第26話 鍛治仕事とお願い事


風呂も完成し、畑からも新芽が芽吹いてきた春の日に、荷馬車に乗ったニルさんが自宅までやって来た。


俺達の為に作ってくれたお揃いの鋼ハサミのライトアーマーとナッツには鋼ハサミのショートソードに俺には鋼ハサミの弓と、それに二人に解体にも使える鋼ハサミのナイフというメタリックなザリガニである鋼ハサミの素材を使った装備を届けてくれたのだ。


鋼ハサミの素材特性で錆びない、頑丈、火に強いという三拍子揃った水属性の装備らしい。


森狼の毛皮が肩当てなどに使われていて装着感も柔らかく、ほんの少し赤みがかったメタリックな装備であり、今までの寄せ集め中古の革装備とは比べ物にならないぐらい立派な仕上がりで、統一感のある籠手やすね当ても揃っているので、


『いかにも冒険者になった』


という感じの仕上がりに俺もナッツも大満足だった。


この装備の作者である鍛冶屋の次男坊のニルさんは、初めてこの旧開拓村に来たらしく納品が終わった後で、


「親父から話しは聞いていたけど、こんな感じの所だったんだな…」


とお爺ちゃんの作った鍛冶屋の見学をしていた。


俺はニルさんに、


「実は、裏の山で鉄鉱石が手に入るんだけど、町に売りに行くにはかさばってあまり儲けにならないからインゴットにしたいんだけど…ここの設備と俺の腕前でも出来るかな?」


と、聞いてみるとニルさんは、


「別に、鍛冶師ギルドで売り買いするクオリティのインゴットにまでしなくても良いのならば幾つか道具を揃えれば問題なく出来るし、こんなに立派な鍛冶場があるのなら腕さえあればウチのじい様がやってたみたいにこの鍛冶設備で何でも作れるよ。」


と言っていた。


そして、鍛冶屋の作業場の隅には最近になりサーチとソナーを使い敷地内に指定した岩山から回収した鉄鉱石が積んであり、それを見たニルさんは、


「荷馬車に炭や道具が積んであるから、いっぺん作って見せようか?」


と言ってくれたので俺は、待ってましたとばかりにナッツと二人で鍛冶仕事の見学をさせてもらった。


ニルさんは耐熱性のあるツボの様なモノに鉄鉱石と何かの素材を詰め込み、鍛冶釜戸の中に炭を並べて火をおこしていく…


「本当なら大型のふいごが有ればいいんだけど、無いから携帯用の手押しのふいごで炭の温度を上げてやって…この(るつぼ)の中の鉄鉱石を溶かすんだ。

鍛冶師ギルドや錬金ギルドで買える製鉄用の粉を入れたら大概失敗しないから。」


とニルさんは説明しながら、頑丈な箱に入ったキメの細かい砂にツボを乗せて、


「これで一回冷ますと重い鉄は下に溜まり、じっくり冷えて固まる。

不純物は上に浮かんで分離するから下の部分だけ買い取りに出せばだいぶ持ち運びは楽になると思うよ。

インゴットにするには、下に溜まった鉄を集めてもう一度同じ手順で溶かして、この砂に〈インゴットの型〉をつけた溝を作って流し込んで冷ませば完成するんだよ」


と、教えてくれた。


『出来そうではあるが、…面倒臭いな…』


と、俺が微妙な顔をしているとニルさんは、


「まぁ、面倒臭いわな…

だから、鍛冶師ギルドの製鉄所に皆、鉄鉱石を馬車で運ぶんだけどサイラスの町は田舎だから、鍛冶師ギルドの製鉄所の有る領都まで片道3日ほどかけて運ばないとダメなんだよ…」


と、うんざりしながら話してくれた。


そして、ニルさんは暫く考えた後で、


「キース君にナッツ君…

ガル工房でこの鉄鉱石を買い取るから、この鍛冶屋をウチ専用の製鉄所として貸してくれないかな?」


と、お願いされたのだが、こちらとしては願っても無い提案である。


正直、鉄鉱石は俺の自宅警備スキルで鉱脈が枯れないかぎり数トン単位で回収可能だし、作業をニルさんがしてくれるから手間も要らなくなる。


さらに、数日がかりで製鉄作業をするのであれば、ニルさんを家族登録をして追加ポイントも入るオマケ付きである。


『断る理由が無い!』


鍛冶屋の奥の部屋に、簡易で悪いが藁ベッドを用意して今日はニルさんに泊まって貰おうと決めた俺は、


「ニルさん、鍛冶仕事して汗かいたでしょ?今日はお風呂にでも入ってさっぱりして、あまり贅沢な物は有りませんが新鮮な食材は有りますから晩御飯を食べて泊まって行って下さい。」


と、俺が宿泊を薦めるとニルさんは、


「えっ、お風呂があるの?王都の一流の宿みたいだな…泊まった事無いけど…悪いけど甘えちゃうよ。

今から帰ったら夜になってしまうからね。

風呂かぁ…楽しみだな…」


と、喜んでくれた。


最近、料理に目覚めたナッツが自慢の魚料理を作り、俺は風呂焚き係でニルさんをもてなして、ヒッキーちゃんは何かと刺激が強いので一旦母屋の奥で待機してもらい、小型ガーディアンゴーレム達は、あまり目立たないように業務にあたって貰うことにした。


ニルさんは初めての浸かるタイプの風呂を前に焚き口の俺に、


「キース君どうするのこれ?」


と風呂場の小窓越しに聞きながら入浴をはじめたのだが、数分もしないうちに、


「あぁぉぉぉぉぅぅぅぅ~!」


と、よく分からない声をあげている。


『気に入ったかな?』


と考えながら俺が、


「ニルさん、湯加減どう?熱くない?」


と聞くと、


「ざいごぅぅぅぅ」


と、ヤバい声が聞こえたかと思うと、すぐに浴室から、


「えっ…えっ?!嘘…何これ…」


と、聞こえ出したかと思えば、今度はバタバタと音がして、次の瞬間に火加減をするために屈んでいる俺の顔の横にニルさんのニルさんが現れた。


そして顔の横のニルさんのニルさんが、


「あの穴がどうなっているのか見せてくれ!」


と騒いでいるニルさんのセリフと共に暴れながら揺れている…


「えっ!?どの穴?」と驚きながらも、もしかしてが有るので、お尻を庇いながら飛び退ける俺に、


「そこだな!!」


と、スッポンポンで焚き口を覗き込むニルさん…

一瞬怖くて目を閉じた俺だが恐る恐る目を開けると、俺の目の前には穴を覗くために四つん這いで尻を上げているニルさんの穴が…


「あのパイプを熱すると、なんであっちにお湯が出てくるんだ?」


と、唸りながら角度を変えて穴を覗き込むニルさんに合わせてニルさんの穴も右へ左へと移動している。


『最悪だ…ビジュアルもだが、すっかり我が家の風呂がオーバーテクノロジー的な風呂だったのを忘れていた…』


と、後悔する俺など気にもならない様にニルさんは興奮気味に最悪な体制のまま


「キース君、教えてくれ!頼む、知りたいんだ!!」


と、焚き口を覗き込み中パイプ以外に何か秘密が無いか調べながら頼んでいる。


そしてタイミングの悪い事に、その現場を食事の用意が出来たからと呼びにきたナッツに見られてしまった。


『更に最悪だ!…』


と、困り果てる俺にナッツは目の前の光景にひきつりながら、


「貴族の方は、たまに居ますからね…

私を狙わないと約束してくれるならキース様の趣味に口を出しません…ほら、ニルさんもこんなに、教えてくれ!と頼んでおられますので…是非…」


と凄く嫌そうな顔で、とんでもない勘違いをしている。


そして、全員が気まずくなく話せる状態になるまで、そこから数時間の釈明や説明の時間を必要とした。


あらぬ勘違いを訂正する為に、結局ニルさんにも、我が家の秘密をあらいざらい説明して仲間になってもらった。


しかし、ニルさんは全面協力をする代わりに、あのお風呂のアイデアを使わせて欲しいと言ってきたのだ。


勿論、特許は匿名で取って使用料が俺達に入る様にしてくれるらしいのだが、その代わりにガル工房のみに使用許可を初めの数年で構わないので出して欲しいとの条件を提示してきた。


勿論かまわないが…


「なぜ、最初の数年だけでいいの?一生でも構わないよ。」


と、俺は言ったのだがニルさんは、


「実は、兄貴が惚れた女性が格上の鍛冶屋の長女で、無名の格下工房には嫁にやらん!婿にならもらってやってもいいぞ…などと言われて兄貴本人は、婿でもかまわないと言ってるのだが、親父がバカにされたままの人生になる!そんな家に大事な息子をやれるか!!と、言ってまして…

新しい技術を売りにした工房として有名になれば、兄貴のジルと、シーナさんの結婚がスムーズに進むかな?…と、思って…」


と理由を話してくれた。


お兄ちゃん思いなんだなニルさんは…と感心しているとニルさんは続けて、


「本当ならば、いきなり特許を広めてしまえば使用料でキース君達が潤うんだけど、せめて五年…その間にどうこう出来ない様であれば兄貴達が悪いと割りきれる。

一方的にキース君達に不利な条件なのは理解している…しかし、この通りだ!」


と頭を下げるニルさんに、ナッツは、


「良いんじゃないですか?キース様、もう何もかも知っている身内ですし…それこそ体の隅々まで…」


と、あの時の光景を思い出して少し遠い目をしている。


俺も一瞬あの光景を思いだしてしまい相棒と同じ瞳をしながら、


「勝手に披露されただけです。

もっと、大事な秘密を共有してるでしょ?」


と、言って三人で笑い合ったのだった。

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