第25話 風呂はゆっくり入るもの


3ヶ月ぶりのサイラスの町に来ている…

家庭用保管倉庫がパンパンになったので、いつもの跳ね鹿や穴堀り猪と新たに森狼を数頭と、冬前から保管倉庫に入れっぱなしだった鋼ハサミを荷馬車に積んで来たのだ。


クレアママさんは、


「元気にしてたかい?少し大きくなったんじゃない?」


と言いながら俺と、ナッツをペタペタ触って確かめている最中である。


前回の様にギルドの解体場にまわって、血抜きしただけの獲物を馬車から降ろすのを見た解体場の親方であるガルフさんは、


「なんだ、解体は止めちまったのか?勿体ない…」


と、一頭ずつ状態を確認している。


「これだけの数…何日前の肉だよ?…毛皮と角や牙だけだと、殺された魔物が可哀想だぜ」


と文句を言っていた親方だが、獲物を確認していくにつれて徐々に異変に気が付いたようで、急に俺とナッツの方をグワッと見て、


「おいおい!全部新鮮じゃねぇか!?

お前らこれを1日…いや、一晩で倒したのか?」


と聞いてくる。


俺は、


「冒険者と女性の秘密を探るのはマナー違反ですよ。」


とだけ親方に言うと、親方はクレアママさんに何かを告げ口に行ったらしく、暫くするとクレアママさんが買い取り手続きの準備もソコソコに飛んで来た。


そして、森狼などの獲物を眺めた後に俺達を見て、また獲物を見ながらため息を漏らしている。


何かヤバい事したかな?と思っているとクレアママさんが俺達の所に近付いてきて、


「森狼の肉以外の素材を2頭分と、鋼ハサミの殼は買い取りから外すよ。

森狼の群れにその貧弱な装備で立ち向かうなんて!…ガル工房に紹介状を書いてあげるから、この素材で装備を整えなさい!!」


と、お叱りを受けてしまった。


まぁ、あまり攻撃を食らわない罠猟師の様な狩りをしているが、もうすぐDランクになろうかという冒険者が駆け出し用の中古装備では周囲が心配するのだろう。


俺とナッツは、買い取りの待ち時間でガル工房に行って装備品の依頼を風呂用の循環パイプを注文するついでにお願いする事にした。


工房に到着し店番のニルさんにクレアママさんからの手紙を渡して採寸をしてもらっていると、ガルの親父さんが現れ紹介状を読みながら、


「鋼ハサミと、森狼の毛皮の軽鎧か…武器はどうする?

あと…なんだ、この変な形のパイプの注文は…こんなもん鋼ハサミの足の殼を加工したらすぐだろう」


と、注文を確認している。


俺が、


「鋼ハサミの殼って伸ばしたり曲げたり出来るんですか?」


と、素朴な疑問をガルさんにすると、


「あの殼は魔物素材を混ぜて鍛えた合金みたいなものだから、熱にも強くて加工がしにくいけど自由な形に変形させられる。」


と、言っていた。


熱にも強くて錆びない…風呂にはもってこいだな…と俺が一人で喜んでいるとガルさんは、


「二人の装備品は、ニルに任せてやってくれないか?」


とお願いされた。


俺もナッツも、


「動き易くて頑丈であれば、問題ないです。」


と了解したのだが、新しい装備はこの後、解体が終わった素材を工房に渡してから半月ほど時間が欲しいといわれた。


別に急ぎのクエストも受けていないし当面は畑仕事と風呂を仕上げる予定なので大丈夫だろう判断して、


「パイプを急ぎで作ってくれたら良いですよ。」


というと、ガルさんは、


「そっちは一時間くれたらワシが仕上げる」


と言ってくれたので今日中にパイプは持って帰れる事になった。


冒険者ギルドに戻り、買い取り金と売らなかった素材を受け取りクレアママさんからは、


「素材買取だけではギルドポイントがあまり入らないからクエストを受けなさい。」


とアドバイスを貰い、今回注文した装備が仕上がれば昇格に向けて頑張る事を伝えて冒険者ギルドをあとにした。


それから俺達は再びガル工房を訪れ素材を渡して、


「買い物をしてからまた来ますので、遅くなるかもしれません。」


と、告げてから錬金ギルドで耐水石粘土と耐火石粘土をかなりの量買い込んで今回の買い物の予定はほぼ終了となり、最後に商業ギルドで板材を買い残りは貯金して、ギルドマスターのマイトさんとルイードさんと軽くお喋りをしてから、その後ガル工房でパイプを受け取り自宅へ戻った。


『新装備…楽しみだな…』


ちなみにだが、今回鍛冶道具はあえて買わない事にした。


何故なら装備の納品に自宅までニルさんが来てくれる事になったのだ。


実際に自宅の鍛冶屋の様子を見てもらい専門家の意見を聞いてからでも鍛冶仕事の練習は遅くはないはずだと思ったからだ。


まぁ、装備でお金がかかるから一旦鍛冶道具を買うのを止めたと言ったほうが正しいが…

そして自宅へ帰ってからは、猟師のような生活はしばらくお休みして、ナッツは畑仕事と俺は風呂作りに励む事にした。


今ある簡易の風呂は、ただの大きな桶と釜戸として一旦はミックさんのおじいさんの実家だった厩舎付きの家に、俺を目印に敷地内回収を使って転移させる。


そして現在、鍛冶屋に置いてあった資材もこの家に移動して保管してあるので、納屋としてこの家は機能している。


更地に戻った湧き水の井戸場から前回の辛かったバケツでの水汲みの教訓を生かし敷地内の池へと続く水路に分岐を作り、板を差し替えれば池と風呂に水の流れを変えれる様にする。


「マスター、なんだか田んぼの用水路みたいですね。」


などと、暇を持て余し投影クリスタルを作業現場近くに設定したヒッキーちゃんが喋りかけてくる。


俺は、


「田んぼを参考にしたからね…

それより新たな釜戸用に山の岩場から拳ぐらいの石を保管倉庫に回収しておいて。」


とお願いをしておいた。


ヒッキーちゃんは、


「了解でぇ~す。」


と言って、岩場に配置してある監視機能とリンクして手頃な石を回収しはじめている。


俺は板材で水路の分岐から一段低い風呂の予定地へと向かう木製の水路を作り水が流れるのを確認して初日は終了し、

次の日には耐火石粘土と集めてもらった石とパイプで焚き口をつくり、釜戸の乾燥を待ちながら小屋を建てる準備をする…

とまぁ、そんな感じで作業を小分けにしながら、たまにナッツにも手伝ってもらい二週間かけて小さな丸太小屋の風呂が完成した。


「やはり、野ざらしの簡易風呂よりかなり手間がかかったな…」


と、ボヤきながらも俺は完成した風呂小屋を満足気に眺めるている。


この風呂は小屋の外に焚き口の釜戸が有り、水路が小屋の中の耐水石粘土と石で作った岩風呂っぽい湯船まで続いているので水汲みが簡単な設計であり、排水も湯船の下の木製の栓を抜けば、ナッツが前回掘ってくれた水路を流れて解体場横の小川まで流れる様になっている。


水を湯船に満たしたら、焚き口で火を燃やすと設置してあるパイプが温められて熱いお湯は上に流れ湯船の上部のパイプから出て、湯船の下のパイプから冷たい水が吸い込まれていく仕組みである。


小屋は洗い場と湯船のシンプルな作りだが、前回の野ざらし風呂とは違い板材の屋根が有るので天候を気にせずに入れるようになった。


まぁ、満天の星空を見ながら入れなくなったのは少し残念ではあるが…

しかし、前回の簡易の野ざらし風呂とは違い、風呂小屋が完成して初めての入浴は星空が見れない事などふっ飛ぶ程に感動して、俺は何故か涙が溢れていたので、多分星空が見えたとしても歪んで見えなかったと思う。


体拭きが主流の世界で、家に風呂が有る家庭などほとんど無くて貴族ぐらいのものだろうに、


「何という贅沢…」


と、前回のタライより少し深めに作った岩風呂風の湯船に肩まで浸かり、喜びを噛みしめる俺…しかも今回の風呂は温め直せばずっとポカポカなのだ。


生まれ育ったお屋敷にすら前回の野ざらし風呂と同じシステムが屋内にある井戸場が有っただけだった…ちなみに俺は、離れに行ってからは体拭きのみだったけど…


「貴族以上だな…」


と呟く俺に、


「マスターと混浴…恥ずかしい。」


と、何故か風呂場にクリスタルを設定して写し出されているヒッキーちゃんと、


「私も入りたいです。」


と、仲間外れ気味に焚き口からヒッキーちゃんとの混浴を狙う相棒…カオスだ…

混浴と言ってもヒッキーちゃんはいつものロリ巨乳アバターのセーラー服姿で、洗い場で野ざらし風呂の時の様に入浴風景を堂々と見ているだけである。


俺としては、『混浴?』と言っても別になんのご褒美でも無くて、ただ裸の俺をヒッキーちゃんに一方的に楽しまれている状態であり折角のお風呂が台無しな気分になったが風呂自体は大成功だった。


最後にナッツが、


「お背中を…」


と乱入して更にカオスになったが…ヒッキーちゃんと混浴ということで、ナッツの中に流れる15の青年の熱い何かは止まらなかったのだろう…

もう少し待てばヒッキーちゃんとの二人きりの混浴という名前の覗き…いや、覗かれプレイを楽しめたかもしれないのに…

まぁ、今は暖かい季節になり冬の様にお湯は冷めないし、追い焚きも大丈夫だろうから相棒と二人で風呂も悪くない…

覗かれているのは少し嫌だが、ヒッキーちゃんではなく、「お風呂が沸きました。」の音声ガイドシステムが少し自我を持ったと思えば…やっぱり嫌かな?…


一人静かに、ゆっくりお風呂に入りたいよ…

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