『かわいいな…卵を孵すのでは無くて、卵に朝だから起きろって…』
と俺が目尻を下げて見ていると、サーラちゃんの手の中から卵の殻を撒き散らして思ってたよりも大きなヒヨコが爆誕した。
なんだか西遊記のオープニングを思い出している俺をよそにサーラちゃんはフンスと鼻を鳴らしてドヤ顔をしながら、
「かっちゃ!」
と片手にヒヨコを乗せて片手は空に突き上げて勝利宣言をしている。
そして、なぜか手のひらのヒヨコもドヤ顔をしている様に俺には見える…
そしてそこから遅れること数分、ようやくシュガーちゃんの温めた雛が卵の外へとでて来たのだが、あからさまにサーラちゃんのソレとは見た目から違う…小さくて、弱そうなのだ。
俺達がそんな感じで母屋で騒いでいるので皆が集まってきたのだが、なんとミリンダさんの胸の谷間には既に雛が挟まっており、ふてぶてしい顔でこちらを見ている。
『おいおい!同じ感じの奴が一匹もいないじゃないか!!』
と心の中でツッコミを入れた俺だが、結果1番に孵したのは誰のかは有耶無耶になってしまったので大変な卵の温めを頑張ったから皆にご褒美を出すことにした。
数日後には、自宅の庭を自由にうろつく五匹のヒヨコ達…
体の大きな雛はサーラちゃんのヒヨコで、
動きたがらないミリンダさんのヒヨコ、
体の小さいシュガーちゃんのヒヨコに
元気に動き回るロイド君のヒヨコ、
ひたすら食い続けるナッツのヒヨコ…なのだが、
そう、あんなに大変な思いをして俺の温めた卵は無精卵だったのだ…もう、ガッカリして泣きそうになった。
だが、卵を手放したその夜…俺はビックリするほどよく眠れたから、良かったのか…悪かったのか…
ただこれだけは言える。
もう二度と卵を温める事はないであろう…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます